「最近の美味いプロテイン」を飲んで考えたこと
プロテインの話。
今日も珍しく朝から忙しかったので、家での簡単なトレーニングのみとしたが、今日のトレーニング後に飲んだのはコレ。
タンパク質20g含有のプロテインは、普段よく買う15g含有のものよりちょっとお高いのだけれど、近所のコンビニで30%offになっていたのでたまにはコチラを。
別に20g含有が悪いなんてちっとも思っていなくてむしろこっちの方が良いのだけれど、値段以上に味があんまり好きじゃないのでいつもはヨーグルト味のやつを買う。ただし安くなっているならばもちろんこっち。
それにしてもプロテインって美味しくなったよなあとつくづく思う。
私は大学生以降柔道から20年以上離れていたので、その20年の間のプロテイン事情に関しては浦島太郎状態ではあったのだけれど、こうして20年ぶりに身体を鍛え始めて改めて「プロテインって美味しくなったなあ」と思う。
私が高校生や大学生の頃は粉末のやつしかなくて、これが絶妙に不味かった。水で割ると飲めたもんじゃないので、いつもオレンジジュースかスポーツドリンクで割って飲んでいたのだけれど、それでも不味かった。
それが今では全てのトレーニング後にプロテインを飲むと「はー!うめー!」と思う。
汗をかいた後のビールが美味いように、トレーニング後のプロテインはめちゃくちゃ美味い。
何なら階段ダッシュの時にラスト三本ぐらいは「終わったらプロテインが待ってるよ!美味しいよ!」と自分に言い聞かせて最後の力を振り絞っているぐらいだ。
昔に比べてプロテインが美味しくなっていることは間違いないのだけれど、その当時は味なんてどうでも良かったという所もある。
若い頃から今に至るまでの私の変化の一つで「味に頓着するようになった」というのがあるのだが、これはなかなか大きな変化だと思う。
若い頃は味に無頓着だった。極論を言えば「腹が膨れればなんでもいい」だったし、「それが美味かろうが不味かろうが別に関係ない」だった。
19歳の時と21歳の時に二度インドに行ったことがあるが、インドの飯は美味しくなかったのだけれど全然へっちゃらだった。別に味なんて何でも良かったから。
柔道の試合の為に定期的に減量したりもしていたし、ひょっとしたら私にとって「食べること」は「身体を作ること」としかイコールでは無かったのかもしれない。
今は完全に違う。
食べることと飲むことが人生で一番の喜びだ。
高価でなくても構わないからとにかく美味しいものを食べたい。
魚釣りに行った時にも、氷〆めや血抜きや神経〆めなど私の魚の持ち帰り方は異常なほどに神経質だ。
先日一緒に釣りに行った木村氏が、私の魚の〆め方を見た他の釣り客から「あなたのお連れさんは料理人?料理人がよくあの〆め方やるんだよね」と聞かれたらしいが、それぐらい私は丁寧に魚を持って帰る。それらは全て釣った魚をとにかく美味く食いたいという執着心からだ。なので軽い自慢にはなるが、私が持ち帰ってきた魚はめちゃくちゃ美味い。これからも更に勉強と研究を重ねて、より美味い魚を持ち帰れるようにしたい。
私は確かに魚釣りは大好きだが、「魚を釣ること」と「魚を食べること」を比べると、おそらく僅差で食べることの方が好きなのだな、と思う。
若い頃には「味なんて何でもいい」と思っていたのになあ。
あ、でも未だに「あまり美味しくないもの」にはかなり寛容だ。「これはこれ。こういうもの」として楽しんで食べられるので、その辺は非常にオトクな性格。
基本的に何でもかんでも「美味い美味い」と食べられるので、全然海原雄山ではない。
何の話をしてるのかよくわからなくなってきた。
とにかくプロテインが美味しくなっていることには激しく感謝しているということである。
今日の演奏動画。
George Bensonの作曲した『Bossa Rokka』をソロピアノで弾いてみました。リードシート(譜面)も添えてあります。
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