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2023年7月23日 (日)

【君たちはどう生きるか】感想第二弾〜我々はカタルシス中毒なのでは?

昨日、宮崎駿監督の最新映画【君たちはどう生きるか】の感想を少し書いたが、その続き。

我が家では引き続き嫁氏と「あの映画はどういうことだったのか」という感想戦が続いている。

嫁氏は「自分にはこの映画はハマらなかった」とは言いつつもネットで様々な感想サイトを調べて読んでいるようだ。

まずこのことがすごい、と思っている。

我が家で未だに検討が続くこと、そして他の人がどう捉えたのかを知りたくなるということ。

これらはつまり「語りたくなる映画」であることは確かだという証明である。

そう考えると私がこの作品をほとんど反射的かつ本能的に絶賛したのも自分で納得がいく。私は「鑑賞後に語りたくなるような作品」が好きなのだ。

映画でも文学でも、そして音楽でも。


我が家での会話の中でこんなものがあった。

例えばサッカーのワールドカップや野球のWBC。こういう大会において日本代表を応援したくなる気持ちは私にもある程度理解できる。実際私も日本代表を応援する。
しかし、日本代表が勝つからこそ面白い訳では決してない。先のWBCでは日本代表が優勝することが出来たが、「日本代表が優勝した」という事実と「WBCが面白かった」という感想の間には因果関係はない。少なくとも私の中にはない。日本代表が優勝してもしなくても、その熱戦を観られたことこそが面白かったのであって、結果は二の次だ。

選手当人たちの気持ちは別だ。彼らは勝つためにやっている。しかし我々観客は取り分けてそこ(勝利)に向けた努力をしてきたわけでもない。唯一の出来ることは見守ることのみであり、勝った負けたという結果に一喜一憂して良いのは原則としては選手たちのみなのだ。

にも関わらずに日本代表の勝敗に一喜一憂してしまうというこのことが何を示しているかと言うと、我々観客の中に何か「スカッとしたい」というようなカタルシスを求めるスケベ根性があるということだ。

日本代表に自分を投影して、何の努力もせずに勝利の爽快感を得たい。そのようなカタルシスを求める心が、或いは映画鑑賞においても働いていやしないかということが我が家で話題にのぼった。


【君たちはどう生きるか】は、鑑賞後の爽快感ははっきり言って全くない。カタルシスはほぼ得られない。私は得られなかった。

複雑なストーリーと数々のメタファー。そして宮崎駿監督の脳内映像の垂れ流しという解釈さえも可能な衝撃的なカットの連続。

おそらくは「これは自己満足では?」という批判が噴出することさえも想定内の確信犯である。

そして私たちに「これは一体何だったのだ?」と語らせたくなるような、そんな魅力を持った作品だ。

なので、観終わった後に「あー面白かった!楽しかった!」で完結してしまう作品ではなく、「あれはどういう意味だったんだろう。作中では何が語られていたのだろう」というようにむしろ”鑑賞後“を楽しむ作品なのかも知れない。

事実、我が家は鑑賞後二日が経った今でもこの作品の話題がホットだ。

なのでもしもこの作品を観た方がいたら是非私とこの作品に関して議論をしてもらいたい。「とても良かった」という人だけでなく、「この映画は全然合わなかった」という人とも議論をしてみたい。

そしてもう一つわかったことは、私は音楽においても「あれは何だったんだ?」と鑑賞後に語りたくなるような演奏をどこかで求めているということだ。


今日の演奏動画。

Joyce Moreno (Joyce)の作曲した『Essa Mulher』をソロピアノで弾いてみました。リードシート(譜面)も添えてあります。

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