ガンダムスタンプラリー

2018年3月21日 (水)

『65駅の恋』第六話

『65駅の恋』第六話


※これは実話50%、妄想50%の小説です。


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《第六話》
池袋~千駄ヶ谷~原宿~代々木~信濃町


《池袋~千駄ヶ谷》

前にも少し書いたが、ぼくはピアノを弾いたり人に教えたりすることで生活している。
この仕事を始めてからもう13年目になる。まだ13年かという感覚と、もう13年かという感覚が入り混じる。そもそもぼくはピアノを弾き始めたのは人に比べて遅い。二十歳ぐらいの頃からだ。十代の頃は漠然と「小説家か詩人にでもなれたら良いなあ」と思っていて、音楽やピアノにはあまり縁が無かったから、もしも十代の頃のぼくに今のぼくが会って「何の因果かは知らないが、お前はピアノを弾いて生活することになる」と伝えたら、十代のぼくは「そんな馬鹿な。お前は自己批判と総括が足りないから総括援助として暴力を加えてあげよう」などと言ったに違いない。
とにかく、ぼくは自分がピアノを弾いて生活していることに、たまに何となく非現実感を抱くことがある。現実なのだけれど。

この仕事を始めてすぐの頃から世話になっている音楽教室がある。ぼくは今でもそこでピアノを教えている。教室は池袋と千駄ヶ谷にあって、週の内の半分以上はその教室に通っている。なので、池袋駅や千駄ヶ谷駅、そしてその近辺の駅のスタンプは仕事の時についでに捺せばいいやと思っていたし、実際にそうした。

池袋駅のスタンプは「グフ」だった。完全に知らない訳ではなかったけれど、「ザク」との違いはイマイチよくわかっていない程度の理解でしかなかったので、「グフ、あんまり知らねえよ」と思いながらスタンプを捺した。

千駄ヶ谷駅のスタンプは「アッガイ」だった。久しぶりに全く知らないモビルスーツだったので、少々嬉しくなって「アッガイ、誰だよ、知らねえよ!」と元気一杯に呟きながらスタンプを捺した。やはりぼくは「大して愛着のないガンダムというアニメのスタンプラリーに夢中になっている」という不毛感が好きらしい。



《原宿~代々木》

原宿と代々木は、千駄ヶ谷教室からの帰り道に、千駄ヶ谷駅からではなく原宿駅や代々木駅を使って帰る、という作戦でクリアした。
ぼくは原宿駅が嫌いだ。正確に言えば、原宿駅に向かう竹下通りが嫌いだ。若者であふれ返るあの喧騒がどうにも好きになれない。しかし、スタンプのためだ、仕方ないと思って竹下通りを抜けて原宿駅に向かった。
久しぶりに通る竹下通りは相変わらず若者や外国人でごった返しており、なんだかなあと思っていたのだが、ぼくはその喧騒が過去の記憶の何かに結びつきそうな気がしていた。あれ?なんだっけ、この感じ。知ってるぞ?と。
それはインドのニューデリー駅の近くにある「パハールガンジ」、通称「メインバザール」と呼ばれる通りの喧騒だった。ぼくは若い頃に二度インドを訪れている。その記憶が、この竹下通りの喧騒と結びついた。
もっとも、「パハールガンジ」の喧騒はもっとひどかった。物売りや物乞いの声、行き交う車のクラクション、その中を悠々と闊歩する野良牛と、その野良牛のひる糞の匂い。
ぼくはその混沌とした喧騒が、決して嫌いではなかった。なのになぜ、竹下通りは嫌いなのだろうか。それはぼくも少し歳をとったからだろうか。そんなことを考えながら竹下通りを抜けた。

原宿駅のスタンプは「ムサイ」だった。もちろん1ミリも知らない。「ムサイ、誰だよ、知らねえよ」とスタンプを捺す。竹下通りを通過したこともあって、「ムサイ、てめえ、面倒かけやがって」と思いながら。


同じように仕事帰りに寄り道してクリアしたのが代々木駅だった。代々木駅のスタンプは「レビル」というおっさんだった。もちろん1ミクロも知らない。「レビル、誰だよ、知らねえよ」と思いながらスタンプを捺した。


池袋駅や千駄ヶ谷駅、そして原宿駅と代々木駅、これらの駅を周っている時には、期子が、いなかった。いや、正確にはぼくの視界が彼女を捉えなかった、と言った方が良いのかも知れない。ぼくがスタンプを捺す時に、後ろで必ず「デュフフ」と笑う彼女の声が聞こえた。振り返ってみると、そこには彼女はいなかった。彼女は確実にぼくの近くにいた。しかしぼくはそれを捉えなかったのだ。


《信濃町》

信濃町駅も、同様に仕事帰りに千駄ヶ谷駅ではなく信濃町駅から帰る作戦でクリアした。神宮外苑の涼やかな風が心地よかった。

信濃町駅のスタンプは「デギン・ソド・ザビ」だった。ザビ一族の誰か、ということはわかるが、誰だかはわからないので、「デギン・ソド・ザビ、誰だよ、知らねえよ」とスタンプを捺した。

その日はぼくは早めに仕事が終わっていたので、今日は信濃町から東に向かって歩いてみようかな、と思っていた。歩けるところまで歩いて、その途中にある駅のスタンプを捺していこう、と。

信濃町駅から歩き始めた時に、ぼくは一人の後輩の男のことを思い出していた。坂手(サカテ)、という男だ。ぼくの大学の後輩の男で、筋金入りのガンダムマニアだ。そう言えばサカテはどうしているかな、と思った時に、ぼくの横に人影を感じた。

期子だった。

「今日は、歩きましょうか」期子が言った。

ぼくは黙ってうなずいた。

「サカテくんのお話、聞かせて」

そうだった。期子は、ぼくのそばにいて、ぼくが何を考えているのかがわかるのだった。それがなぜかはわからないけれど。彼女は、ただ、わかる。

ぼくは期子にサカテの話を始めた。


(続く)

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2018年3月12日 (月)

『65駅の恋』第五話

『65駅の恋』第五話


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《第五話》
王子~東十条~赤羽~十条~板橋



《王子》

田端からは京浜東北線に乗り換えて赤羽を目指した。目的地は、京浜東北線で王子、東十条、赤羽。赤羽で埼京線に乗り換えて十条、板橋、そして池袋だった。

青い電車が、王子駅に到着した。

王子駅のスタンプは、「ガルマ・ザビ」だった。スタンプ帳のキャラクター表に「⚪⚪・ザビ」という名前が多かったので、恐らくガンダムの物語の中の重要な位置を占めるのがこのザビ一族なのだろうなという予測はしていたが、この時点ではぼくはザビ一族については何も知らなかったので、いつものように「ガルマ・ザビ、誰だよ!知らねえよ!」と思いながらスタンプを捺した。

王子から東十条に向かう京浜東北線の中で、ぼくは期子に話しかけた。

「期子さん、ぼくはね、この辺の街にはあんまり馴染みがないんだ。」

ふうん、という感じで期子は聞きながら頷いた。

「 子供の頃に親戚の家族が王子に住んでいたから何回かは来たことがあるんだけれど、その記憶もあやふやだ」

「どれぐらい前のこと?」と期子が尋ねた。

「小学生の頃だから、今よりも30年近く前だ」自分でそう言ってみてから、そうか、そんなに前のことか、と思った。

「親戚家族の住んでいた社宅の風景や、そこの駐車場で従兄妹たちとサッカーボールを蹴ったりして遊んだことははっきりと覚えているのに、街の景色はほとんど思い出せない。記憶なんて、いい加減だね」ぼくはそう言った。

「もちろん、覚えていたとしてもその景色はすっかり変わってしまっているのだろうけれど」期子がそう言った。

「街も、いい加減よ」

電車が東十条に着いた。

《東十条》

東十条駅のスタンプ台に行くと、先客がいた。これまでにもそんなことは何回もあった。一つのスタンプ台につきスタンプは二つあるので並んで捺すことも可能なのだが、先客がいる場合にはぼくはいつも後ろに並んで先客が終わるのを待っていた。落ち着いて捺したかったのだ。ちなみに東十条駅のスタンプは「黒い三連星(ガイア・マッシュ・オルテガ)」だった。1ナノも知らないので、「黒い三連星、誰だよ、知らねえよ」と言いながら捺すつもりは満々だった。

しかし、この日の先客はなかなか終わらなかった。よく見るとスタンプ帳を何十冊も抱えている。この問題自体はJRも懸念している所であり、あらゆるスタンプ台に「スタンプ帳は一人一冊」と書いてあるのだが、この日の先客はそれを遥かに上回る数十冊だった。

こりゃあしばらく終わらないな、と思ったぼくは、仕方なしに先客の横に並んでスタンプを捺した。捺し終わってからその先客を見たら、イリーガル(法律に抵触する)なタイプの薬物やイリーガル(法律に抵触する)なタイプの拳銃などの売買で生計を立てておられそうな雰囲気の方であり、マイルドに見ればヤクザ、シビアに見れば暴力団関係者、という感じの出で立ちの方であった。

ははーん、シノギだな、とピンときた。

このガンダムスタンプラリーは、スタンプを完全制覇すればプラモデルがもらえる。おそらくはそのプラモデルをインターネット上のオークションなどに出して荒稼ぎしようと、そういうことなのだな、と思った。そう思えば、あの大量のスタンプ帳も腑に落ちた。何せ紙袋に何十冊も入れているのだから。

「8と9と3、足して20でオイチョカブで言えばブタさ。俺たちはぐれものなんてそんなもんさ」、そんないささか自嘲的ながらも気の利いた言葉など聞こえる余裕もなく、目の前の8+9+3の方は一心不乱にスタンプを捺していた。おそらく彼も「黒い三連星、誰だよ、知らねえよ!」と心の中で叫びまくっていたはずだ。

東十条の駅から赤羽へ向かう電車の車内で期子が呟いた。
「確かに、行き過ぎた複数のスタンプ帳というのは褒められたものではないわね」

「うん。たやすく看過は出来ないね。さっきのヤクザっぽい人のことだよね」とぼくは答えた。

「けれどね、タケシくん」期子は、どうにもならないことだって世の中にはあるのだ、という風に話し始めた。

「あの彼だって、スタンプを捺すのは本意ではなかったかも知れない。ひょっとしたら映画に出てくるような華やかなヤクザに憧れてヤクザになったのかも知れないのに、やる仕事と言えば大量のガンダムスタンプラリー。私たちと同じように都区内フリーきっぷを握りしめて、王子ではガルマ・ザビに次ぐガルマ・ザビ、東十条では黒い三連星に次ぐ黒い三連星。捺しても捺してもガイア、捺しても捺してもマッシュ、捺しても捺してもオルテガなのよ」

「めちゃくちゃ、地味だね」

「ええ。死ぬほど、地味よ」

電車が赤羽についた。


《赤羽》

赤羽と言えば、東京北部のターミナル駅であるという認識は確かにあったが、その駅の大きさにいささか面食らった。ぼくの中では赤羽と言えば赤提灯の居酒屋と、昼から目を潤ませつつ酒を呑みながら地べたに横たわるジジイ、という印象だったのだが、駅からはそんな印象はまるで受けなかった。
ちなみにぼくの住んでいる小岩には、昼からワンカップを片手に地べたで仮眠を取る人生の諸先輩方が多数存在する。終わっているかまだ始まっていないかの二択で言えば、完全に終わっている。いわゆる「安定の下町クウォリティ」というやつだ。

赤羽駅のスタンプは「アカハナ」だった。
赤羽、アカハナ、赤羽、アカハナ。
ダジャレなのだろうか。大して面白くはないけれど。

また、ぼくはいつものようにアカハナのことは何一つ知らなかったので、「アカハナ、誰だよ、知らねえよ」と思いながらスタンプを捺した。

赤羽からは埼京線に乗り換えて十条を目指した。


《十条~板橋~池袋》

十条のスタンプは、「セイラ・マス」だった。この日上野駅で交換したカードで「あなたならできるわ」と言っていた人だった。

「ふうん、シャアの、妹なんだ」そう思いながらスタンプを捺した。

続く板橋のスタンプ「ジム」は、何となく見たことがある、程度ではあったので「ジム、誰だよ!知らねえよ!」とまではならなかったのだが、もちろんよくは知らないので「うーん、ジムねえ。あんまりよく知らねえよ」と思いながらスタンプを捺した。

埼京線が池袋駅に着き、さて演奏の仕事に向かうかなと思って横を見たら、やはり期子はいなくなっていた。

おそらくまた彼女はやってくる。

ぼくがスタンプラリーに出かける時には必ず。
それは願望ではなく、確信だった。


(続く)

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2018年2月26日 (月)

『65駅の恋』第四話

『65駅の恋』第四話

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《第四話》
上野~鶯谷~日暮里~西日暮里~田端

《上野》

上野駅は、やはり大きい。新幹線の停まるような駅なのだから、駅の規模が大きいのは当たり前なのだが、それにしても大きい。

改札の中に何人もの人々が消えてゆき、そしてまた何人もの人々が歩き出してくる。まるで巨大なポンプのような装置が人間を吸い込んでは吐き出し吐き出しては吸い込みということを繰り返しているような想像を掻き立てられた。

ぼくは上野駅でスタンプ台を探し出すまでに、上野駅の周囲を10分少々歩き回った。これでは運動不足の解消になってしまう、これでは健康的に痩せてしまう、などと想像したが、もちろん1ミリグラムも痩せはしない。ともあれ歩くのは悪くない。

華やかな上野駅の中では幾分物寂しい入谷改札口に、ガンダムのスタンプはあった。本当にガンダムだった。こればかりはさすがにぼくも「ガンダム、誰だよ」とは言えない。「おー、ガンダムだー」と心の中で呟いてスタンプを捺した。

同じようにガンダムのスタンプを捺した期子がぼくに「ちょっと待ってて」と言って、近くのコンビニエンスストア「NEWDAYS」に入っていった。何をしているのだろうと数分待つと、期子が戻ってきた。手に、一枚のカードを持っていた。

お待たせ、と言ってから彼女はぼくに教えてくれた。

「このスタンプラリーではね、まずは7つのスタンプを集めるの。7つのスタンプを集めてから、指定された場所で400円以上の買い物をすると、ガンダムの名ゼリフを印刷したカードをもらえるのよ。「週刊ベースボール」を買ったら400円を越えたから、それをもらってきたの」

片手に週ベを持った期子は、もう片方の手でぼくにカードを見せてくれた。カードは「セイラ・マス」のカードだった。名ゼリフは「あなたならできるわ」だった。

「セイラ・マス。本名アルティシア・ソム・ダイクン。シャアの妹よ」

ガンダムのことをまるで知らないぼくには何のことやらよく理解できなかった。

「あれ?でもこのセイラって人は地球連邦軍の人じゃないの?シャアってジオン公国の人でしょ?地球連邦軍とジオン公国は戦争してるんだよね?兄妹で?」

「タケシくん、そこにはね、とても深い理由があるの」

「とても深い理由」ぼくはその言葉を反芻した。

「ええ。それこそがこのガンダムのもう一つのメインストーリーなの。いずれ、あなたもそのことを知ることになるわ」

この予言は見事に当たった。ぼくはその数日後、ダイクン家のいざこざについてひょんなところからその真実を知らされることとなるのだが、その話はまた後ほど。

期子はそう言って再び改札へと歩き出した。彼女の背中に、ぼくは何かしらの覚悟のようなものを感じた。シャアとセイラのように、いや、キャスパルとアルティシアのように、人は様々な運命に翻弄されながらもただ前を向いて歩き続けなければならないのだろうか。そんなことを、ふと思った。

《鶯谷~田端》

上野駅を後にしたぼくたちは、そのまま北へと向かった。山の手線と京浜東北線が並走するこのエリアでは、ほぼ三分おきにいずれかの電車がやってくる。夕方の山の手線や京浜東北線は会社帰りの人々でごった返していた。

上野駅から一つ北側の駅は、鶯谷だった。人波をかき分けて、駅のスタンプ台に向かう。鶯谷駅のスタンプは「ミデア」というモビルスーツだった。全く知らないので、いつものように「ミデア、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。

返す刀で急いでやって来た後続の電車に乗り込む。相変わらずの混雑ぶりだ。

次の駅は日暮里だった。ぼくは日常的にこの日暮里駅を使う。なので、いつでもスタンプは捺せたのだが、せっかくだしということで日暮里でも途中下車してスタンプを捺した。スタンプは「ララァ専用モビルアーマー」だった。ララァというのは恐らく登場人物の一人で、その人専用のモビルスーツがこれなんだろうなということは見当はついた。これまでに「シャア専用ズゴック」や「シャア専用ゲルググ」を捺すことで学んだことだ。
しかし、当然ぼくはララァもモビルアーマーも知らないので、やはりここでは「ララァ専用モビルアーマー、誰だよ」と言いながらスタンプを捺した。
「ララァは、エヴァで言うと綾波なのよね」と期子が呟いたのが聞こえた。期子の存在の秘密はぼくにはまだわからないが、一つはっきりしているのは、彼女は程度はわからないがアニヲタだということだ。たまに「デュフフ」と笑うのもぼくは見逃していない。

日暮里を後にしたら、次は西日暮里だ。ここも急いでスタンプを捺しに改札へ。
スタンプは「フラウ・ボウ」だった。「フラウ・ボウ、誰だよ」と言いながらスタンプを捺したいところだったが、何となくではあるがこのフラウ・ボウという少女は見覚えがあった。
「この、フラウ・ボウという少女は、『タッチ』で言えば浅倉南ちゃんみたいなポジションなの?」とぼくが期子に聞いた。一瞬だけ考え込んだが、すぐに
「あんなビッチと一緒にしないで」と強い口調で否定された。
ぼくは「非ビッチ」と呟きながら、「フラウ・ボウ」のスタンプを捺した。

続いての田端駅。この駅のスタンプは、「ランバ・ラル」だった。久しぶりに完全に知らないキャラクターのスタンプだったので嬉しくなり、少々ノリノリで「ランバ・ラル、誰だよ!知らねえよ!」と言いながらスタンプを捺した。やはりぼくはガンダムに関しては完全に素人であるという自覚を忘れてはならない、と思い直した。何も知らない素人が必死になってスタンプを集めているという不毛さが良いのだ。

田端が終わり、ここから先は道が二つに別れていた。一つは山の手線で簡単に「田端→駒込→巣鴨→大塚→池袋」と行くコース、もう一つは京浜東北線で「田端→王子→東十条→赤羽」と行ってから埼京線で「十条→板橋→池袋」と戻るコース。
もちろんぼくは後者を選択した。
先に面倒なルートを潰しておくのはスタンプラリー完走の一つのコツだ。ぼくは仕事の都合上山の手線の日暮里~池袋間はよく通る。ここは後まわしで全く問題はなかった。

「期子さん、京浜東北線で北に進もう」ぼくは隣にいる期子を見てそう言った。よく見ると、どこで買ったのか、手には缶チューハイを持っていた。
「あ、呑んでる」ぼくがそう言うと、期子は少々頬を赤らめた。

「ねえ、タケシくん、一つだけお願いがあるんだけど…」

「ん?何?」期子が珍しくもじもじとしている。

「あの…私に向かって、“家まで待てないのか、このアル中野郎!”と罵ってほしいの」

「は?」と疑問符を呈したが、それ以上は期子は何も言わないので、ここは難しく考えずに言われた通りに期子を罵ることにした。期子は公衆の面前で酒を呑むことを罵られたいのだ。このぼくに。

「家まで待てないのか!このアル中野郎!」

「あっ…!あ、ありがとう…!」

一つはっきりした。期子は変態だ。

(続く)

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2018年2月21日 (水)

『65駅の恋』第三話

※これは実話50%、妄想50%の小説です。

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《第三話》
金町~亀有~北千住~南千住~三河島

南流山駅の「カイ・シデン」スタンプを捺したところで、千葉~茨城エリアのスタンプは全て回収済みということになった。もう夜も更けてきていたし今日はこの辺で良いだろうと思って、その日はそこから家に帰ることを決意した。

「期子さん、今日はもうぼくは家に帰ることにするよ」

そう言って期子がいたはずの場所を振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、漆黒の闇があった。更に辺りを見回してみたが、やはりそこには誰もいなかった。期子は、知らぬ間に忽然とどこかへと消えてしまった。

ぼくは何かの幻を見ていたのだろうか。そもそも本当に期子という女は存在していたのだろうか、と狐につままれたような気持ちになった。
しかし、「一人で、取手か」と呟いたぼくに「二人で、取手よ」とささやいた彼女の声は、ぼくの耳には確かな記憶として残っていた。

「タケシくんがこのガンダムスタンプラリーをしている時だけ、私はタケシくんのそばにいる。私は、どこかからやってきて、どこかへ消えていくの」

ぼくは期子のその言葉を思い出していた。

おそらくまたぼくがスタンプラリーに出かけた時に、彼女はやって来る。ぼくの知らない「どこか」から。


《金町~亀有》

ぼくがその次にスタンプラリーに出かけたのは、その数日後だった。
その日はぼくは昼には亀有で、夜に池袋で仕事があった。レストランでお客さんが参加型のジャズのジャムセッションが行われており、その伴奏役の仕事だった。夜には池袋の洋風居酒屋でピアノを弾く仕事があった。言い忘れたが、ぼくの仕事はピアノを弾いたり人に教えたりする仕事だ。

亀有の仕事が終わるのが夕方の16時ぐらいの予定で、池袋の仕事が始まるのが19時からだった。その空いている三時間の間に、千住方面から日暮里方面、あわよくばそのまま北上して赤羽方面までをやっつけてしまおう、という算段だった。

昼前に、自宅のある小岩を出てバスで金町に向かった。金町で一つスタンプを捺した。金町は「ギャン」というモビルスーツだった。もちろんぼくは「ギャン」を知らないので、「ギャン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。

金町から常磐線に乗って亀有に移動、ということになるのだが、この時にぼくは東京都23区のJRの駅ならばどこでも乗り降り自由な「都区内フリーきっぷ」を買った。750円である。このガンダムスタンプラリーはスタンプ台が必ず改札の外にあるので、スタンプを捺す為には一度改札を出なくてはならない。正規料金だとかなりの金額になってしまうので、複数のスタンプスポットを廻るにはこの「都区内フリーきっぷ」が圧倒的にお得なのである。このスタンプラリーの必須アイテムの一つである。

亀有で仕事を終えてから駅に向かったのは16時ぐらいだった。亀有駅のスタンプ台を探すとそれはすぐに見つかった。亀有駅のスタンプは「シャア専用ズゴック」だった。
ぼくはここで一つの違和感に気付いた。スタンプのインクが、赤いのだ。これまでにインクは黒か青かしかなかった。初めて、赤いインクのスタンプに出会った。

「それは、シャア専用だからよ」

ぼくにそう教えてくれたのは、期子だった。期子は、やはり「どこか」からやってきた。

「期子さん」

ぼくは彼女がやって来ることを何となく予想はしていた。いや、望んでいたと言った方が良いのかも知れない。しかしその一方で、もう彼女とは二度と会うことはないのではないかとも思っていた。

「普通のズゴックとは、違うんだね」ぼくは期子にそう聞いた。

「ええ。速度が段違いよ」そう言って彼女はぼくに微笑んだ。


《北千住~南千住~三河島》

亀有を出て、次の駅は北千住、そしてその次は南千住だった。ぼくはよく、広いようで広くないという意味で「北は北千住から、南は南千住まで」というギャグを使う。「ぼくも日本各地さんざん足を運びましてね。まあ、北は北千住から、南は南千住まで」といった感じで。
言えば必ず失笑をもらえる。コンスタントなややウケである。それで良いのだ。いきなりホームランを狙ってはいけない。小さなヒットをぼくは確実に積み重ねたいのだ。

「ねえ、期子さん、このスタンプラリーも、かなり広い所に跨がっているね」北千住に向かう常磐線の中で、ぼくは期子に話しかけてみた。

「そうね、まだ始まったばかりよ。先は長いわ」

「本当に広いよね。北は北千住から、南は南千住まで」ぼくは満を持して言ってみた。

期子は、ぼくの方を一瞥してから、車窓に目を向けた。

つまりぼくのギャグは無視された。ウケると思ったのに。ウケたかウケないかで言えば、鬼のようにスベった。こういうこともあるのだ。

電車が北千住に着いた。北千住駅は複数の路線が交錯するターミナル駅で、駅自体もとても広かった。

この北千住駅のスタンプも、赤かった。

そう、シャア専用機だったのだ。シャア専用ゲルググだ。

「期子さん!またスタンプが赤いよ!シャア専用だよ!」ぼくは若干興奮気味にそう話した。

「そうね、シャア専用ズゴックから、シャア専用ゲルググへと流れるこのライン、美しいわ。亀有・北千住、やるわね」

期子も嬉しそうにそのスタンプを捺していた。

ふと彼女のスタンプ帳を見ると、一緒に捺していないはずの金町駅の「ギャン」にもスタンプが捺してあった。

「あれ?期子さんも金町行ったの?ぼくは今日の昼に捺したんだけど」

「ええ。タケシくん、あなたと一緒にラリーをしているのだから。あなたのスタンプ帳にスタンプが一つ増えれば、私のスタンプ帳にもスタンプが一つ増えるの。そういうものなのよ」

不思議な話ではあるが、ぼくはもうあまり疑わない。世の中にはぼくの理解を超える事などざらにあるのだ。

南千住から三河島は忙しかった。この後、何度も経験することになる
「電車を降りる→スタンプを捺す→次にやってくる電車に乗り込んで次の駅を目指す」
という動きをぼくはここで学ぶことになった。千葉~茨城方面では電車の間隔がそれなりに開いていたのだが、都内に入ると間隔がタイトになる。効率良く複数の駅を回る為には、この乗り換えにいちいち成功しなくてはならなかった。

南千住のスタンプは、「コンスコン」だった。完全に知らない人であったので、「コンスコン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。ジオン公国の人らしい。

スタンプを捺してから小走りに駅のホームに戻り、次の電車に乗って三河島へ。

三河島のスタンプは「カマリア・レイ」だった。
レイ、という名前を聞いてピンときた。ガンダムの主人公は「アムロ・レイ」である。恐らく主人公アムロの家族だろうとぼくは予想したが、予想は当たりだった。「カマリア・レイ」はアムロの母親だった。しかし、ぼくはあまりにもアムロのことも知らない。女王様にぶたれている人(第一話参照)という間違った認識しかない。となれば当然、その母親なぞ知る由もない。いつものように「カマリア・レイ、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。


《上野へ》

三河島を出てからは、日暮里を飛ばして上野へ向かうつもりだった。そのまま山の手線に乗り換えて北上するつもりだったので、その時に日暮里は潰せば良い。そんな風に思っていた。

ぼくの心は少々浮き足立っていた。

上野駅のスタンプは、「ガンダム」なのだ。言わずと知れた、このアニメの主役モビルスーツである。いかにガンダムに関しての知識が薄いこのぼくと言えども、流石に主役を前にすると身が引き締まる。

「期子さん、ついに上野だね。ガンダムを捺せるね」ぼくは嬉しくなってそう言った。

「ええ、タケシくん、ここから全てが始まるのよ」期子の顔もどことなく嬉しそうだった。

そして、期子はぼくに向かってこう言った。

「こういう時、何て言うか知ってる?」

ぼくは何と言えば良いかはわかっていたけれど、どことなく気恥ずかしくて黙ってしまった。

「大丈夫よ、私しか聞いてないから」

そう言われて、気が楽になってぼくは口を開いた。

「タケシ、行きまーす」

期子がぼくに向けて右手の拳を作り、親指を立ててみせてくれた。

(続く)

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2018年2月19日 (月)

『65駅の恋』第二話

『65駅の恋』第二話

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《第二話》
松戸~新松戸~柏~我孫子~取手~南流山

《松戸》

「タケシくん、それがゾックよ」

そう声をかけてきた女性に対してぼくはある種の不吉さのようなものを感じて、比喩的な意味ではなく、実際に一歩、後ずさりをした。

「あなたは、誰ですか」

ぼくがそう尋ねると、女性は何を問われているのかわからない、といった風情できょとんとして言葉を失っていた。ぼくは言葉を繋げた。

「なぜ、ぼくの名前を知っているんですか。あなたは、誰ですか」

少しの間、沈黙があった後に女性が口を開いた。

「ごめんなさい。ちょっと驚かせてしまったかしら。私は、更年期子(こうねん・きこ)。お察しのように中年よ」

そう言って微笑む彼女の目尻に、少しの皺が刻まれた。それをぼくは素直に美しいと思った。ぼくはBBAが好きだ。

期子は、言葉を続けた。

「タケシくん、私がなぜあなたのことを知っているのか、それは今は言うことは出来ない。ただ、私はあなたのことを、ほとんど知っている。それは間違いないの」

そんな馬鹿なことがあるか、と思った。ぼくは彼女のことを全く知らない。多分、初対面だと思う。もしも以前に会ったことがあったとしても軽く挨拶をしたことがあるぐらいに違いない。なぜ彼女はぼくのことを知っているのだろうか。なぜぼくは彼女のことを知らないのだろうか。彼女は危ないクスリでもキメているのだろうか。

「それはいずれわかるわ」

彼女はそう言うと、改札に向かってゆったりと二、三歩、足を進めた。

進めたところでぼくに向かって振り返ってこう言った。

「タケシくんがこのガンダムスタンプラリーをしている時だけ、私はタケシくんのそばにいる。私は、どこかからやってきて、どこかへ消えていくの」

ぼくは、少し背の低いこの目の前の美しい中年女性は、完全にシャブなんかをがっつりとキメているせいでワケがわからないことを言っているんだな、と思うことにした。あまりの不条理さに、目の前の世界が少しぐにゃっと歪んで見えた。

「次は新松戸よ。行きましょう」

彼女はぼくを再び改札の中へと導いた。

《新松戸》

新松戸に到着したのは、ちょうど20時を回った所だった。ぼくはこの後の時間配分を概算していた。このままのペースでいくと取手には21時過ぎ、最後に南流山に寄りたいから、家に帰り着くのは23時過ぎぐらいかな、とかそんなことを。

考えながら新松戸駅の改札をくぐりスタンプ台を探すのだが、どこを探しても見つからない。あれ、おかしいな、と思いながら辺りをぐるぐると見渡していると、期子がみどりの窓口の前で私を手招いていた。彼女の表情には、少し絶望の色が見て取れた。

「タケシくん、スタンプ台、あそこにあったわ」

彼女が指差したのは、みどりの窓口の中だった。そして、彼女の絶望の表情の意味をぼくはすぐに理解した。

みどりの窓口は、20時ちょうどで営業を終了していた。入り口には既に鍵がかけられており、もう中に入ることは出来なかった。つまり、そこに入れないということは、スタンプが捺せないということと同義だ。
まだ中には駅員がいる。片付けをしている。スタンプを捺したいぼくの物欲しそうな目と彼の目とが交錯するが、「悪いね、今日はもう終了なんだ」といった具合に視線を反らされ、それっきりだ。

「なんてこと。迂闊だったわ」

期子ががっくりとうなだれていた。彼女もこのことは想定外だったようだ。
新松戸だけまた別の日に来なくてはならないのかな、めんどくさいな、そんなことを考えている瞬間に、背後に人の気配を感じた。

ぼくの後ろには、少々ハゲ散らかしたおっさんがいた。おっさんの手にもスタンプ帳があった。おっさんもスタンプを捺しに来たのだ。そしてぼくと同じようにみどりの窓口が既に閉店している事に困惑をしていた。

少々、というか、割りとハゲ散らかしたおっさんと目が合った。現実的には、おっさんとぼくは口を開いて会話はしていない。しかし目を合わせたその瞬間、工藤静香以上に目と目で通じ合った。おっさんはぼくに目で語った。かすかに色っぽくはなかった。

「参ったな、これでは。しかし絶望するのは、ほんの少し足掻いてからでも遅くはないんだぜ。まあ見てな」と。

慌てる素振りもなく悠々とおっさんは改札の駅員の所に向かい、決して横柄になることなく丁重にスタンプのことを尋ねているようだった。しばらくするとおっさんはぼくを手招いた。ぼくはちょっと小走りにおっさんの元に向かった。

「ここで捺させてくれるそうですよ、スタンプ」

おっさんの言葉にぼくは歓喜した。

「マジっすか!ありがとうございます!期子さん、やったよ!スタンプ捺せるって!」傍らにいる期子にもぼくは嬉しくてそう伝えた。

「何てこと。信じられないわ。お兄さん、本当にありがとうございます」期子は割りとというか、かなり派手にハゲ散らかしたおっさんに向かって深々と頭を垂れた。

おっさんが先にスタンプを捺すのを見てから、ぼくもスタンプを捺した。新松戸駅のスタンプは、ジオン公国ザビ家の三男、ドズル・ザビだった。当たり前のように「ドズル・ザビ、誰だよ」と思いながら捺した。ぼくはガンダムを知らないのだ。

期子も自分のスタンプ帳にドズル・ザビを捺してから、嬉しそうにぼくの方を見た。二人で「良かったね」と胸を撫で下ろした。

駅の方を見ると、先ほどのかなり派手にハゲ散らかしたおっさんは、もう次の駅に向かって歩みを進めていた。

「あの人がいなかったら、私たちはスタンプを捺せなかったのね」とおっさんの背中を見ながら期子が呟いた。

「うん。救世主だ。メシアだね。ハゲメシアだ」ぼくがそう答えた。

「ハゲメシア、何だかガンダムのモビルスーツにありそうな名前ね」

その後、期子はその「ハゲメシア」という語感が気に入ったらしく、たびたび「ハゲメシア、うふふ」と一人で呟いては一人で笑っていた。「うふふ」は時々「デュフフ」になった。

「期子さん、次に行こうか」ぼくはそう言って次の駅に向かった。

《柏~我孫子》

柏から我孫子間は、特にトラブルもなく順調にスタンプが捺せた。柏のスタンプは「ビグ・ザム」であり、ぼくはいつものように「ビグ・ザム、誰だよ」と思いながらスタンプを捺したが、我孫子駅の「ブライト・ノア」は、初めての「何となく知っている人スタンプ」だった。

「期子さん、このブライトってあれだよね、アムロのことぶつ人だよね」とぼくが聞くと

「そうよ、二度もぶつ人よ」と期子は優しく教えてくれた。

ぼくは少しずつガンダムに詳しくなりつつあった。

《取手》

取手駅に到着したのは、21時を少し回っていた。まさか本当にスタンプを捺す為だけに茨城県まで来てしまうとは。こういう無意味なことにはぼくは本当に愉快になってしまう。取手駅の「ジョブ・ジョン」のスタンプをいつものように「ジョブ・ジョン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した後に、「期子さん、せっかくここまで来たんだから、ちょっとだけ取手駅の周りを見ても良いかな」と断って、駅の外をぐるっと歩いてみた。

取手は、決して小さな駅ではなかった。建物としては大きな部類に入るし、それなりに立派だった。もっと地方都市の寂れた駅を ぼくは想像していたので、ちょっと拍子抜けした。

駅の近くに焼肉屋があって、そこから漏れてくる焼肉の匂いがぼくの空腹を刺激したのを覚えている。

「一人で取手、か」ぼくは思い付いたちょっと悲しいダジャレを口にしてみた。

「二人で取手、よ」後ろから近付いてきた期子が、それを訂正した。

「そっか、二人で取手、か」

ぼくは何となく、世界の片隅に、ぽつんと二人きりで置いてきぼりにされているような気がしたが、不思議と気分は悪くなかった。期子が、ぼくの横でデュフフと笑った。

《南流山》

今回のガンダムスタンプラリー、全65駅が参加していた訳だが、ぼくが個人的に「お前は参加するんじゃねーよ!」と思った駅が二駅あって、一つは尾久駅であり、もう一つはこの南流山駅だ。

南流山駅は、常磐線ではない。武蔵野線である。

つまり、松戸~取手間は全て常磐線一本で話が済むのであるが、南流山駅は新松戸駅から武蔵野線に乗り換えて一駅行かなくてはならない。本日の添付写真にその路線の様子が書かれてあるが、とにかく南流山駅は「わざわざそこへ行かなくてはならないタイプの駅」なのだ。ここが一駅あるだけで、ぐっとスタンプラリーの難易度が上がっている。

南流山駅のスタンプは「カイ・シデン」だった。もちろん「カイ・シデン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。

南流山駅の周りにはまだ1月22日に関東に降った雪がたくさん残っていて、駅の近くに雪が溶けてそのまま凍ってスケートリンクのようになってるエリアがあった。
ぼくはそういうところを見つけると、普通の運動靴でスケートごっこをやらずにいられないタチなので「わーいわーい」とそこを滑って遊んでいた。

「期子さん、なんでこういうのっていつまでも楽しいんだろうね」
ぼくが尋ねた。

「坊やだからさ」
期子が、答えた。

(続く)

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2018年2月18日 (日)

『65駅の恋』プロローグ~第一話

『65駅の恋』プロローグ~第一話
唐突にではあるが、当ブログはこれよりしばらくの間、小説の連載に入る。

約一ヶ月に渡って私が取り組んだガンダムスタンプラリーがその題材である。

なので基本的にはノンフィクション小説なのであるが、一つだけフィクションの要素を付け加えたい。それは、一人の女性の存在である。

実際には私は一人でそのスタンプラリーを完走したのであるが、そのスタンプラリーを回っている時にだけ会えた妄想上の女性の存在をフィクションとして付け加えたい。なぜそんなことをするかと言えば、バカバカしさにターボがかかるからだ。そしてスタンプラリーが終わってしまった時の喪失感は、失恋のそれと酷似していたからだ。

私は若い女性よりもBBA系の女性の方が好きなので、彼女の名前は「更年期子(こうねん・きこ)」としたい。「能年玲奈」のイントネーションで読んでもらうと尚良い。

それではプロローグから第一話まで。

《プロローグ》

十五歳の若い天才棋士が将棋界の伝説を打ち負かした直後に、二十三歳の美しいスケーターが氷上で奇跡的な演技を披露し、日本中がそんな快挙に酔いしれたその日、ぼくは秋葉原の路上で確かな達成感と、そして自分でも信じがたいほどの喪失感に包まれていた。

その日、ぼくのガンダムスタンプラリーは終わった。

そして、彼女はぼくの前から蜃気楼のように消えてしまった。

これは、ぼくと彼女「更年期子(こうねん・きこ)」の、地球防衛軍とジオン公国との戦争よりも濃密だった一ヶ月の記憶である。


《第一話》
スタート~松戸

《スタート~松戸》

JRが、ガンダムスタンプラリーを始めた。

東は取手、西は西荻窪、北は赤羽、南は蒲田。東京都、千葉県、茨城県にまたがる全65駅の改札外に設置された「機動戦士ガンダム」のキャラクターのスタンプをスタンプ帳に捺して集めることで、ガンダムのプラモデルがもらえる、という企画である。

初めに断っておくが、ぼくは「機動戦士ガンダム」のことをほとんど知らない。「ぶったね!二度もぶった!女王様にしかぶたれたことないのに!」と、名ゼリフを勘違いして覚えているぐらい、知らない。ちなみにこの間違った名ゼリフは伊集院光のラジオで頻繁に聞くことが出来る。ネタの出自はそこである。

「ガンダム」のことをほとんど知らないぼくがなぜそのスタンプラリーに取り組もうかと思ったかと言えば、ぼくは少々「テツ」であるからだ。漠然と「何となく死にたいなあ」という気分になったとき、ぼくはよく電車に乗る。知らない街に行って知らない景色を見て、少し気分がラクになる。

その日ぼくは、漠然と死にたかった。かと言って実際に死ぬ訳にはいかないので、電車に乗ってほんの少し遠くへ行こう、と思った。

どこへ行こうかなと思った時に、ふと目に「ガンダムスタンプラリー」のスタンプ帳が目に入った。

へえ、こんなのがやってるんだ、エリアはどこなんだろう。うわ、東の果ては取手って!スタンプ捺す為だけにわざわざ取手に行くのかよ!茨城県じゃんか!バカじゃねーの!

そう思ったその瞬間に「今日は取手に行こう」と決意した。

「スタンプを捺す為だけに茨城県」、この不毛さに、一瞬で魅了された。そうだ、ぼくは不毛なことこそを愛しているんだった。

取手へ、向かおう。

ぼくはそう決意した。

後から考えてみれば、この選択は非常に正しかった。65あるスタンプスポットの中でも最も「難所」であるこの千葉~茨城のエリアを先に潰しておく、というのはかなりの精神的なアドバンテージになる。そして金銭的にも良い。このスタンプラリーに必須アイテムである「都区内フリーきっぷ」でカバーしきれていない場所は二ヶ所あり、その内の一つがこの千葉~茨城エリアだった。

ぼくは金町駅から常磐線に乗り、最初のスタンプスポットである松戸駅の改札をくぐった。

スタンプ台が眼前に見える。スタンプのキャラクターは、「ゾック」というモビルスーツだった。再三になるが、ぼくはガンダムを知らない。「ゾック、誰だよ」と思いながらスタンプ帳にゾックのスタンプを捺す。

「タケシくん、それがゾックよ」

ぼくの横で妙齢の女性が微笑んだ。

それが、ぼくと期子の出会いだった。

(続く)

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