« これまで秘密にしていたこと | トップページ | それを「根性」と呼ぶ »

2024年7月29日 (月)

阿部詩選手に唯一欠けていたもの

昨日のオリンピック柔道二日目。

女子52kg級においては絶対王者としてここまで君臨し続けた阿部詩選手が二回戦で散るという大波乱があった。

勝ったのはウズベキスタンのケルディヨロワ選手。結局ケルディヨロワ選手はそのまま決勝戦まで勝ち上がり、決勝戦でも見事な柔道で優勝した。阿部詩選手からの勝利はまぐれやフロックではなくケルディヨロワ選手の立派な実力であることがわかった。

阿部詩選手とケルディヨロワ選手との一戦は、終始阿部選手が試合をコントロールしていた。組手で圧倒し、ポイントで圧倒し、流れは完全に阿部選手のものであった。パワーもスピードも技術も、阿部選手に分があった。

しかし、本当にごくごく僅かな一瞬の隙をついたケルディヨロワ選手の谷落(たにおとし)が勝負を分けた。まさに「ここしかない」というレベルの、ゼロコンマ数秒にも満たないような一瞬のワンチャンスをケルディヨロワ選手は捕えた。

いくら阿部選手が圧倒的王者とはいえ、ある程度実力の拮抗した相手との戦いの中であのタイミングを掴めばひと溜まりもない。もちろん、あんな絶妙なタイミングを捕らえられることはそうそうないことであり、そのチャンスをオリンピックという大舞台で掴んだケルディヨロワ選手が見事としか言いようがない。

これが柔道の怖さであり、柔道の面白さなのだと思った。

ある程度実力が拮抗していればという前提で言えば、必ずしも「大きい」者が勝つとは限らないし、必ずしも「強い」者が勝つとは限らない。一瞬のワンチャンスをものにすることで「弱い」者や「小さい」者が勝つ可能性もあるのだ。
そういった意味では昨日のケルディヨロワ選手の阿部選手からの勝利は、柔道の魅力に満ち溢れたものでもあった。

とにかく彼女の優勝を称えたい。

さて、阿部選手であるが、昨日男子66kg級で見事優勝を果たした兄の阿部一二三選手と共に日本柔道界のエース選手でありスター選手としてよく知られている。もちろん実力も十二分に兼ね備えた素晴らしい選手だ。

だが、私は阿部詩選手に関してはもう一つか二つレベルの違うところで「凄い選手なのでは」と思っている。

約40年に渡って長らく柔道ファンとして柔道を見続けてきたが、ひょっとしたらこれまでに見てきた女子柔道選手の中でも最強の選手なのではないかという思いがここ数年は強い。

立ち技のセンスやキレ、スピード感のある寝技、そしてそれらを支えて裏打ちする卓越したフィジカル。どれをとっても超一級品なのだ。

日本の女子柔道の軽量級と言えば、山口香氏に始まり、一時代を築いた谷(田村)亮子氏、谷本歩実氏に松本薫氏に中村美里氏に福見友子氏と名選手は枚挙にいとまがない。これまでに素晴らしい選手が何人もいたのだが、阿部詩選手というのはそういったレジェンド選手たちと並んでも引けを取らないどころか、傑出した選手なのではと思うのだ。

そんな素晴らしい逸材、阿部詩選手の昨日の敗戦だが、彼女は畳を降りた後に人目を憚らずに大声で号泣した。それだけこの試合に賭けていたのだろう。誰も彼女を責めることは出来ない。何度も言うが、ケルディヨロワ選手が素晴らしかっただけだ。

阿部詩選手の今後はわからない。次のオリンピックを目指すのか、はたまたこのまま引退してしまうのか。それは本人が選ぶことであり我々ファンが決めることではない。

もしも無理でないのなら、私は今後の彼女をまだ現役選手として見てみたい。まだ23歳。「これから」という言葉はあっても「ここまで」なんて言葉はしっくりこない。

そして完璧に見えていた阿部詩選手に唯一欠けているものがあるとすれば、それは「敗北」だと私は感じていた。ここ数年の試合はあまりに圧倒的過ぎて「敗北」の気配すらなかった。

しかし彼女は昨日の試合で唯一彼女に欠けていた「敗北」を手に入れた。

ここから彼女は本当の意味で歴史に名を残すレジェンド中のレジェンド選手になっていくのではないか。

そんなことを期待してしまってしょうがない。

阿部詩は何度でも立ち上がる、と私は信じている。


今日の演奏動画。

Louis Bellsonの作曲した『The Hawk Talks』をソロピアノで弾いてみました。リードシート(譜面)も添えてあります。

|

« これまで秘密にしていたこと | トップページ | それを「根性」と呼ぶ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« これまで秘密にしていたこと | トップページ | それを「根性」と呼ぶ »