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2020年10月

2020年10月26日 (月)

生きていく~ライブとホープ軒~

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「剛くん、いい?人間は綺麗な感情だけを抱いて生きていくことは出来ないの。綺麗な食べ物だけを食べて生きていくことが困難なように」

「綺麗な感情だけを抱いて生きていくことは出来ない。綺麗な食べ物だけを食べて生きていくことが困難なように」
ぼくは古びたテープレコーダーが録音した音声をノイズだらけで再生するように、彼女の妙に力強いその言葉を繰り返した。


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とまあ、出来損ないの村上春樹もどきの小説に出てきそうなワンシーンが私の頭の中で繰り広げられたのには理由があった。

今日は朝から夕方までずっと千駄ヶ谷でレッスンの仕事をしていたのだが、合間の休憩時間にぼーっとしている時に私の頭の中に「ホープ軒のラーメンが食いたい。レッスンが終わったら食いに行こう」という考えが浮かんだからだ。

ホープ軒というのは私が若い頃からずっと千駄ヶ谷にあるラーメン屋だ。私が千駄ヶ谷にある音楽教室で教え始めたのが2007年なのだがその頃からあるので少なく見ても13年はある。2007年の時点でかなり老舗の雰囲気をまとっていたので、おそらく30年近くは存続していると考えて良いだろう。

ラーメンの特徴は、太くて食べごたえのある麺に、化調でバキバキに味付けされたスープ、そこに頭が割れそうなほどに背脂がギタギタにかけてある。どこからどう考えても身体に悪いラーメンである。

ここのラーメンが三年に一度ほどのペースで妙に食べたくなる。
若い頃は半年に一度ほどのペースで食べたくなっていたものだが、食べ終わった後にやってくる「もうあと半年はホープ軒は食わなくてもいいや」という満足と後悔の入り交じった感情の中に含まれる時間の間隔が最初は半年だったのがやがて一年になり、それが二年になり、そして今は三年になっている。

身体に悪いことをわかりながらも突然いかんともしがたいほどに食いたくなるのは、まさに人間が綺麗な感情だけを抱いて生きていくことは出来ないように、綺麗な食べ物だけを食べて生きていくことは出来ないからだ。
とてつもなくジャンクなものが食いたい、そんな感情が私を支配する。それが今日だった。

レッスンが終わったら片付けをしてからそそくさと教室を出る。
ホープ軒のある方向に少し急ぎ足で歩みを進める。その周辺は旧国立競技場のあった場所であり、現在は今年2020年に開催されるはずだった東京オリンピックに向けた新国立競技場などの建設で様相を日に日に異にしている。莫大な費用という名の税金が投入されているその建物たちはオリンピックという本来の目的を奪われ、虚しく存在を主張している。「こんなもの建設する必要なんてあったのかなあ」と新国立競技場を一瞥しているとホープ軒に到着する。

店頭の自動販売機で食券を購入し、店員にそれを渡すと席に案内される。ホープ軒は立ち食いのスタイルだ。お冷やはなぜかジャスミンティー。ジャスミンティーだけがミスマッチなオシャレさを演出しているのも憎めない。

目の前にはどかんと置かれたおろしニンニクと豆板醤の大きなケースが二つ。そして入れ放題のざく切りのネギが鉄製のザルに入っている。

しばらく待つとラーメンがやってくる。

スープを一口すする。

美味い。いや、美味いというよりも、その瞬間に私が切実に求めていたものがそこにあった。
良いじゃん良いじゃん良いジャンク、と呟きながらどんどん食べる。
ネギもガシガシ入れる。ネギさえ入れときゃ野菜食ってることになるから良いだろ。
豆板醤もどばどば入れる。カプサイシン効果で脂肪燃焼するからカロリーオフみてえなもんだろ。
全部間違っていることは確かなのだが、ホープ軒のラーメンにより知能を崩壊させられているのでもうどうにも止まらない。

気付けば目の前の丼は空になっていた。

「空が有る」という仏教的な概念が頭に浮かんだのも、ホープ軒のラーメンに脳をやられてしまっていたからだろう。

丼をカウンターに戻してジャスミンティーで口を潤してから「ごちそうさまでした」と告げて店を出た。

食ったなー、美味かったなー、という満足感と、ヘビー過ぎたからあと四年は食わなくてもいいやという後悔とが入り交じりながら千駄ヶ谷駅への道をゆっくりと歩いた。

何で急にホープ軒が食いたくなったのかを考えていたら、昨日のことを思い出した。

昨日は小岩の「Back in time」でライブをしていた。
トランペットとボーカルのMitchさんとベースの工藤精さんと。そしてゲストとしてバンジョーの公平昭浩さんが全曲に参加してくれた。

コロナ騒動からこっち、音楽の仕事はめちゃくちゃになっている。レッスンの仕事は半分ほどに減ったし、演奏の機会も減った。数少ない演奏の場にお客さんも少なくなっている。

このような苦境に対して様々な創意工夫で何とか乗り越えようとしているミュージシャンや音楽関係者が多数いる一方で、私は基本的には何もしていない。
嵐の中で体育座りをしてじっと目を閉じながらひたすらに嵐が過ぎ去るのを待つように、見事に何もしていない。
ぽっかりと大きく空いてしまった大量の時間を全て練習と作品作りに充てて、金遣いを極限まで減らすという以外何の対策もしていない。

このまま全てが破綻していくのを待つか、それともおれの我慢比べが勝つか。

そんな気持ちでいる所に、昨日のようにMitchさん、精さん、公平さんという大好きなミュージシャンたちと「Back in time」という大好きな場所で演奏することが出来た。
ぶっちゃけ、お客さんは少なかった。
けれど、彼らと一緒に音を出している時に「生きている」という実感を得ることが出来た。

多分そういったことで、感情が若干のキャパシティオーバーを迎えていたのだと思う。
それが原因で急にホープ軒が食べたくなったのではないだろうか。何かを補う為に身体が過剰な塩分と脂と炭水化物を求めていたのかもしれない。

次にホープ軒を食べるのはいつなのだろうか。そしてその頃は世の中はどうなっているのだろうか。

レッスンとホープ軒を終えて千駄ヶ谷を出て小岩に戻った。

今日はもう夕方なので練習はこれから四時間ほどだけ。

ライブも出来たし、ホープ軒のラーメンも食べたし、また今日から頑張れる。

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2020年10月15日 (木)

いよいよ、やるしかねえ

今日、小岩オルフェウススタジオにて打ち合わせをしてきました。
何の打ち合わせかっていうと、レコーディングの。
12月に、五年ぶりになる自分のアルバムをレコーディングします。ソロピアノです。その詳細な日程やら見積りやらの打ち合わせ。

結論から言うと日程が全て決まりました。なのでもう「やるしかない」。

正直言って今は不安しかなくて。

元々が相当ポンコツなところに加えて、このコロナ禍。いつまでこのミュージシャン生活が続けられるのかもわかりません。
何とか足掻こう、どうにかしてしがみつこう、という気持ちもかなりあります。
それから何よりも「どうせ死ぬならやりたいことやってから死のう」という気持ち。

だったんだけど、その気持ちに値するものが本当におれに作れるのかという不安。

ジャケットの写真は「いつかこの人と一緒に物作りをしてみたい」と思ってた人に頼みました。死んだ師の、とても素敵な曲なんだけどレコーディングされてないからおそらく誰も知らないだろうという曲をやろう、というのもあります。

諸々の手続きの窓口になってくれているのはバンド仲間でもある南たけしさん。そして総監督を務めてくださるのは全幅の信頼を置く梶川朋希さん。

ソロピアノとか言いながら、一人じゃ何にも出来ねえんすよ。
色んな人の助けを借りながら、今はもうとにかく丁寧に準備するしかない。これが最後の作品になるかも知れない(ならないと良いけど)という気持ちで。

良いものを作りたいなあ。作れるかなあ。

作れるかなあ、じゃねえんだよな、作るんだよ。

西新宿の親父の口癖は、なんだっけ。

そうでした。

「やるなら今しかねえ」

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