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2018年9月11日 (火)

追悼 Randy Weston

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音楽の上達には練習が不可欠なのは勿論である。そしてその練習に「質と量」が求められるのも当然である。

何をもって「質の高い練習」と言うのか、その答えは私にはまだはっきりとはわかっていない。ただ、少なくとも目的意識を日々ハッキリと持って、自らの行う練習を客観的につぶさに観察しながら洗練させていけば、一歩ずつの亀の歩みではあるものの、正解には近付いていける。なので私はまだ私が正解を知らないことに対して、さほど怯えてはいない。私は確実に正解に向かえている。大丈夫なのだ。

では、情熱を持って練習に臨む為に必要なものは何か、練習に先立つ更に根幹の部分で絶対的に必要になるものは何かと言えば、これはハッキリと断言することが出来る。

音楽に強く感動した経験。
これである。

理想を言えば生演奏による経験が望ましい(感動の度合いが強くなりがちであるという理由で)が、それはレコードやCDなどの録音物でも構わないと思う。とにかく、そこから流れてくる音に背筋が震え、心の奥底が突き動かされた経験があるからこそ我々音楽家は日々練習の場に嬉々として向かう。その美しさのカラクリを知りたくて、そして少しでもその片鱗を自らのものにしたくて、毎日楽器へと向かう。良くも悪くも、これが音楽家の病気であり、そして至福と苦難の時なのだ。

音楽に心を強く揺さぶられた体験が私にはあるのかと問われれば、自信をもって「ある」と答えることが出来る。

そのような機会は複数あったのだが、私に及ぼした影響の大きさ、また感動の深さということで言えば、ピアニスト・Randy Westonによる音楽体験は私に何よりも深い感動をもたらした。

私にとって最も理想的なピアニスト、そして最も理想的な音楽家の一人がRandy Westonである。
もっと噛み砕いて言えば、Randy Westonは私の一番のアイドルであり、神である。本当に心から大好きな、唯一無二の存在である。


そのRandy Westonが先日、天に召された。

享年92歳である。眠ったまま起きて来なかった、そのまま亡くなったというから、恐らくは老衰であろうと思う。音楽にとことんまで真摯に向かい合ったグレイト過ぎるその人生に、ひとまずのピリオドが打たれた。
年齢が年齢だったので、Randyがいつまで存命か、とはこの数年折に触れて考えていた。ある程度Randyが亡くなることに対しては覚悟をしていたつもりだったが、その不在が現実のものになった時、私に訪れたのは途方もない虚脱感だった。悲しみという感情もどこかにはあるのだろうが、涙は未だに出ていない。ただひたすらに、身体に力が入らない。喪失感とも少し違うのかも知れない。ただただ、虚脱している。

Randyと密接に関わらせて頂いたのは、京都は出町柳にあるジャズ喫茶「Lush Life」のお陰である。私は京都に住んでいた時からこの店の常連客の一人だった。今でも京都に行った時には必ず店を訪れて、そこで音楽を聴いて過ごす。私の至福の時間だ。

その「Lush Life」、出町柳の一角、10人も客が来れば満席になるカウンターのみの小さな老舗ジャズ喫茶の店主が、Randyの日本でのコンサートを主催した。場所は上賀茂神社の中にある御堂、庁之舎。荘厳で幻想的な日本古来の建築物の中である。この「Lush Life」主催のコンサートは、その後数年に渡って続くのだが、場所は全てこの上賀茂神社の庁之舎で行われた。
荒唐無稽と言えば、或いはそうなのかも知れない。世界的な音楽家を招くのに潤沢な資金がある訳でもない(というか、むしろ、無い(笑))。スタッフは全員が茶木夫妻(「Lush Life」店主)のその熱意に動かされ、「しゃーない付きおーたろかー」となった無報酬の友人知人たちだ。

詳しくは後ほど書くが、このコンサートは
第一回:2001年 Randy Weston ソロピアノ
第二回:2003年 Abdullah Ibrahim ソロピアノ
第三回:2005年 Randy Weston ソロピアノ
第四回:2006年 Abdullah Ibrahim ソロピアノ
第五回:2008年 Randy Weston & Alex Blake(Bass)Duo
第六回:2010年 Abdullah Ibrahim ソロピアノ
第七回:2012年 Randy Weston & Billy Harper(Sax)Duo
第八回:2015年 Abdullah Ibrahim ソロピアノ
と、、現在までに計八回開催された。

詳しくは「Lush Life」のコチラのページを見てもらえると良い。私もちらほらいる。
ステージは勿論のこと、看板や照明、チケットにチラシ、全てを手作りで行った。
それにも関わらず、この場で演奏したRandy WestonやAbdullah Ibrahimは、このコンサートを「何よりも特別な体験である」と言って憚らない。これは決してサービストークではなく、彼らの本音である。

初めてRandyのコンサートを主催したのは2001年のことだった。私はまだその頃にはRandyの音楽にきちんと出会っておらず、観に行っていない。

その二年後、2003年には南アフリカのピアニストAbdullah Ibrahimを招致した。ここには私はいち観客として観に行った。

更に二年後、2005年には再度Randyを招致している。この時には二日制のコンサートで、初日には有志のミュージシャンたちがRandyのコンサートの資金集めの為にボランティアの演奏をしてくれていた。そのミュージシャンの中には私が今でも共演させて頂いている市川芳枝さんや登敬三さんの姿があったし、その翌年の2006年に亡くなってしまった私のピアノの師、市川修さんの姿もあった。二日目はRandyのソロピアノだった。これもまた私はいち観客として初日二日目共に観に行っている。

その翌年2006年に再びAbdullah Ibrahimを招いた年から、私はこのコンサートに裏方のボランティアスタッフとしてずっと参加している。Abdullahはその後2010年と2015年にも上賀茂神社でソロピアノのコンサートを行っている。これもまた筆舌に尽くしがたいほどに凄まじい演奏であったが、その話はまた別の機会に。

2008年にもRandyは上賀茂神社にやってきた。この時にはパナマ出身のベーシストAlex Blakeとのデュオだった。黒人音楽のルーツとしてのアフリカ音楽をモチーフにした、オーセンティックでありながらあくまでも彼らの唯一無二の個性が発露する前衛的とも言えるその音楽に我々は度肝を抜かれた。

2012年のBilly HarperとのDuoも素晴らしかった。男臭く真っ直ぐに、しかし美しくブロウするBilly Harperのサックスを、時に暖かく包み込み、時に激しくあおるRandyのピアノは、この世のものとは思えないほどに素晴らしかった。

結局、Randy Westonの生の音楽に触れたのはそれが最後の機会となってしまった。

今年に入ってから、Randyが中国の北京で12月に演奏するかも知れないという話を「Lush Life」づて聞いた。私は話を聞くや否や即座にその日程を手帳に書き込み、ネットで北京行きの航空チケットの料金を調べ始めた。もちろん、そこに行くつもりだった。Randyの音楽を生で聴くということが私にとってどれほど多くの学びをもたらし、そして「音楽に向かおう」とどれほど強く思わせてくれるかを私は自らの体験を通じて知っていたからだ。

その後、その演奏予定は細かな事情は知らないが流れてしまい、私も北京への久しぶりの海外旅行を断念せざるを得なくなってしまった。来年の4月にアメリカのニューヨークでコンサートが予定されているそうだからちょっと遠いけどニューヨーク行くかなー、そんな事を考えていた矢先のRandyの訃報だった。

心のどこかで、Randyはずっと死なない、何かよくわからないけれど、ずっと生きていて、そして進化し続ける音楽を私たちに見せてくれる。そんなことすら思っていたのだが、当たり前だがRandyも人間なので死ぬ時はやってきたのだ。

本当に本当に偉大な音楽家であり、偉大な人間だった。
彼の音楽に出会っていなかったら、私の人生はもう少し違うものになっていただろうと思う。彼に出会えたことは私の人生の大切な財産の一つである。

Mr. Randy Weston、あなたの音楽に心を突き動かされ、揺さぶられたことに感謝します。偉大な生き様を見せてくれてありがとうございます。それを胸に、今日からもまた精進致します。

合掌。

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