創作

2014年12月27日 (土)

黒田博樹が帰ってくる

黒田博樹投手、広島カープへ復帰の報せ。

あまりに嬉し過ぎるので、2012年の11月にメルマガ用に書いたとあるショートストーリーをコピーしてこちらにアップ。

私の異常なまでのこの喜びをわかって頂きたい。

ちなみにメルマガを購読したい方は
ancientafrica1@gmail.com
までご一報を。

以下、メルマガより。

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数年前まで日本のプロ野球チーム広島東洋カープには、黒田博樹というピッチャーがいた。

現在はメジャーリーグベースボールチームであるニューヨークヤンキースにてエース級の活躍を見せる素晴らしいピッチャーである。

今回のメルマガは彼の存在に着想を得た短編恋愛小説をお送りしたい。

要するに今はもはや世界屈指の投手となってしまった黒田博樹投手に、いつかもう一度広島カープに帰ってきてもらいたい、というそれだけの意味の小説である。

小説をより楽しんで頂く為に、先に黒田博樹投手のwikipediaを御参照頂ければ幸いである。

もちろん小説に関しては完全なるフィクションであり、登場する人物等は全て架空の存在である。

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クリスマスで着飾った街が少しずつ落ち着きを取り戻しながら、また別の頭で新しい年がやってくるのを心待ちにしていささか浮足立っているように見える。こんな年の瀬に、ぼくは毎年博子の事を思い出していた。

「あたしね、東京に行く事にしたの」

雪の降る旭川の街の片隅で、五年前に博子はぼくにそう言った。しんと静まり返った街の中で、博子の言葉だけが妙にぼくの耳に響いた。

「そっか。良かったじゃん。頑張れよ」

返事に困ったぼくの口から出た言葉は、何とも凡庸でぶっきらぼうなものだった。ぼくはその言葉を頭の中で反芻しながら「何が良かったじゃんだよ、全然良かねえよ」と思いながら苦笑した。

けれどぼくはそんなに驚いていた訳じゃなかった。遅かれ早かれそうなるんじゃないか、そう予感していた。

博子はこの北海道の中ではちょっと名の知れた役者だった。北海道限定の地方CMなどではあるけれどよくテレビに出ていたし、バイトと稽古ばっかりでというようないわゆる「売れない劇団員」という所から抜け出したという感触はすぐ傍で見ているぼくにも伝わって来ていた。一緒に街を歩いている時に博子がファンからサインや握手を求められる場面に遭遇した事もある。博子はいつもそれに笑顔で快く応え、横にいるぼくを指して「彼氏ですか?」なんて聞かれた時には「ええ。高校生の頃からの。腐れ縁なんです」と否定もせずに清々しく答えていた。ぼくは気恥ずかしい一方で、何処か自分を誇らしく感じてさえいた。

「東京に出て来ないか?」という話はこれまでにもあった。博子はその度に複雑な表情を浮かべながら、「東京に、っていうお話があったんだけれど、やめとこうと思うの」とぼくに打ち明けた。ぼくは「行っても良いと思うよ。人の多い所で博子の可能性を試すのは悪い事じゃないと思う」と答えていたが、博子は決まって「ううん、やっぱり私を育ててくれたこの街に愛着はあるし、それに鯉太郎くんと離れて暮らすのって、正直想像がつかないの」と言った。

それがぼくに気を遣っての言葉なのか、それとも言葉通りの他意の無いものなのかはわからなかったけれど、ぼくは「わかった。博子の好きにすると良いよ」と言って笑った。
確かに博子がぼくの元から、そしてこの街から離れていく事を想像するとぼくの胸には締め付けられるような痛みが走った。博子が欠けてしまったこの街はまるでキャッチャーがいなくなってしまった野球チームのように不完全だ、そんな事を思っていた。実際に博子がいなくなってしまった後に、ぼくのそんな悪い想像とは無関係に街は粛々と日常を営んだが、ぼくにはやはりこの街が何かしら不完全なものになってしまったように思えた。

そんなやり取りが幾度もあった後に博子が口にした「東京へ行く」という言葉は、やはり相当の覚悟の詰まったもなのだとぼくにはすぐにわかった。少なくとも、物見遊山で東京に行ってダメだったらダメだったで故郷に帰って来れば良いというような軽薄な覚悟で発せられた言葉ではなかった。だからこそぼくには「話が違うじゃないか」なんて言い掛かりをつけてそれを阻止する術はとてもじゃないが無かった。博子の確固たる意志に支えられたその顔を見ると、「良かったじゃん、頑張れよ」なんていう少々裏腹な言葉を吐き出すのが精一杯だった。雪の降る街の中で、二人の吐く白い息が煙草の煙のように空に舞った。

「やっぱり、自分がどこまで出来るんだろうって、ずっと思ってたの」

博子がそう言った。何て美しい顔なんだろうとぼくは博子に見惚れてしまった。ついうっかりと。

その前の年に、博子と同じ役者仲間の新井貴子という女が同じように「東京に出て来ないか」という誘いを受けて東京に行った。その時に貴子は仲間の前で「この街を出ていくのは辛いの!この街が好きだから!」と大粒の涙を流しているのをぼくは見たが、何だか白けた気持ちでそれを見ていた。そしてそれをあまり美しいとは思えなかった。出て行く人間が去って行く場所への愛着を語るなんておかしな話だと思ったし、そうやって涙を見せてしまう事がぼくは個人的に好きになれなかった。

だから、ぼくが博子の恋人だったという身贔屓を抜きにしても、確かな決意を持って「東京に行く」と言った彼女の顔は美しかった。その事で一言たりともぼくに謝罪の言葉など言わないでほしいと思っていたが、そんなのは杞憂で、博子は決してぼくに「ごめんね」なんて言わなかった。

「頑張って…くるね」

博子ははっきりとそう言った。ぼくはそれを聞いて一度だけ深く頷いた。

顔を上げると、博子の唇がぼくの唇に触れた。

多分それはお別れのキスだった。

暖かく、そしてとても切ないキスだった。


博子がこの街を出てからしばらくはぼくは意識して彼女の事を思い出さないようにしていた。けれど時折新聞のテレビ欄に載っているテレビドラマのキャスト欄に「黒田博子」という彼女の名前を確認する事は度々あったから、思い出さずにいるというのが難しい話だった。

彼女がこの街を出てから初めてぼくがブラウン管越しに彼女の姿を観た時の事だ。元々美しかった彼女の顔には独特の凛々しさが加わり、ドラマの中では主役ではなかったのだけれど、まさに主役を「食う」ほどの存在感を放っていた。ぼくは今でもあの時の主演女優の顔はまるで思い出せないが、博子の真っ直ぐな眼差しは即座に思い出せる。それぐらい観る人の心に残るような演技を、確かな芸を彼女は研鑽していた。

博子が全国的な人気を獲得するのにはそんなに時間はかからなかった。「ずば抜けた存在感と安定感」、「若手きっての演技派女優」。メディアはこぞって彼女を絶賛し、黒田博子の名前はもはや「知る人ぞ知る」ようなものではなくて、「誰もが知る」ものになっていた。テレビを点ければ彼女の出演するコマーシャルを観ない日はなかったし、わかりやすく彼女はスターダムの階段を昇っていった。

どの世界でも共通するような話なのだとは思うが、頂点にい続ける人間達は往々にして努力の手を緩めない。それは博子も例外ではなかった。北海道にいる頃には、合わない役どころになると普段の半分も力を出せないようなムラっ気があったのだが、そういった好不調の波も無くなった。恐らく自分なりに様々な反省と改善を重ねていったのだろう。彼女は元々辛抱強い努力を厭わない人間だったが、その地道な努力が見事に報われていた。更に言えば、彼女は何よりもタフだった。一つや二つの失敗ではびくともしない強い心を持っていたし、肉体的にも強かった。野球で言えばさしずめいつでも完投出来て決してローテーションを崩さないピッチャーといった所か。もしぼくが誰かとチームを組んで一つの作品を作り上げるならば、博子のような存在は本当に助かると思う。そして、信頼というものはこのようにして勝ち取るべきものなのだとぼくは思う。

博子が東京で成功しているのをメディア越しに見ていて、ぼくは嬉しくない訳はなかった。その成功には「幸運を掴んだ」という要因もあるが、幸運のみで成功した人間は往々にしてすぐにその世界から消えて行く。自分の立ち位置に見合った芸が無いからだ。博子はそうではなかった。日々の研鑽と努力に幸運が付随した格好だ。揺るぎ無かった。

ただ、その一方でぼくは決定的な寂しさを抱える事になった。それは博子が既にぼくの手の届かない遠い所に行ってしまったという寂寥だ。北海道と東京という二つの街の実際的な距離以上に、もっと形而上学的な距離が、ぼくと博子を隔ててしまった。彼女は文字通り「遠い世界」に行ってしまったのだと思った。

博子が東京に出てから二年目の事だ。昼下がりに特に目的もなくテレビを点けていたら、ワイドショーが博子の恋愛沙汰を取り上げていた。映画で共演した中堅どころの俳優と深夜に二人で食事に行った所を写真に撮られたらしく、ワイドショーは「実力派女優の初ロマンス」などと面白おかしく囃し立てていた。芸能人の色恋沙汰なんて全く興味は無いが、それとこれとは話は別だ。ぼくは思い出すのも恥ずかしいぐらいに食い入るようにテレビ画面に見入ってしまった。博子の一挙手一投足に何らかの情報は無いだろうか、そしてこの報道は出来るならば嘘であってほしい、そう思いながら画面を見つめた。

下世話な印象の芸能レポーターが博子にインタビューを試みるシーンが映っていた。「黒田さん!黒田さん!俳優の○○さんとはお付き合いされてるんですか!?どうなんですか!?」と。

博子はそれに対しては何も答えなかった。ぼくは否定の言葉を待っていた。

それは間違いなく「嫉妬」という、とても苦しい感情ゆえだ。

はっきりとわかった。ぼくはまだ、博子の事が忘れられずにいる。

それが随分とみっともない事だとは自分でもわかっていた。もう博子はぼくの手の届く所にはいない。博子は画面の「あちら側」の人間で、ぼくは「こちら側」の人間だ。「アイドル」なんて言葉を考え出した人間はとても皮肉が利いていて良い。「偶像」か。ぼくの脳裏にいる博子、それは実像ではなく虚像なのだろうか。ぼくにはわからない。

雪の降る旭川の街で、ぼくは一人佇んでいた。もう今年も終わるんだ。そんな事を考えながら。

手に持ったホットコーヒーのぬくもりがありがたかった。冬の旭川の寒さは日本でも随一だ。頬を刺す寒気がぴりぴりと沁みた。

雑踏の音を聴いた。街のあちらこちらから無機質な音楽が流れ、そして人々の嬌声が聞こえた。

そんな音が幾重にも折り重なる中で、ぼくはぼくの背後に、呟くような歌声を聴いた。

「カープ、カープ、カープ広島、広島ーカープー」

空耳を疑った。そんな声はもう聴く事はないのかも知れない、ぼくはそう思っていたからだ。でも、その後も声は続いた。

「空をー泳ーげーとー、天もまた胸を開くー」

ゆっくりとした歌声は、次第にぼくに近付いて来た。

「今日のーこーのー時をー、確かーにたたーかーいー」

ぼくはそれに合わせて一緒に呟いた

「遥かーに高くー、遥かーに高くー、栄光のー旗をーたーてーよー」

振り向いた。確かに博子がそこにいた。

博子はぼくと目が合うと、恥ずかしそうに少し俯いて視線を逸らした。

「カープ、カープ、カープ広島、広島ーカープ」

二人で一緒に呟いた。

「ただいま」

博子がそう言った。

「おかえり」

ぼくはそう言うのが精一杯だった。本当に、現実と虚構の区別がつかなかった。

「広島…広島鯉太郎くん」

博子がぼくの名前を呼んだ。

「黒田…黒田博子さん」

ぼくもそれに答えた。おかしくなってしまって、ぼくたちは二人でくすくすと笑い合った。やはり現実だ。確かに博子は、そこにいる。

「こんな事を言うのはね、すごく自分勝手だってわかってるんだけど」

博子が口を開いた。ぼくは黙って頷いた。

「あと少し、あと少しだけ待っていてくれたら、嬉しいの」

何を言っているのかがよくわからなくて、ぼくは博子に聞き返した。

「どういう事?」

博子はぼくの目を真っ直ぐに見た。この街を出る時にぼくを見たのと同じように、それはとても美しい眼差しだった。

「あたし、もう少ししたらこっちに帰ってくる。」

ぼくは驚いて「仕事は?」と訊いた。

「仕事は続ける。そりゃあ東京でやってる頃に比べたら仕事は減るとは思うけれど、でもこっちでも何とかなると思うの」

そりゃあ何とかなるだろう。これだけ出世したのだから。

「鯉太郎くんの元に、帰って来ても、良い?」

ぼくは一瞬固まってしまった。その混乱を博子に気付かれるのが嫌で、平静を装って静かに一度だけ頷いた。

「わかった。待ってる。」

ぼくは博子を待っている。

それはいつになるかは今はまだわからない。

ただ、ぼくは、待っている。

博子がすっと手を差し出した。

ぼくはその手を握った。

握り合った二人の手の上に雪が落ちて、そして溶けた。



(了)

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2014年7月 8日 (火)

七夕物語

(昨日書いたので)

七夕である。

七夕であるが、これといって空に願うような事もない。

あえて言えば「ヤニで汚れた歯を綺麗にしたい」と「やせたい」であるが、歯に関してはさっさと歯医者の予約をすれば良いだけであるし、デブに関してはここの所サボり気味なジム通いを再開する以外に無い。

自分の力でどうにでもなる。

七夕に関してのどうでも良い妄想を一つ。

アルタイル(牽牛星)とベガ(織女星)が年に一度、7月7日の日にだけ天の川を越えて会う事が出来るといういにしえよりの伝説。

「そんなの無理じゃね?」

高校一年生の時点で数学がキレイサッパリわからなくなったが為に文系に行かざるを得なかったほどに理系音痴な私である。そんな理系の知識に乏しい私のザレゴトとして聞いて頂きたい。

「七夕伝説って無理じゃね?」

・まず、ベガとアルタイルの距離は約15光年である。

・1光年というのは光の速度(秒速約30万キロメートル)で一年間移動し続けた距離である。今ざっと計算したら1光年=約9兆5000億キロメートルと出た。とてつもない距離だ。

・という事は、仮にベガとアルタイルがお互いに向かい合う方向に光速で移動し続けた場合、15(光年)÷2=7年半でやっと巡り会う事になる。

・なおかつ、会ったは良いものの、お互い所定の位置に戻って行くには再び7年半を要する。

・所定の位置に戻ってからすぐに再び逢瀬の場所に向けて出発したら、また7年半かかる。という事は実際に会えるのは15年に一度。

・光よりも速い速度で動けば一年に一度の逢瀬は可能では?と考えるもそれは無理。光速度不変の法則により、光を越える速度は存在しない。

・唯一気になるのは光速に近い速さで動く物体は流れる時間がゆっくりになるとかナントカいうのがあるのでその辺がむにゃむにゃしてアレすると、1年とはいかないまでも12年に一度ぐらいは会えるようになるのか?という点。

・ただし、会ってすぐに別れて所定の位置に戻ってまたすぐに再出発して、というのは非現実的。彦星も織姫もそれなりにやる事はあるだろうし、移動してばかりはいられない。

・そう考えると二十年に一度会える、というのが現実的なライン。一年に一度は無理。

・そういえばここまで彦星と織姫が光速に近い速度で動いている前提で話をしていたが、そもそもそんな事は無理なのでは?という声にはビタイチ耳を傾けない。メルヘンの世界ではそれはアリだ。彼らは光速に近い速度で動く事が出来る。

という訳で結論であるが、彦星と織姫は二十年に一度会う事が出来る。

五年会わなければ人は大きく変わるというのに、まさかの二十年である。

私は現在34歳。今年35歳。という事は、もし今日、二十年ぶりに誰かと再会するという事は、私が14〜15歳の時分、つまり中学生の時の知り合いに再会するというような事になる。

そういった事を踏まえて。

『七夕物語』

星彦が電車の座席で向かい合った女性の顔に違和感を覚えたのは彼女を一瞥した自らの視線を一度逸らしてからだった。虚空を眺めながら今日の仕事の段取りを頭の中で組み立てる。その時に思考にノイズが混じる。

あれ?俺はこの女性を知っている?

すぐにそんな疑念が湧いた。

恐る恐る再び視線を女性に戻すと、その刹那、星彦と女性の視線が交錯した。

女性の顔にもすぐに困惑の色が浮かんだ。星彦は確信した。目の前の女性は織絵、中学の同級生だった部賀織絵(べがおりえ)なのだと。

織絵も記憶の糸を手繰りながら困惑していたようだが、しばらくしてから記憶の中から星彦の存在を見つけ出したようで破顔した。

二人はそのままに言葉を交わしはしなかったが、電車が次の駅に着き星彦が座席から腰を上げると、織絵もそれに続いた。

ホームに降り立った二人はそこで初めて言葉を交わした。

「織絵…さん」

「久しぶりね、星彦くん」

「この駅で降りて良かったの?」

「どこで降りても大丈夫よ。今日は特別にどこかへ行こうとしてた訳ではないし。ただちょっとブラブラしてただけ」

その言葉は星彦を気遣うようでもあった。

「ぼくは仕事まであと一時間ぐらいあるんだ。良かったらどこかでお茶でもしながら少し話をしないか」

星彦がそう尋ねると織絵は頷いた。初夏のけだるく生暖かい風が二人の頬を撫ぜた。

改札をくぐってすぐに目についた喫茶店に二人は入って行った。二十歳前後と見られる若いウエイトレスが注文を取りにくるまでは奇妙な沈黙が続いた。星彦は紅茶を頼んだ。織絵はコーヒーを頼んだ。

「男女の頼む注文としては、普通は逆かもね」と織絵が口を開いた事で沈黙は破られた。

「好きなんだ、紅茶が。確かに男には珍しいかも知れないけれど」星彦は少々気まずそうにそう答えた。

「二十年ぶり、かしらね」

「中学を卒業してからだから。うん、そうなるね」

「この間、と言っても二年か三年くらい前だけど、白鳥くんに会ったわ。覚えてる?白鳥くん」

星彦は頷いた。

「覚えてるよ、白鳥出根舞(しらとりでねぶ)。三年生の時の理科の先生が教室を見渡して、この教室にはベガとデネブがいるからあとはアルタイルさえいれば、なんて言った時に…」

「そう、あなたの名前が出て来たのよね、有田星彦(あるたほしひこ)くん」

「先生が妙に興奮してたっけ。夏の大三角形完成!とか言ってね」

「懐かしいわね」

「白鳥は元気だった?」

「うん。小さなお子さん連れてた。男の子二人。やんちゃそうな感じの」

「そうか。あいつももう父親か…」

星彦がそう言って息を深くついていると、テーブルにコーヒーと紅茶が運ばれて来た。若いウエイトレスは自分で注文を採っておきながらコーヒーを星彦に、紅茶を織絵の前に置いた。

「やっぱり思い込みってあるんだね」ウエイトレスが離れた後に星彦はそういって目の前の二つのティーカップの位置を入れ替えた。

他愛のない世間話に一石を投じたのは織絵の方だった。

「手紙…まだとってある…」星彦の目を見ずにそう言った。

「うん…」頷いてからゆっくりと紅茶を一口含んだ。

「ぼくも…とってある…」

二人の記憶が、いつの間にやら青い時代へと戻っていった。

中学を卒業してから星彦と織絵は別の高校へと進んだ。織絵は地元の地区では三番目に難しい公立の進学校に進み、星彦は故郷からはだいぶ離れた全寮制の高校へ進んだ。

織絵から手紙が来たのは、星彦が故郷を離れて二年目の事だった。丁度今と同じような初夏の陽気の頃だ。

手紙には、中学時代の担任の教師が癌になり、それを励ます為に当時の同級生みんなで寄せ書きを書いて送りたいから協力してほしい、と書いてあった。星彦は、すまないけれども自分がすぐに実家には戻れない事、しかしその申し出には協力したいので寄せ書きの色紙を郵送してほしい旨を書いた。

暫くしてからすぐに織絵から色紙が郵送されてきた。嘗ての同級生たちが元担任に励ましの言葉を書いていた。空いたスペースに星彦も「早く良くなって下さい」と平凡な言辞を連ねた。星彦自身もその教師には世話になったし、良い印象を抱いていたが、それ以上の言葉はその時には出てこなかった。色紙を再び大きめの封筒に入れて、織絵に送り返した。

その年の暮れに再び織絵から手紙が来た。件(くだん)の教師は手術に成功し、今は順調に回復に向かっている、と書いてあった。後からわかった事だが、今でもその元担任教師は健在であるらしい。それから、織絵自身の事が少し書いてあった。大学進学に向けて今は自分の興味のある事をもう一度見直しているという事、最近聴いている音楽の話。そんな事が。

筆不精な星彦ではあったが、時間を見つけてその手紙に返事を書いた。寮の中の話。たまに思い出す故郷の事。

二か月に一度ほどのペースでその手紙のやり取りは続いたが、高校を卒業する頃になってどちらからともなくその文通は終了した。それ以降、この二十年後の再会に至るまで二人の間には何もなかったが、星彦は織絵から手紙が来るのを秘かに楽しみにしていたから、そのやひり取りがなくなった事を寂しく感じていた。織絵もそうだった。二人の間には、極めて淡い恋心のようなものがあった。

「今は、何してる?」星彦が口を開いた。

記憶のタイムスリップから現実へと戻ってきた織絵は一瞬躊躇いがあったようにも見えたが、すぐにそれに答えた。

「五年前に結婚して…仕事はしてる。今も」

「子供は?」

そう聞くと織絵は黙って首を振った。

「星彦くんは?」

「ぼくも何年か前に結婚した。やっぱり子供はいない」

そう、と言ってその話はそこまでになった。

二十年も経てば人は変わる。容貌も、環境も。季節は同じように二十度移ろい、新たな命が生まれる事もあれば、滅する命もある。

二人はその後簡単な近況報告をして別れた。またどこかで、と言いながら。

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二人が再会を果たしたのは、奇しくもその二十年後であった。

同じようにすぐ近くの喫茶店に入り、お互いの事を話し合った。

相変わらず星彦は紅茶を、織絵はコーヒーを注文し、二十年前と同じようにウエイトレスは逆の位置にそれぞれを置いた。

星彦は先日父が他界した事を話し、織絵は数年前に離婚したことを話した。

55年も生きてりゃ色々あるね、そう言って二人はまた別れた。

その時には、二人はまた二十年後に会おう、と約束した。

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「おひさしぶり、星彦さん」

「おお!織絵さんじゃないか!」

「お互いおじいちゃんとおばあちゃんになっちゃったわね!」

「あんだって!?わしゃあ今は耳が遠くてのう!」

(了)

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2010年8月 7日 (土)

Mさんの事ファイナル

日を改めて、私達は自転車で集まった。

私はと言えば、何かこれから冒険が始まるのだろうかというような高揚を感じてはいたが、アキラや他の友人達には、それ以外の緊密さも見受けられた。

恐らくはアキラは一度、自らの脳内でMさんと今生の別れを交わしていたのだ。最早生涯会うことはあるまい、二度と言葉は交わすまい、と。

そのようにして、袖を濡らしながら断腸の思いで別れを決した女性。その女性に纏わる手掛かりが、今、眼前に差し出されているのだ。震えずにいろ、というのが土台無理な話だ。

「…行くか…」

私達は、自転車のペダルを踏み込んだ。まだ、「ストーカー行為」という言葉が日本ではさほどポピュラーではなかった時代の話である。

先程(第一話)にも触れたが、私達は女の子にモテなかった。「モテたかモテなかったかのどちらかで言えばモテなかった」のではなく、「完全無欠に、比類無きほどにモテなかった」。「どちらかと言えば童貞」ではなく、「がっちがちに童貞(GGDT)」だった。

見た目のマズさもあれば、中身のマズさもあった。私達はいわゆる「不良グループ」でもなかったので、「悪っぽいカッコ良さ」とも無縁だった。無駄に武闘派だったので(喧嘩だけは強かった)、そういった不良グループは私達を避けた。優等生グループでもなかった。スポーツが得意だった訳でもない。現にアキラは中学三年生の時点で掛け算九々が半分以上言えなかった。平仮名もきちんと書けなかった。

そんな何の取り柄も無く、女性とは無縁な私達だったからこそ、日々、理想の女性像についての会議には余念が無かった。

「初めてのデートではどこに行くのがモアマッチベターなのか」

誰かが間違った英単語と共にそんな議題を出せば、会議はヒートアップした。

「お前、最初っつったら映画に決まってんだろが!?」

「は!?バカかテメー、せっかく一緒にいられんのに、映画なんて行ったら二時間無言でいなきゃいけねえんだぞ?それだったら‘でずにーらんど’とかに行って一緒にはしゃいだ方が仲良くなれんだろが!バカかお前!」

「お前の方がバカか!でずにーらんどなんて何百万円かかると思ってんだよ!オレらの小遣いじゃ無理に決まってんだろが!」

「うーん、それもそうか…」

という具合に。

そんな時の、アキラの脳内妄想デートの相手は、Mさんであった。私の相手は、誰だっただろうか、完全に失念した。意外と覚えていないものだ。

小岩を出て、私達は西に向かって自転車を漕ぐ。

錦糸町を越えた辺りから、皆の口数が目に見えて減ってきたのがわかった。

隅田川を越えてからは、まるでケモノのようなテンションだった。

「上野来ました!ウ・エ・ノ!ひゃっほう!」

と誰かが叫ぶ。

合わせて誰かが自転車をウイリー走行させる。

今現在私が同じ事をしたならば、確実にポリスへ通報、おロープ頂戴となり、プリズンにゴーという事になる。それほどのはしゃぎようである。

我々は一通りはしゃぎ終えると、近くの小さな公園で小休止を取りながら、持って来た地図を広げた。

「んーと、ウチダの名簿によると住所はこの辺だから…」

「今オレらがいるのはココだろ?つうことは、もうあんまり遠くねえな…」

そんな会話をしていると、面白半分でついて来ただけの私まで、胸が高鳴った。

「行くか…彼の地へ…」

「ああ、行くか…」

私達はその住所の指し示す場所へと、再び自転車のペダルを漕ぎ出した。

それから数分後、その住所の地へ私達は辿り着いた。

結論から先に言ってしまえば、私達にはMさんの家を発見する事は出来なかった。

そもそも発見した所でどうするつもりだったのかもわからない。恐らくは、「はーん、こんな所に住んでらっしゃるのですなぁ」などと言ってそこを5分ばかり眺めた後に「帰りますかー」と帰路に着くのは目に見えている。インターホンをピンポンと鳴らし、「あ、あのっ!昔の学校の同級生の者ですがっ!」などと言える筈がない。そういった事の「オクテさ」に関しては、がっちがちの童貞達の右に出る者はいない。

指し示した住所の地に来ても、我々はMさんの家が何処だかはわからず、暫し右往左往した後に、力無く「帰りますか…」の一言と共に帰った。往路の上機嫌に比べて、復路の意気消沈ぶりと言えば、説明の必要もないだろう。

私達の、ほんのり切ない少年時代の夏の思い出である。

他の友人達はどうだかは知らないが、少なくとも私に関して言えば、Mさんとその後再開した記憶も無い。

ここまで読んで頂いた読者諸氏は、「は!?終わり!?オチは!?無いの!?バカなの死ぬの!?」とお思いの事だろう。

そんな皆様の為に、取っておきのオチを用意した。

私達童貞野郎達の中で、最初に大人の階段をくぐったのは、前述のアキラである。

アキラはその三年後、西船橋のピンサロ街で「帝王」と呼ばれるほどのピンサロ大臣になった。

あんなに純情だった男が、である。

ピンサロを「おでのみしぇ(俺の店。アキラはものすごく滑舌が悪い)」と言うようになるとは。

就職した際の初任給を全てピンサロに突っ込むとは。

そしてその二年後に夜逃げをして行方不明になるとは。

全ては混じりっけナシ、ガチの話である。

きっとMさんも歎き悲しんでおられる事だろう。

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2010年8月 5日 (木)

Mさんの事2

結論から先に言ってしまえば、Mさんはさほど遠くへは行っていなかった。

ある日ウチダが、そこに通う全生徒の名簿を持って来た。現在ほどプライバシーや個人情報の保護が叫ばれていない世の中である。私の高校でもそうであったが、やはりウチダの高校でも、全生徒の電話番号と住所が記載された名簿が、皆に配られていた。

ウチダが持って来たその名簿を覗き込む私達。ごくりという唾を飲み込み音が今にも聞こえて来そうだった。

Mさんの住所は、我々の住む小岩からさほど離れてはいなかった。Mさんの住所は、上野の辺りにあった。

まずそれに狂喜乱舞したのはアキラである。アキラはかねてから「Mさんが可愛い、Mさんに童貞を捧げられるのならば死んでも良い」と公言する、筋金入りのMさんファンであった。

ちなみにこの「アキラ」については、いずれ「オレ達のアキラレジェンド」というタイトルで長文を書かなくてはならない。アキラの話をしてすべった事はない。

アキラが興奮気味に言った。

「う、う、上野に…行こうぜ…っ!」

私達は言葉もなく頷いた。

(続く)

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2010年8月 4日 (水)

Mさんの事

ふと思い出した昔話を一席。

小学生の頃、小学校に登校する為の「登校班」というものがあった。近所同士の子供達が、十人前後集まって学校へ行くのだ。私も近所に住む子供達と連れ立って小学校に登校していた。

その登校班の中に、Mさんという女の子がいた。大人しいけれど、目鼻立ちのはっきりした美人だった事を覚えている。小学校も高学年になる頃、Mさんの事を「かわいい!」と言う男の子達も少なくなかった。

中学校に上がって、Mさんは私と同じ中学校に上がったのかどうだったかは忘れた。中学校に上がる頃だったか、入ってすぐだったかに、Mさんはどこかに転校して行ってしまった。私の友人でMさんに想いを寄せていた連中は、揃って肩を落とした。

また想像力の豊かな中学生である。そうやって転校などで美人な女の子がいなくなると、頭の中ではその子の記憶(イメージ)はどんどん美化される。最早私達の間では、「転校していなくなったMさんこそが史上最強の美人」というのは定説になっていた。これは、普段から顔を合わせる同級生の女の子達から全く相手にされない「モテない男子」である私達の無意識かつ必死の自己肯定に他ならない。

私達の仲間は、私を含め本当に女の子には縁が無かった。やり場の無いエネルギーだけをひたすらに蓄えて、無駄に自転車で遠出をしてみたり。

女の子達と仲良くしている別の男グループに対しては、本当は羨ましくて仕方が無いのに「あいつらは軟派だ」だの「あんなブサイクな女達と仲良くして何が楽しいかね」だのと、わかりやすい負け惜しみを吐いていた。今ならば言える。本当は羨ましかった。間違いない。

さて、そんな完全無欠なまでに「モテない中学時代」を過ごした私達は、当然のように「モテない高校生」になった。それぞれに違う高校には進んだものの、家がすぐ近所に住んでいるものだから、夜な夜な近くの川原などに集まった。相変わらず「どこそこのパチンコ屋にはモーニングが入っている」だの「オレは最近タバコを吸いはじめた」などという愚にもつかない報告をし合っていたが、やはりその時となっては通う高校も違う。それぞれの高校の報告、というのも日課になっていた。

「ウチの学校の授業、マジわかんねえ」と私が言えば、「オレの高校は女だらけ」とミノルが言う。「オレの高校にはバカとヤンキーしかいねえ」とアキラが言った。

そんなある日、集まっていたメンバーの一人「ウチダ」が、我々を戦慄させる、驚愕の事実を告げた。

ウチダは、江戸川区の、とある都立高校に進んだ。その学区では上から二番目に勉強の出来る高校だった。

そのウチダが私達に告げた驚愕の事実。

「オレの高校に…Mさんが…いた…っ!」

ざわつく私達。

そう、Mさんは、私と同じ小学校の登校班にいた、「あのMさん」であった。

(続く)

あまりに長くなりそうなので、続きます。急展開の次回を心して待て!

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2010年5月27日 (木)

今日の出来事を村上春樹風に書いてみる

目覚めてみるとそこには誰の姿もなかった。

昨晩の食事の痕跡だけが机の上に残っていた。ぼくはそれを熱意に欠けた目で眺めた。

昨夜は家に大学の後輩が泊まりに来ていた。ぼくたちは夜遅くまで酒を飲みながら取り留めの無い話をした。砂漠に一人取り残されたアフリカ人の話や、浅蜊の一生について。酒のせいで記憶の繋ぎ目はいささか曖昧ではあったのだけれど、そういった記憶の断片は不思議なほどにクリアだった。

一緒に暮らす奈美子がその様子を横から見ながら、笑っているような困っているような顔をしていた。

深酒のせいもあって、ぼくは正午の少し手前で目を覚ました。居間で寝ていた筈の後輩もいなかったし横で寝ていた奈美子の姿もそこにはなかった。そのせいか、まるで何か重要なピースが失われたジグソーパズルのように、部屋は不完全に感じられた。ぽっかりと、何かが失われていた。

ぼくは自分が強烈な喉の渇きを覚えている事に気が付いた。それは刑務所に服役して1ヶ月目の囚人が覚える性欲と同じぐらい強烈だった。

キッチンに行って冷蔵庫を開けると、そこには少々濃い目に淹れられたウーロン・ティーがあった。奈美子は寝る前にはいつも欠かさずにこのウーロン・ティーを淹れては冷蔵庫に保存しておいてくれる。ぼくはそれをグラスに注ぎ、一口で飲んだ。渇きは随分ましにはなったが、足りずに更にもう一杯飲んだ。渇いた大地に雨が降り注ぐ情景がぼんやりと頭の中に浮かんだ。

ぼくは奈美子の事を思った。

「奈美子」

口に出して呟いてみた。奇妙な具合にその声が部屋の中に響いた。もう一度呟いてみた。

「奈美子」

今度は先ほどよりも確かにその声が響いた。ぼくの頭の中にも響いた。ぼくには「奈美子」という、その言葉が何か不思議な外国語のように感じられた。カリブ海に浮かぶ島に住む名もない少数民族だけが話す言葉のように。

そんな事を思っていると、ぼくの携帯電話がせわしなく神経質に振動した。ぼくは直感的にそれは奈美子からの連絡である事がわかった。論理的な証拠は無いが、ぼくには「ただわかった」のだ。

やはりそれは奈美子からのEメールだった。

文面を読む前に嫌な予感がしたが、その予感はやはり的中した。奈美子は、今日のぼくの使うべき金が入った封筒を間違って会社に持って行ってしまった、という事をメールの中で詫びていた。ぼくの財布には金は全く入っていない。どうやらぼくは今日一日中を文無しで過ごす事になるようだった。

ぼくは少し思案してから居間に戻り、ロング・ピースを一本吸った。煙草の濃い煙が肺に染み渡り、体内にタールとニコチンが吸収されるのがわかった。

ぼくは自分が今何をするべきなのかはわかっていた。登山家が数々の雪山に登る中で危機に瀕した時の対処法を学んでいくように、ぼくにも金が無い時の処世術は染み付いていた。人はそうやって生きている。好むと好まざるとに関わらず。

横の棚に置いてあるぼくのコレクションの野球カードに手を伸ばした。数十枚のカードの中からレアリティの高いカードをより分ける。読売ジャイアンツのや阪神タイガースのカードは需要が高い為にレアリティも高い。対して、オリックスバファローズや広島カープのカードは需要の低さからレアリティも低い。

「良いものがすべからく需要が高い訳ではない」

そう呟いた。ありがたい格言のようにその言葉は一人の部屋に響いた。

ぼくはより分けたカードをシャツの胸ポケットに入れた。文章に適切な形容詞を入れるように思慮深く。

それをカードショップに売れば今日の当座の金は何とかなる。多少面倒でも、その手間を惜しまないようにしなくてはならない。

「カードを売りに行こう」

ゆっくりと立ち上がったその瞬間に、ぼくは少し糞を漏らした。たくさんではないけれど、ほんの少し。まるですごく嬉しい事が起きた時に笑顔がこぼれるみたいに。

「やれやれ」とぼくは呟いた。

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2009年12月12日 (土)

小説:珍太郎の恋

茅ヶ崎を電車が通り過ぎる時、珍太郎の心は妙にそわそわと、落ち着きを失った。

そこは珍太郎にとってほんの少し、特別な土地だったからだ。

今から10年も昔の話だった。

珍太郎は、海外で一人の女と出会った。珍太郎が、二十歳の時の話だった。

卑猥田エロ美。この物語の核になる、もう一人の主人公である。二人はインドの首都、デリーの街で出会った。

珍太郎は、エロ美との出会いをはっきりと覚えていた。あまり記憶力の良くない、昔話などには比較的無頓着な珍太郎からすればそれは珍しい事だった。

珍太郎はその当時インドにいた。何を目的に行っていた訳でもない。ただ、時間を持て余していたのだ。いや、時間だけではない。その時珍太郎は、人生そのものを持て余していたのかも知れない。若い頃からしっかりと無駄なく人生を生きる人間など少ない。多くの人間が、その貴重な時間を多量にドブに捨てる一時期を人は「青春」と呼び、若い時分から無駄なく人生を生きる稀有な人間の事を人は「天才」と呼ぶ。そういう意味では、珍太郎はまさに「青春」を生きていた。

宛もなくインドに来て、デリーの安宿街を珍太郎がふらふらと歩いている時だった。横から強烈な怒声が聞こえた。

「ディスイズエクスペンシブトゥーマッチなの!高すぎるのよ!アンタきちんと商売する気あんの?バカなの!?死ぬの!?」と。

聞き覚えのあるイントネーションの話し手は、やはり日本人だった。インド人に対して、片言の英語と気っ風の良い日本語とを交えながらしっかりとコミュニケーションをとっていた。

何を買おうとしているのだろう。気になって珍太郎は遠目にその女の方を見た。女は、横笛のような笛についての値段を交渉していた。

「スリーサウザンドルピー?バカなの?殺すわよ!タルティルピーならOKよ!」威勢良く女が言うや否や、インド人は表情を緩め、「OK、グッドフレンド、タルティルピーOK」と微笑んだ。ちなみにタルティはインド訛りでサーティ(30)だ。

恐らくその横笛の値段は10ルピーほどだ。珍太郎はインドは早くも三回目だったので、その相場の大凡の所はわかっていた。女は、ゼロを二つとったにも関わらずにインド人にボられた。そもそも、10ルピー(およそ30円)の商品を3000ルピー(およそ9000円)で売りつけるインド人の感性が驚愕なのだが、と珍太郎は思った。

しかし、それまでの怒声の勢いからは想像もつかないほど、女の顔は笑みに綻んでいた。

30ルピーを差し出して横笛を受け取ると、最早我慢など出来ぬ!といった塩梅で女は笛に唇をつけた。

極めて自然に、笛の音が響いた。女はすぐに音を鳴らす事に成功した。素晴らしく美しい音であった。

指使いに関しては少々思案している風だったが、それもすぐに要領を得たらしく、間もなく簡単な音階を吹いた。

楽器に慣れた後、女は確かめるように一つの曲を吹いた。それは、「たま」の『さよなら人類』であった。

二酸化炭素を吐き出して、あの子が呼吸をしているよ

珍太郎の脳裏にその歌詞が浮かぶ。しかし、何故に『さよなら人類』?とは思ったが、珍太郎はあえて聞かずにいた。女は、まるで舞うように笛を吹いていた。珍太郎はそれに完全に見とれていた。うっとりと。結論から先に言ってしまえば、この瞬間に既に珍太郎は眼前の女に恋をしていたのだ。

音楽が暫く鳴り響く。「今日人類が初めてー木星に着いたよー」の所でついつい珍太郎は「着いたー!」と大きな声で合いの手を入れてしまった。全くの条件反射だ。すると、女が珍太郎を見た。軽く、微笑んだ。

珍太郎はそこからヒゲダンスを踊った。女は途端に笑顔になった。

「猿になるよー、猿になるよー」のフレーズを女が吹き終わった後、二人はがっちりと握手を交わした。

「あなた、名前は?」女が聞いた。

「カリデカ…カリデカ珍太郎(かりでかちんたろう)っていうんだ。宜しく…」

そう言うと女は快活に言葉を返した。「アタシは、卑猥田エロ美っていうの、宜しくね!」

「エ、エロ美ちゃん…」珍太郎はその名前を恥ずかしながらも反芻した。

珍太郎が本格的にエロ美に惹かれていくのにそれほどの時間はかからなかった。少々気が強く、また気難しい面もあったが、珍太郎はエロ美にどんどん惹かれていった。

エロ美は、大変に背の低い、小さな女性であった。いつも恥ずかしそうに帽子を深々とかぶり、長いスカートを履いていた。

昼過ぎになると、ホテルの珍太郎の部屋をコンコンとノックし、「ねえ、お昼ご飯食べに行かない?近所に美味しいカレー屋さんがあったの」などとはにかみながら言っては珍太郎を食事へと誘った。

食事を終えてホテルに戻ると、珍太郎の前で笛を吹いた。それは、驚くほどに美しい音色だった。珍太郎は、それまでにそんなに美しい笛の音を聞いた事がなかった。三度目とはいえ見知らぬ土地へやって来て気を引き締めていた珍太郎が、心を緩めた瞬間であった。

珍太郎はエロ美に「ぼくは君の事が好きなんだ」と伝えられたら、と思った。想いを打ち明けられたら、そうしたらどれだけ素敵だろう、と夜毎考えた。

「エロ美ちゃん…」

布団の中で、珍太郎は独りで唇を噛み締めた夜もあった。

結果から言えば、珍太郎はエロ美に対してその淡い恋心を伝える事はなかった。デリーを離れ、エロ美はそこから東にある聖地バラナシへと向かい、珍太郎は西へ、一路パキスタンを目指した。二人は、逆方向へと進み、離れていった。

パキスタンへと向かうバスの中で、珍太郎の頭の中で、風に揺れる長いスカートと鍔の広い帽子が、鮮明に思い出されていた。たった一週間ほど、二人は同じ時間を過ごし、珍太郎は淡い恋に落ちた。ただそれだけの事だった。

それが、10年前の話だ。

珍太郎はもう30歳になっていた。

一年前に同い年の女性と結婚した。子供が近々生まれる予定だ。珍太郎は、幸せだった。

茅ヶ崎駅へ電車が近付いた時に珍太郎の心が騒いだのは、嘗てエロ美が「あたしね、茅ヶ崎の生まれなの」と言っていたのを覚えていたからだ。

年に、ほんの数回だが、この湘南の辺りを電車で通る。珍太郎は、そのたびに昔の淡い恋心を思い出すのだ。

卑猥田エロ美ちゃん…今ではどこで何をしているのだろう…

珍太郎がそんな事をふと思ったその瞬間だった。

眼前に、エロ美が、いた。

長いスカートを、今でも履いていた。足元の少し汚れたスニーカーが、とても可愛らしかった。

茅ヶ崎駅から電車に乗り込んで来たのだ、間違いない。

珍太郎もエロ美もすぐにお互いを認識した。エロ美がエロ美だと、珍太郎が珍太郎だと、お互いにすぐにわかった。

二人はじっと見つめ合った。時間にして約一分、つまり約60秒ぐらいの間だったろう。二人にはそれが随分と長い時間に感じられた。

先に表情を綻ばしたのはエロ美だった。破顔して、少し笑った。

「カリデカ君、お久しぶり」

珍太郎も、すぐに破顔した。

「うん、久しぶりだね。元気だった?」

言いながら、珍太郎はほんの少しの居心地の悪さを感じた。

「今更オレは君に何を言おう」

珍太郎は、そう、思ったのだ。

「10年ぐらいになるのね。あたし、たまにカリデカ君の事思い出してたわ。ううん、たまにじゃないかも知れない。結構頻繁に」

言いながら、エロ美は少し当惑していた。エロ美自身にも、やはり「今更何を言おう」という気持ちがあったのだ。

ほどなくすると、珍太郎の横に座っていた中年女性が下車し、隣の座席が空いた。そこにエロ美が腰掛けた。

「何してたの?10年間」

エロ美が尋ねた。それはとても穏やかな声だった。

「まあ、相変わらずで。何とか生活してるっていうか、そんな感じ…」

珍太郎は、呟くような声で、だがしっかりと聞き取れるように、そう答えた。

「あ、でも昨年結婚したよ。もうすぐ子供も生まれるんだ」

珍太郎がそう言うと、エロ美は珍太郎から視線を外して、虚空を見つめながら言った。

「あたしもね、結婚したわ。三年前に」

珍太郎はそれを聞いて黙って頷いた。

「だから今は苗字も卑猥田じゃないの。今は淫乱澤、そう、淫乱澤エロ美(いんらんざわえろみ)って言うの。何だか語呂が悪いでしょう?」

珍太郎は少し黙って考え込んだ。

淫乱澤…どこかで聞いた事がある名前だ…

珍太郎はそんな事を考えていたが、すぐにそれは一つの結論へと帰結した。

「淫乱澤って、まさかあの大手保険会社の淫乱澤コンツェルンと何か関係あるの?」珍太郎は尋ねた。

少し躊躇ってから、エロ美が答えた。

「まさしくそうよ、私の今の夫は淫乱澤コンツェルンのトップ、淫乱澤羽目之助(いんらんざわはめのすけ)よ」とエロ美は答えた。

淫乱澤羽目之助、その名前は社会の情勢にに疎い珍太郎でも耳に覚えがあった。「あなたのお宅にいんらんざわー」というテレビCMを目にしない日はない。バイクと言えばホンダ、そして本田宗一郎というのと同じノリで、保険と言えば淫乱澤コンツェルン、そして淫乱澤羽目之助だった。

エロ美は、ゆっくりと呟き始めた。

「主人がね、あ、淫乱澤羽目之助がね、あたしが路上で笛を吹いているのを聴いたの。あたしはその時は大事MANブラザーズバンドの『それが大事』を吹いていたわ。別に好きな曲ではないんだけれど、やっぱり多少は流行りの歌も吹かなきゃね」

それを聞いて珍太郎は「『それが大事』は今は全然流行ってない」と言いかけたが、やめた。

エロ美は続けた。

「でね、サビに入る前の『ここにあなたがいないのが寂しいのじゃなくてーここにあなたがいないと思う事が寂しい』っていう所があるじゃない。あそこを吹いた時に、主人がたまらず合いの手を入れて来たのよね。曰わく、『WowWow(うぉううぉう)ー』と。それで仲良くなったわ」

そう言うとエロ美は再び珍太郎の方をじっと見た。

「昔ね、あたしがインドにいた時、あたしが初めて笛を吹いた時に、大声で合いの手を入れてくれた人が一人いたの。あたしは、その人の事が大好きだったの。」

珍太郎は、咄嗟に視線を外した。

「着いたー!だ…」

ボソッと、珍太郎が言った。

「そうよ、着いていたわ。着きまくっていたわ。木星はおろか、土星、天王星あたりまで。着きに…着きに着いていたわ!だから主人のWowWowに、その人の事を重ねたの!仕方がないじゃない!」

一息に、エロ美が言った。

「そうか…」

珍太郎が呟いた。

「エロ美ちゃんは、俺の事が好きだったんだ…」

珍太郎がそう言うと、エロ美は諦めたような、観念したような様子で「そうよ」と呟いた。

「淡い恋だった事はわかってる…でもあたしはあなたが好きだった…一緒に過ごす時間が、楽しくて仕方がなかった…」

絞り出すようなエロ美の言葉であった。

珍太郎がそれに続いた。

「オレだって、オレだって君の事が…」

エロ美が、珍太郎の口を手の平で塞いだ。

「言っちゃダメ…言っちゃダメ…なの…」

珍太郎は反論した。

「君は…君は言ったじゃないか!」と。

「あたしは良いの。女の子だから。ねえ、あなたの事が今でも好きよ。いつかまた、こうやってばったり会えたら嬉しい」

「オレだって嬉しい」

二人の間に沈黙が流れた。

電車が熱海に着いた。

「あたし、もう降りなきゃ」

そう言うと、エロ美は立ち上がった。

「ねえ、いつかまた本当に会えるかしら」

「ああ、きっといつか会えるよ」

再び、エロ美が破顔した。

「わかった。じゃあこれからあたしは長野の仏門に入るわ。俗世間、バイバイ!」

そう言うと、踊るようにエロ美は駅へと降り立った。

珍太郎を乗せたままの電車は、ゆっくりと西へと進んでいった。

(了)

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2008年12月11日 (木)

筆を折る

このブログに載せる為の完全妄想恋愛小説を執筆していたのですが、途中で無性に死にたくなったので、筆を折りました。

主要登場人物は三人、剛とゆり子の夫婦、そして、はるかという若い女性です。

キャストは

剛―わたくし、福島剛

ゆり子―石田ゆり子

はるか―綾瀬はるか

というラインナップで、三角関係に揺れる三人の切ない恋心を途中まで描いていたのですが、先ほども申し上げましたように、

無性に死にたくなりました

ので、中止に致しました。

普段通りのエッセイは、今、書きかけでほったらかしてあるやつが三本も残っていますので、それらを順次アップしていければと思っています。

何でそんなキチガイ度300パーセントの妄想小説を書き始めたのだろう。

そんな自分を殺してやりたいです。

―――あなた、私はもう、おばさん?

ゆり子が言葉を振り絞るように、けれど何処かしらふざけた口調を含みながら、私に問いかけた。

問いかけた、じゃねえよ。マジによ。

来世は人に生まれてこないほうがいいな、ホント。

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2008年4月 4日 (金)

理想の結婚

これを書き始めた現在、4月4日(金)、午前2時18分である。

深夜2時過ぎ、こんな時間からパソコンのキーボードををカタカタと叩き出したのには訳がある。私はこれより約3時間後の午前5時30分頃まで、今日は強制的に起きていなければならないのだ。

その時刻、まだ夜も明け切らない早朝の時間から、西の都、京都に向けてここ東京を出発する。今回は、鈍行列車の旅だ。簡単に時刻表を調べてみたところ、朝5時19分に東京の小岩駅を出れば、14時13分には京都駅に着く、との事なのだ。5時19分、その時間まで私は起きていなければならない。早起きをしてその時間に起きるなどという事は、到底不可能であるのだから。

また、上記の5時19分~14時13分という予定は、間違いなく達成される事のない事も知っている。私は乗り換えの際などにしょっちゅう逆方向へ進行する電車に乗る事があるし、また、一番危惧するべきは途中下車である。広大な静岡県を越えて、愛知県に差し掛かった辺りで小腹も空いてくる。名古屋駅にて途中下車。

―――うん、ひつまぶしでも食っていくか、いや、きしめんも悪くない。味噌煮込みうどん?素晴らしい。

そういった自問自答が繰り広げられた挙句、途中下車して時間を一時間以上ロス、という事態は十二分に考えられるのだ。

補足であるが、今回、移動の際には「青春18きっぷ」なるものを利用する。この切符、同日内(つまり本日4月4日以内)であれば、何度乗降車を繰り返しても料金は変わらない、という画期的なきっぷであるのだ。

さて、その京都への電車を待つまでの時間、私は我が家での暇潰しの一手段として、当ブログを更新するという手段を選んだ。少々長めの文章を書く時には、毎回凡そ二時間前後を要している。つまり、ブログを更新する事によって、二時間は時間が潰せるのだ。悪くないではないか。そういった経緯から、本日は深夜の更新と相成っている。

ここまでで、2時34分。実に16分が経過した。素晴らしい。

ブログ更新時には、毎回、何を書こうか、と凡そのテーマを決めて書く事が多い。今日も、この更新に当たって、幾つかのテーマ候補が上がった。今回候補に挙がったものを以下に紹介しよう。

・最強伝説えなりかずき~その光と闇~
・金麦新CMにおけるれいちゃんの焦燥
・欲しいものは丈夫なロープと足を乗せる台
・小岩ラーメン事情~群雄割拠の時代~

ざっとこんな所である。勿論こうして紹介するくらいだから、これらは今回の更新に際しては採用に至らなかった、という事になる。「えなり」と「れいちゃん」に関しては、共に5割程度は構想も定まっているので、近々採用する可能性も高い。全国の「エナリスト」達は首を長くしてお待ち頂きたい。下段二つのテーマに関しては、今、適当に思い付いた単語を羅列しただけだ。言外の意味はあまり無い。

さて、では今回のテーマに選んだものは何か、という事についてそろそろ触れていこう。今回私がテーマに選んだものは「結婚」というテーマである。

前回、プロポーズに纏わる少々物騒なショートストーリーを恥ずかしげもなく掲載した。そして奇しくも、今回私が京都へ向かう一番の目的は、非常に親しい友人の結婚パーティの為でもあったのだ。ならば、私なりに無い脳味噌を振り絞って、結婚という人生の一大イベントについて考察を巡らせてみようではないか、と思うに至ったのだ。えなりかずきを無反省に賛美する文章を書くのは、次回以降の機会に譲るとする、というのが賢明な大人の判断である。勿論、今私の中で抗う事の出来ぬほどのすさまじい「えなりブーム」がやって来ているのは明白の事実なのだが。

結婚、である。

古今東西、結婚に関する名言や格言は後を絶たない。そしてそれらは往々にしてネガティヴなものである事が多い。そういったものを引き合いに出して、「結婚とは人生の墓場である」という使い古された常套句のような結論を導き出すのはいかがなものか、と私は考えている。実際の所、そういった向きに私は否定的ですらある。

「女房は死んだ!俺は自由だ!」というシャルル・ピエール・ボードレールの言、これは間違いなく彼の心からの叫びであっただろう。

また、ボードレールよりも少しばかり後の時代を生きたオスカー・ワイルドが「男は退屈から結婚し、女は好奇心から結婚する。そして双方とも失望する。」と書いている事も興味深い。理想的な言辞を幾つ書き連ねてみたところで、結婚にはネガティヴな面は存在する。それはどうやら抗えぬ事実であろう、という事は、未だに結婚を経験した事のない私でも想像に難くない。

しかし、先にも書いたように、私は今日は結婚というものを、可能な限りポジティヴに捉えて考察するという事を心に決めている。ならば、ボードレールやワイルドの上記のそういった言葉たちに振り回される事無く、「理想的な夫婦像」というものを考えてみてはどうだろうか。

私はここで再びもう一つの名言を挙げてみたい。明治の文豪、永井荷風の言葉である。

「ねえ、あなた。話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね。」

この言葉の持つ破壊力、ご理解いただけるであろうか。

妻からこう言われた際の衝撃を、現代風に述べるならば、「萌え」の一言である。私は、この言葉から、「理想的な結婚の形」というものを妄想しつつ探っていきたい。以下、ショートストーリー形式にて。結局それが書きたいだけかよ!というツッコミに関しては、一切受け付けない。

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私は微かに揺れる海の中を見た。

青く、そして暗い海の中では、数多の生命が銘々にその生活を営んでいる。幾重にも連なる食物連鎖の渦の中で、新しい命が育まれ、そして古い命が朽ちていく。誰が決めた訳でもない、しかし数億年の時間の中で綿々と受け継がれてきた生命の摂理が、そこで成されていた。私もまた、そうした生命の摂理の真只中にいる。古い命を喰らい、新しい命を育み、そして朽ちる。その事を考えると、ふいに穏やかな気分になった。

私は同時に風の音を聴いていた。小さな船の上で。

遮るものは何もなく、直截的に風は私の頬を打ち、そしてその音を鼓膜に響かせる。いささか凶暴な音だが、決して不快な音ではない。私が手に持った釣竿の先端が、その風に煽られて、ほんの少ししなる。海中に垂らした釣り糸は、波に流されながら、しかしその緊張を保ったままだ。

私は家を出る時のお前の顔を思い浮かべていた。お前の、あの不安そうな顔を―――

「行ってくる」と私が言った。お前は俯いたままだった。

私が踵を返して背中を向けたその時に、お前は言った。

「ねえ、この間の事、まだ気になすってるの」

私は口を噤んだ。気にしていない、と言えばそれは嘘になるからだった。

私は少しだけ不愉快でもあった。私が釣りに出掛ける。釣りは私にとっては殆ど唯一と言っても良い趣味である。子供染みているのかも知れないが、私は前日の晩には僅かに興奮し、昂ぶったりもするのだ。月に一度か二月に一度、私はこうして船の上から糸を垂らす事を至上の慰みとしていた。その出鼻を、お前の憂鬱そうな表情によって挫かれたかのような錯覚に陥ったのだ。

しかし、少しでもそう感じた自らの幼稚さを恥じると共に、私は心に浮かんだ動揺の色をお前に悟られまいとして平静を装った。

「行ってくる」―――私は一言お前にそう告げた。

事の起こりは先週の晩だった。私が晩酌の席で、お前に対して愚にもつかない事を尋ねたのがきっかけだった。少し酒が過ぎていたのかも知れない。確か、普段ならば二合で止める筈の燗酒を、その日は私は四合呑んでいた。私はお前にふと、過去の事を尋ねたのだった。

お前が躊躇したのがすぐに分かった。お前の表情には、幾つかの徴しが見受けられた。余り隠し事が得意ではないのは、以前から知っていた。お前が沈黙した。傍らで、猫がにゃあと啼いた。

「いや、言いたくなければ構わない。人間には言いたくない事の一つや二つ、あって当たり前だ」私はそう言った。猫が、私の足許に擦り寄って来た。私は適当に猫を撫でた。

「言っても、構いませんわ」沈黙に耐え切れない様子で、お前はそう言った。

「だって、貴方が私の事を知りたいと思ってくだすってるんでしょう。ならば私、申し上げるしかないじゃありませんか」

今度は、私が躊躇した。私が躊躇したのは、お前のその表情に何か決意めいたものがはっきりと見えたからだった。

「厭じゃないのか」私が訊いた。

「厭じゃないわ。私が昔の事を貴方にお伝えして、貴方はそれでもまだ私の事を妻として愛して下さる、私、そう思っていますから」お前の顔には、不思議な力が漲っていた様にも見えた。

そして、お前は、ぽつりぽつりと、けれど確かに、自分の過去を話し始めた。

―――私はその晩の何ともやり切れない感情を、今、船の上で思い出していた。お前が語るお前の過去は、聞く前に想像していた以上に私を疵付けた。お前が嘗て苦しんでいたのは分かるが、それでも私は即座にお前の過去を全て許容し切れなかった。どこに向けて良いのかわからない怒りの感情が私を包み、私はお前の話を聞き終えてから、暫し肉体と意識が乖離しているかのような感覚に襲われた。私はどこにいるのだ、私は誰なのだ、と。

お前の過去を知りたくなったという、その欲求自体を私は疑いもした。果たしてそんな欲求をお前に吐露した事は正しかったのだろうか、と。私はわかっていた。私がそれを望めば、お前は戸惑いながらも有り体にお前の過去を語るだろう事も。ならば、それを承知した上で私がお前に過去を尋ねたのは、果たして本当に正しかったのだろうか―――

私の手に持った釣竿が、大きく前方にしなった。魚が、私の垂らした釣り針を口に銜えた証だった。私は竿を大きく上方にあわせ、リールを巻き、糸を手繰った。数分の格闘の後、船上に上がって来たのは形の良い、立派な鰤だった。

この時期の鰤は、脂が乗っていて非常に旨い。刺身にしても良いし、焼いても良い。私はそれまで脳裏に浮かんでいた鬱屈とした感情を意図的に外へ追いやり、今晩の食卓でのお前の顔を想像した。まあ、立派な鰤ですこと、お前はそう言って喜んでくれるだろうか。貴方、大した腕前ですわね、こんな美味しい魚を釣っていらっしゃるなんて。そう言って予定調和の世辞をお前は言ってくれるだろうか。机を挟んで向かい合って、お前がこの鰤に舌鼓を打つ所を、私は目にする事は出来るのだろうか。腕に微かに残る釣竿の振動の余韻は、私をより一層不安にさせた―――

船は、予定の釣行を終え、定刻通りに港へと帰り着いた。地上へと降り立つ。まだ少し船上での揺れが足に残っている。私は、鞄から携帯電話を取り出し、お前に向けて電話を掛けた。無機質な電子音が私の耳に響き渡る。港町特有の魚の脂の臭いが、私の鼻腔をついた。

「もしもし。ああ、私だ。うん、今終わった所だ。これから帰る」私は少々ぶっきら棒にそう言った。

「今日はどうでしたか。魚は釣れましたか」お前が私に尋ねてきた。

「形の良い鰤が釣れた。後は鯖と鯵が少し。きっと旨いと思う。帰ったら私が捌く」私は言った。

「まあ、良かったですわね。楽しみに待っていますわ」お前はそう答えた。

私は、少し口篭ってから、言った。

「折角だから、美味い日本酒を一本、買っておいてはくれないか。今晩は、この鰤で、二人で呑ろう」

お前は、沈黙した。沈黙に気まずくなって、私は言った。

「厭か」

お前はそれに答えた。

「いいえ、嬉しいです。お帰りをお待ちしております」と、呟くように。

そして、それに続けて、こう言った。

「ねえ、あなた。話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね。」

そうだな。私は、笑顔で答えた。

(了)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

という事である。なかなかによく出来た夫婦の妄想であると満足している。断りを入れておくが、完全にフィクションである。

ここまで書き終わって、現在5時27分。あーあ、遅刻だよ。

さ、今から電車に乗って京都に行ってきます。

あ、そうそう、4月6日は高槻JKカフェでライブもしてます。関西の方、宜しければどうぞ。

以下、参考までに。

4月6日(日)大阪高槻JKカフェ
tel 0726-71-1231
http://www6.ocn.ne.jp/~officejk/cafe/jkcafe.html
sax:黒田雅之 pf:福島剛
サックス黒田氏とデュオで。久しぶりです。大阪も、サックスデュオも。ずっと昔から一緒にやってる相手ですので、手の内もお互い熟知しております。息の合った演奏になると思います。
19:00~start  music charge:カンパ制

行ってきます。

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2008年4月 2日 (水)

過剰なる嘘

私は明日、人を大量に殺した挙句、自殺しようと思う。

4月2日、である。4月1日も過ぎた。

4月1日。エイプリルフール。

ネットサーフィンの折りに、いくつかのブログでささやかな嘘を見た。いずれにしても誰を傷つける嘘ではなかったし、ユーモアに溢れたものだった。

しかし、である。

そもそも「4月1日に限って赦される嘘」、というのは、「4月1日でなくとも何だかんだで赦される嘘」なのではないだろうか。

例えば、本日(日付的には昨日だが)一番多く見た嘘。

「結婚(入籍)します(しました)」という嘘。これに関しては5件ぐらい見た。一流会社の社長ばりに多忙な私は、分刻みのスケジュールを縫ってネットサーフィンをしたりスパイダソリティアに興じたりしている訳だが、そのネットサーフィンの折りに見た。

この「結婚します」という文言が嘘だったとして、誰が怒るのだろうか。誰が傷つくのだろうか。誰も傷つかないだろう。

極めて稀な例外としては、以下のようなショートストーリーに象徴される案件ぐらいではないだろうか。今日は、以下のショートストーリーを書きたかっただけなのだけれど。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

気が狂いそうだった。

闇夜の中で、桜の白が凶暴なまでに自己の存在を主張していた。

月明かりが川面を照らす。

闇と光。黒と白。

そのコントラストの中で、あたしは気が狂いそうなほどの恍惚を覚えていた。

美しさは、儚さと近似値なのだろうか。あたしはふと、そんな事を想った。終りがあるから美しくて、悲しい。悲しいからこそ嬉しくて、切ない。誰もが死の影に怯えながら、けれどその恐怖によって安堵させられながら生きているのではないだろうか、と。生の喜び、なんて言うとすごく陳腐に堕すけれど、生は、死によって保証されている。そんな気がした。

お前がふいに口を開いた。その時、あたしは信じられないような言葉を聞いた。

有り体に言ってしまえば、随分と前から、あたしはお前を欲していた。お前があたしを欲していたのかどうか、そういった意思の疎通みたいな部分を抜きにして、兎にも角にもあたしはお前を欲していた。遮二無二欲していたと言ってもいい。けれど、自尊心や虚栄心、体裁や種々の都合があって、あたしはそれを噯(おくび)にも出さずにいた。出せば、全てが壊れてしまう、そんな気がしていたのだ。

あたしは前に酔っ払ったお前に言われた事があった。「人間と人間は分かり合う事なんて出来ない。ただ赦し合うだけじゃないか」なんて。馬鹿じゃないか、とお前の事を思った。お前に少し落胆して、お前に少しうんざりした。あたしが聞きたい言葉はそんな言葉じゃなかったから。お前は馬鹿なんだと、あたしは決めつけて、それでもお前を欲していた。何の自己憐憫をも伴わず、ただひたすらに欲求として。

だから、お前の口から「結婚しないか」なんて言葉が出て来た時には、あたしはどう振る舞っていいのかわからなかった。

嬉しかった?そうだ、確かに嬉しかった。あたしは間違いなくお前を欲していたのだから。けれどそれ以上に、あたしは事態をうまく呑み込めない不便さに困惑していた。あたしがあたしでなくなりそうだった。踏みしめている筈の地面が、あたしの頭の中でゼリーのようにぐにゃりと歪み、あたしは危うく転びそうになった。

時間にして数秒、そうだ、5秒が良い所だろう。その数秒の間に、あたしはお前のその言葉を十遍ほど反芻してみた。激しく転調を繰り返すジョン・コルトレーンの楽曲みたいに、言葉は幾つもの様相を呈しながらあたしの頭の中で木霊した。

「結婚しないか」

「ケッコンしないか」

「kekkon市内か」

挙句の果てには、「決闘しないか」と聞こえてきそうな程の有様だった。決闘も悪くない。あたしはいささかお喋りになっている自分の意識に、少し辟易とした。

いけない。そろそろ反撃の狼煙を上げなくては。

あたしは意を決した。

「本気で言ってる?」あたしはお前にそう尋ねた。

お前はわざとらしく返事をしない。鬱陶しい人間だ、とあたしは心のどこかで思う。思わせぶりな素振りをしている自分が好きなんだろう。惨めで、愚かだ。しかし、どうしようもない一つの事実として、あたしはお前を欲しているのだ。砂漠で行き倒れた人間が一口の水を欲するように、切実に、そして実直に。

「いいよ。死ぬまでに一回ぐらい、してみたいもの」あたしはお前に向かってそう言った。

お前は猶も言葉を発しない。あたしがさっきそうしていたように、あたしの言葉を再び反芻しているのだろうか。そして咀嚼した上で、プロポーズが成功した喜びを噛み締めているんだろうか、あたしはそう考えた。間が持たなくて、咽喉が乾いた。ビールを呑みたかった。煙草も吸いたかった。けれどどちらも手許にはなかった。あたしはお前を見つめ続けた。

その刹那、お前の口許が汚らしく歪んだ。人間とは、こんなにも汚い表情を浮かべられる生き物なのかと、あたしに戦慄が走った。そして、たまらなく嫌な予感がした。背筋がうっすらと汗ばむのがわかった。

「今日、何月何日だっけ?」お前は確かにそう言った。

躊躇した。けれど、躊躇した自分を悟られるのが厭で、あたしは平静を装って、そして言った。

「3月…31…、いや、違うか。日付が変わったから、4月1日か」あたしは左手首に嵌めた安物の時計を一瞥してそう言った。時計の針は、深夜2時を少し過ぎた辺りを指していた。お前と夜桜を見るために散歩に出たのが夜の11時過ぎ。もう3時間近く、ふらふらと川岸を二人で歩いていたのか。

4月1日?

あたしは違和感を覚えた。胃の付け根の辺りが、締め付けられているように痛んだ。

お前は、その醜く歪んだ口許を更に歪ませて、あたしに言った。

「嘘だよ、嘘。本気にするなよ。エイプリルフールだよ」と。

エイプリルフール。

四月の、馬鹿か。

馬鹿、莫迦、ばか。五月蠅い。お前に馬鹿扱いされる覚えはない。あたしははっきりと怒りを覚えていた。

お前は相変わらず醜い笑みを浮かべたままだ。

あたしはお前から視線を外してみた。また、桜が見えた。それは錯覚かもしれないが、先ほどよりも色鮮やかに咲き誇っているように見えた。今度こそ本当に、目が眩んだ。

何か、バールのようなものが欲しかった。所謂、鈍器というものが。そいつで、お前の後頭部をしたたか叩いてやりたかった。桜の白が、お前の血で赤く染まる。お前の脳漿が、そこかしこに飛び散る。その光景を想像すると、あたしは不思議と心が躍った。

結婚か、とあたしは思った。

誰かが捨てたものなのか、傍らに、角材が見えた。

千載一遇。

「良いよ、あたしだって、それぐらいの冗談、わかるんだから」そう言ってあたしは苦笑いを浮かべた。

「ごめんごめん」と言って、お前は、あたしに背を向ける。

あたしは、角材を、しっかりと握った。

お前の、背後で。

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と、いうケースが考えられなくもないので、結婚に関する嘘は、慎重になった方が良いか、と。

私も、冒頭に嘘なのだか本音なのだかわからない言葉を書き記してみた。

単なる悪趣味である。

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