道具と方法論があっても
料理であれば美味いものを食べたという経験が無くとも、良い食材ときちんとしたレシピがあればあるいは美味い料理が作れるのかも知れない
。違ってたらごめん。
音楽に関してはこれは当てはまらないと思っている。
良い楽器があってきちんとした身体の使い方を知っていたからといって必ずしも美しい音を出せる訳ではない。
それはその人が美しい音を聴いた経験が無ければ、である。
その経験が無ければいかに「道具」と「方法論」があっても不可能だと思っている。
今日のピアノレッスンで、とある生徒の弾く音が急激に美しくなっていて驚いた。どうしたんだ?何があったんだ?と思って話をしていたら、最近美しい音のピアノ演奏を聴いたとのこと。あー、それでかと納得した。
頭の中に美しい音の「記憶」があることによって、身体が「結果」としてそれを発音する方法論を辿るんだなと実感した。
ピアノっていう楽器は練習しなきゃ5000%上達しない楽器だと思うのだけれど、練習しているだけじゃダメで、やっぱり聴かなきゃいけないんだなと思った。ライブだったりレコードだったりを。
レッスンで嬉しい瞬間ってのはあれこれあるんだけど、生徒の音色が美しく変わっていく瞬間はその中でもトップクラスに嬉しい。私は何にもしてなくて、本人の意識が変わっただけなんだけど。
指導者として数少ない出来ることの一つとして「誉める」はしておいた。
「随分音色変わりましたね。すげーっすね」って。それぐらいしか出来ない。
ま、いいや。そんなもんだ。
ピアノって、同じ楽器でも弾く人によって全く違う音が鳴るのが面白いな。
私ももっと美しい音で弾きたい。
自分の弾くピアノの音が美しくなりさえすれば他のことは全部醜くてもいいや。
今日の演奏動画。
Sonny Rollinsの作曲した『St. Thomas』をピアノとベースの「一人合奏」で弾いてみました。
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