アブさんが亡くなった
Abdullah Ibrahim氏が昨日亡くなった。
ということを今朝、ネットの書き込みやニュースで知った。
起き抜けの私の目に飛び込んできたそのニュースは私を虚脱させた。しばらく布団から動けなくて、二時間ほどぼーっと天井を眺めるだけの時間が過ぎていった。
そこからトイレに起きたついでにタバコを一本吸って、うどんを茹でて食べたりしていたら少しずつ意識がこちら側に戻ってきた。
その訃報が私に少なくないショックを与えていたことが自分でも面白かった。ああ、おれだいぶ凹んでんじゃん、と。
著名な音楽家や有名人が亡くなった時に闇雲に「R.I.P.誰それさん」と表明することを私は意図的に避けてきた。もちろんその人に多大な影響を受けていることへの感謝の気持ちであったりその人の死を悼む気持ちは人それぞれにあって良いのだが、私はそれを避けてきた。
私がそれを言うのは、Abdullah Ibrahim、アブさんが亡くなった時ぐらいにしようと思っていたからだ。
とうとうその日がやって来て(いつかはやって来るだろうと思いながらもそんな日はずっと来ないでほしいと願っていたにせよ)、じゃあアブさんのことを思いながらつらつらと書くかと思ってパソコンの前に座ってキーボードを叩いている。きっと長くなるとは思うけれど、興味のある人はここから先も読んでほしい。
アブさんことAbdullah Ibrahimは南アフリカ出身の世界的なピアニストである。Dollar Brandという名前でデビューしたが、その後イスラム教へと改宗したことをきっかけにAbdullah Ibrahimの名前を名乗り始めたので、旧名のDollar Brandの方が馴染みがある、という人もいるかもしれない。ま、私(たち)はアブさんと呼ぶのでこの後もアブさんと呼んでいく。
私(たち)、と書いたが、私がアブさんと関わるきっかけを作ってくれたのは京都にあるジャズ喫茶「ラッシュライフ」の茶木夫妻とそこに集まる仲間「ラッシュライフファミリー」である。元々はアブさんの音楽に強く魅了された茶木夫妻が彼のコンサートを数回に渡って企画し、招聘した。コンサートのスタッフは私を含めた店の常連たちによるボランティアであり、私も毎回参加させてもらっていた。
いつからか、
・私が住まいを京都から東京に移したこと
・私が熱烈なアブさんのファンであること
・カタコトながら英語が喋れること
・同じピアニストであること
などの要因により、アブさんが来日した時には空港への出迎えやホテルへの送迎などを含めた付き人のような立場で関わらせてもらうようになった。
私(たち)と書いたのはそういうことである。私たちラッシュライフファミリーはAbdullah Ibrahim氏のことをアブさんと呼ぶのだ。
これまでに私たちが協力して作り上げたアブさんの上賀茂神社でのいくつかのコンサートは、本当に奇跡的なコンサートだった。自分が関わっていたからという贔屓を抜きにして、私は東京のブルーノートやサントリーホール、韓国のジャズフェスティバルなどでもアブさんの演奏を幾度となく聴いていてどれもこれも本当に素晴らしいものであるのだが、やはり上賀茂神社での演奏は抜群に奇跡的だった。それはアブさん本人も言っている。「上賀茂神社での演奏はワシを見たことのないような高みに連れて行ってくれる。またあそこで演奏させい」と。
私が教えるピアノレッスンの際に、たまに生徒から「美しい音を出すにはどうしたらいいのか」という質問をもらうことがある。それに対して私が必ず言うのは「まずは頭の中にその”美しい音”を思い描くことですよ」ということだ。頭の中に描き出されたその人なりの「美しい音」、それを自分も出してみたいという欲求が結果として「美しい音」に繋がる。もちろん身体の使い方や指の使い方というのもあるが、何よりもまずはそのイメージだ。なので何よりも先にあなたが心から美しいと思える音を探すところからだ。そんな風に答える。
そしてそういう風に答える時に、私は心の中で「おれにはあるけどな、明確な”美しい音”のイメージ。それは上賀茂神社でのアブさんの演奏だ」とちょっぴり自慢げに思っている。言わんけど。
そういえばその話で思い出した。アブさんを東京から京都にお連れする時のことである。「アブさん!荷物でもなんでも持ちますんで!おれに任せてください!」とアブさんの大量の荷物を私がえっちらおっちらと運ぼうとしたら「タケシ!それには手を触れるな!」と怒られたものがある。アブさんのソプラノサックスだった。それだけは自分で持ち運びたいらしかった。「すいやせんでした!」と他の荷物を持ってすたすたと歩いていたら「歩くのが早い!もっとゆっくり歩け!」と怒られた。
そんな感じで珍道中さながらに京都まで向かって私は心の中で「おじいちゃんワガママだなあ(笑)」なんてことも思っていたのだが。
その翌日、アブさんが上賀茂神社に到着してその日のピアノをぽろんぽろんと触った時に私の身体に電流が走ったのを覚えている。
ぽろんぽろんと弾いただけなのに、それは私がずっと理想としてきて目指している「最も美しい音」だった。ついさっきまでちょっぴりワガママなおじいちゃんだった目の前の人が、一瞬で「私の永遠の憧れの人」に変身した。そのあまりにも美しい音に反射的に涙が流れてしまってみんなに笑われた。
私にはしっかりと明確に「美しい音」のイメージがある。それはアブさんの音だ。若い頃の荒々しい音から、ここ20年ほどの慈しみ深い音まで、全てが私の中で明確に美しさの基準と結びついている。私はアブさんの音楽を「最も美しい音楽」だと認識している。少なくとも私にとっては。
若い頃のアブさんの演奏もたまらなく良い。有名なのはアルバム【African Piano】だ。悠久に繰り返される左手のリフの上で右手は美しい旋律を奏でたり強烈な不協和音を生み出したり。これまでに何百回何千回聴いたかわからないこのアルバムは私のフェイバリットなアルバムでもある。
ご存知の方もいるかもしれないが、20年以上に渡って使用している私のメールアドレスはafricanpiano@ホニャララである。随分昔にアブさんに「タケシ、連絡する時のためにメールアドレスを教えなさい」と言われた時、「へ、へえ…」と私が紙にこのアドレスを書いて渡した時にはアブさんは「おまえなんやこのアドレスは」と笑った。「お前の家に著作権使用料の請求書を送っておくからちゃんと払うように」と言われた。もちろん冗談なのでそんなものは送られてこない。それと同時に「おまえ普通にワシのファンじゃないか」ということがバレた。ええ、普通にめっちゃファンですよ。多分世界中の誰よりも。
アブさんは折に触れて私にメールをくれたし、たまに電話をかけてきてくれた。
世界中でコロナが猛威をふるっていた時にも「大丈夫か?元気にしとるか?」と心配してくれた。また、アブさんはずっと日本の古武道をやっていたのでその話が好きだった。私が柔道をやっていることを伝えると「今度日本に行った時にはお前の通っている道場に行きたい!」と言っていた。もちろんですとも、お連れします!小岩の忍田道場です!と言うと「お前も私の古武道の先生、利根川先生に会わせるから来なさい」と言ってくれた。その約束は結局叶わなかったのだけれど。
あとはやっぱりジャズの話が好きだった。エリントンの話、モンクの話、コルトレーンの話。話し出すと止まらなかった。ああ、この人もやっぱりめちゃくちゃジャズが好きなんだと思った。もちろん私もジャズの話は大好きなので、「お願いします!もっと聞かせてください!」と言うといつまでも喋ってくれた。話がエキサイトしてくると早口になっていくので何を言っているのか半分ぐらいしかわからなかったのだけれど。私の英語力がクソなせいで。
私はアブさんのことを師匠だと勝手に思っている。
きちんと弟子入りしたわけではないし、レッスンを受けたのもほんの一瞬だし(しかもそれは普通のピアノレッスンとはおよそ遠くかけ離れたものだった、これについては後述する)、そんなもん弟子でもなんでもねえだろと言われればその通りだが、それでも私は彼のことをかけがえのない師匠だと思っている。なので演奏時に私のプロフィールなどを求められた時には私はよく「Abdullah Ibrahim氏の来日に際しては行動を共にし、勝手に師と仰ぐ」と書く。これに関しては嘘ではない。
彼にとって最後の来日公演となったのが2019年の上賀茂神社での公演である。これも本当に奇跡のような演奏だった。
演奏が終わってからラッシュライフファミリーと居酒屋で飲んでいる時に仲間の山田さんに「あんなすさまじい演奏を目にして福島は”もうピアノ弾くのやめとこかな”とかならんの?」と聞かれて、即答で「なんないっす」と答えた。アブさんは「音楽という行為はここまで美しくなれるんだ」という無限の可能性を見せてくれたわけで、おれも人生を賭けて挑んでいる「音楽」というものにはやっぱり素晴らしい価値があるんだということを教えてくれた。だから、やめとこかなどころか「もっとおれもやりたい!」ってなってます。そう答えた。なるほどな、素敵やなと山田さんは言った。
アブさんが私に教えてくれたのは、音楽はこんなにも美しくなれるんだということだ。汚いものや醜いものをちゃんと咀嚼して、それらを全て肯定して受け入れて、その挙句に音楽はどこまでも美しくなれる。そんなことを彼自らの音楽によって教えてくれた。
それは、少々青臭い言葉になるが「希望」そのものだ。
本当に心が疲弊してどうにもならない時に、彼の言葉や彼の音楽が私を救った。一度や二度ではなく、何度も何度も。
これからどうやって生きていけばいいんだと絶望した時には、私の記憶に残っている彼が上賀茂神社で鳴らしたピアノの音が私を優しく包む。
あんな「希望」をおれも紡ぎたいんだということが、私が今後生きていく上での大きな指針になる。
アブさんに会えて良かった。そして彼に関わらせてくれたラッシュライフファミリーに心からお礼が言いたい。
ありがとうございました。
毎日のブログの最後にはいつも「今日の演奏動画」というのを載せることにしているのだが、今日は誰かの曲を載せるのもなんかイヤだし、かといってアブさんの曲を弾くとなっても好きな曲が多すぎてどれを弾いて良いのかわからない。なので今日の動画は、昔アブさんから受けたレッスンの内容を話すことにする。これは文字ではなかなか説明しづらいので。
これも私の中でずっと心に残っているレッスンだ。
音楽の話のようで音楽の話ではないような、でもやっぱり音楽の話のような。
興味ある人はこちらも見てください。
ああ、さみしいなあ。
今日の動画。
かつてAbdullah Ibrahim氏に数分のレッスンを受けた時に教わったことについて話しました。
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