誰も間違えたくて間違わない
昨日のレッスンでふと気付いたこと。
リズムや拍がズレてしまったり、走ったりモタったり(速くなったり遅くなったり)。そういうことを少しずつ改善するためのトレーニングをレッスンの中ではよくやる。色んな方法があるのだけれど、その時の用途に合わせて様々なトレーニングをする。
昨日のレッスンでもしていた。その時に考えたこと。
この「リズムがズレていく」という現象について考えた時に非常に重要な点であるが、ほとんどの場合においてそれは「ズレたくてズレてるわけではない」のだ。
私も自分の演奏の中でそうやってズレていくことはある。昔に比べたら少しは頻度が減ってきているけれど。そういう時に「おれだってズレたくてズレてるんじゃねえんだよ!」ということは言いたい。決して悪気はないのだ。これが非常に大きなポイントなのだ。
なので、自分の演奏を客観視するためにメトロノームを使ったり、あるいは録音して聴き直してみたりする。そうした時に「ズレるつもりはなかったんだが、なるほどここでちょっとズレてるなあ」と自分で気付く。気付くと同時に、傾向を把握するというのが重要だ。これこれこういうシチュエーションに置かれるとズレがち、とかそういう個人的な傾向みたいなものがそれぞれにあって、自分の場合はどういう傾向にあるのかを把握するのはそういったリズムの改善においては有効だと思っている。
で、ここからが本題なのだが、我々人間(或いは私)は不完全な存在なのでいつも「間違える」。色んな失敗を繰り返しながら生きている。それによって周りに迷惑をかけることもあれば、情けない思いをすることもある。
その「間違える」際に、おそらく私を含むほとんどの人が、間違えたくて間違えているわけではない。あるいはどこで間違えたのかも最初は気付かない。目を閉じて歩く時に、真っ直ぐ歩いているつもりが知らず知らずの内に左右のどちらかに曲がりながら歩いてしまうように、本人は間違っていないつもりでも傍から見れば本筋からは外れてしまっているということが往々にして起こり得るのだ。
かつてグレートティーチャー・ゴールデンエイト(GTG8)こと金八先生はこう言った。
「問題が起こったって良いじゃありませんか!
彼らはまだ未熟なんです!だから間違えるんです!
間違ったら繰り返し繰り返しそれは間違いだと教えてやる!それが教育なんです!」と。
音楽にどこまで「間違い」というものがあるのかという問題はさておき、みんな間違いたくて間違えることはないのだ。間違えたなら元に戻れば良いのだ。リズムがズレたら戻せば良いのと同様に。
そしてGTG8(グレートティーチャー・ゴールデンエイト)はこうも続けた。
「我々はミカンや機械を作ってるんじゃないんです!我々は毎日人間をつくってるんです!人間のふれ合いの中で我々は生きてるんです!たとえ世の中がどうであれ、教師が生徒を信じなかったら、教師は一体何のために存在しているんですか!お願いです!教えてください!」
我々も多分、音楽を通じてミカンや機械を作っているんじゃない、人間をつくっているのだ、と私は再びGTG8(グレートティーチャー・ゴールデンエイト)の言葉を胸に刻みつけた。
おれたちは腐ったミカンなんかじゃねえんだよっ!
今日の演奏動画。
Paul Desmondの作曲した『Bossa Antigua』をソロピアノで弾いてみました。リードシート(譜面)も添えてあります。
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