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2018年9月27日 (木)

広島カープセ・リーグ三連覇

広島カープ、セ・リーグ三連覇、おめでとうございます。いち広島カープのファンとしてとても嬉しく思います。

数年前にこんな小説を書いていたのだが、まさかカープがこんなに強くなるとはその時には夢にも思わず。

小説《鯉太郎の恋》

さて。まだまだCSや日本シリーズが残っているものの、まずはここまでの今シーズンを振り返って。

個人的な不満が一つだけあって、それはカープの人気が出過ぎてしまったが為に、現地生観戦のチケットがこの数年かなり入手困難になっているということだ。実際私は今年は一回しか生観戦に行けていない。いつもの神宮球場、いつものヤクルトー広島戦だった。それもチケットを入手するのにだいぶ難儀した。

8年ほど前であれば仕事が早く終わった時などにふらっと神宮球場へ行ってがらがらの外野席(ライト側)でのんびりと野球観戦をすることができた。観客席の目の前のライトを守っている「赤ゴジラ」の愛称でお馴染みの嶋重宣選手に「嶋さーん、今日も打ってよー!」と叫ぶと嶋選手は手を上げて「任しとけ」という風に答えてくれた。客が少ないので、声援やヤジも丸々聞こえるのだ。九回の裏の永川投手にはヒヤヒヤさせられた。東出選手の守備はまだそれほど上手ではなかった。前田智徳選手が代打で出てきたら、それだけで満足だった。

そんな時代があった。あの時代はあの時代で楽しかった。弱かったけれど。

チケットの問題に関してはいささかの不満もある。単純に人気が出ているだけならば良いのだが、不正にチケットを大量に買い占めて転売している連中がいるのだ。そのせいでチケットが入手しづらくなっている。ただし、そういう連中を糾弾することは難しい。不正によるリスクを承知の上でそのような行為に及ぶということは、「カープ戦」というコンテンツがリスクを冒すに値するコンテンツへと肥大化していった証左でもあるからだ。コンテンツの肥大化に伴ってそのような連中が現れるのは、ある意味では必然である。良心に訴える、以外の対策が急がれる。
その「インターネットダフ屋」たちに天罰が当たりますようにと、私は心の隅で考えてはいるけれど。正直、結構ムカついているし。


さて、シーズンのこと。


今年のカープのセ・リーグ優勝は、完全にぶっちぎりだったと言って良い。交流戦でちょっと負けが込んだり最後の優勝間際でドタバタした感が多少はあったが、シーズンを通して見れば圧勝だったと言って良いだろう。間違いなく今は広島カープの黄金期がやってきている。そしてその真っ只中にいる。そう確信するに足る強さだった。
ここ数年のカープは間違いなく強い。
ではその秘密は何なのか、と考えてみたい。

結論から言えば、人材育成に秀でた組織はやはり強いというのがその感想だ。
成長の延びしろのある人材をきちんと確保してきて、地力をつけさせる部分と経験を積ませる部分との区別を曖昧にせずに育成していける組織は強い。プロ野球ではこの育成に秀でているのは広島カープと日本ハムファイターズ、それから西武ライオンズだと感じている。

どことは言わないが、せっかく若手が育ってきたポジションに他球団からヘッドハンティングしてきた高給取りを置くことで、若手のモチベーションを根こそぎ刈り取っている球団もあるが、あれは中長期的な目で見れば全く理にかなっていないことがわかった。
人材育成は、人材を育成すると同時に、その育成のシステム(方法論)を成熟させる必要がある。どことは言わないが某球団にはそれがまるでない。育成システムが成熟するだけの経験値と時間が足りていないのだからそれも仕方ない。

人材育成の巧拙、それは突き詰めれば人材をきちんと「人材」として見ているのか、それとも交換可能な「部品」として見ているのか、ということでもある。

それを顕著に感じたのが、昨日の優勝を決めた広島カープの試合だった。

昨日先発した広島カープのピッチャーは、九里亜蓮投手であった。入団直後にまだ何の実績も上げていない内から「自分は一途な男に憧れていますので、このカープで一途に野球に打ち込みたいです」といきなりの生涯カープ宣言をカマし、新人たちが訪れた焼酎工場見学でマイ焼酎ボトルを作る際にはラベルに「一途」と書き込んだ、ちょっとお茶目な愛すべきピッチャーである。今年は一軍と二軍を行ったり来たりしながらも、先発からロングリリーフ、ビハインド時の登板までなんでもかんでも、とにかくチームに貢献した。

昨日の九里投手は、ほとんど完璧だった。途中何度かピンチもあったものの気迫のピッチングでそれを切り抜け、打線の大量援護もあり8回を終えて10ー0でカープリード。試合は完全に大勢を決していた。

九回のマウンド、緒方監督はそれまで好投の九里投手に代えて、守護神の中崎投手を送った。これに関して緒方監督は「シーズンを通してどんな場面でもイヤな顔一つせずにチームに貢献し、いつも最後を締めてくれた中崎。どういう展開になろうと最後は中崎でいく。これは最初から決めていた」と試合後に語った。中崎投手からすれば、まさに男冥利に感じる采配である。

しかし九里投手からしたらどうだろう。昨日の好投は、かなりの確率でプロ入り初の完封勝利まで見えていた。それを最後は中崎投手が締めた。ひょっとしたら面白くないんじゃないだろうか。

そんなことをちらっと思ったが、杞憂であった。

試合後のビールかけで、緒方監督にビールをかけに行く九里投手がいた。ちょうど緒方監督はインタビューを受けている最中だった。九里投手の姿を見つけると、緒方監督は九里投手をすぐに抱き寄せてこう言った。

「九里!おい、今日ごめんな。今日完封出来たな!代えてごめんな!ナイスピッチング!」

もうね、全米が惚れるよ。こんなの。

実際九里投手、かなり「そ、そうっすかー?えへへ…」みたいな感じで照れており。

男緒方のこの愛情。中崎投手だけでなく、九里投手にもこの愛情。

この上司の元ならそりゃあやる気出るわ。

人材育成の一番の根本にあるのは、この信頼関係なんだな、と心底から実感した。


私の自分の仕事を振り返っても、そういった信頼関係を築くのがいかに難しいことか、つくづく痛感する。
私が「人材」としてではなく交換可能な「部品」として扱われる事は多々あるし、それはそうしないとその場がスムーズに回らないから、という事情もある。もちろん用が済めば簡単にお払い箱になるし、文字通り簡単に「交換」される。そういったことに、昔はそれなりに傷付いてもいたけれど、もはやいちいち傷付くこともない。より有能な「部品」になれるように知識と技術を蓄える以外の解決策はない。それは「そういうもの」なのだ。

しかし、まれに「人材」として、つまりは「人」として見てもらえる時もあり、それはやはりとても嬉しい。その仕事には必要以上に力が入る。

私も人を「使う」時がある。

その際には、よっぽど切羽詰まっていない限りは、きちんと「人材」として扱わなくてはならない。「部品」として誰かを扱うのは、よっぽど差し迫った時だけだ。

また、「人材」として扱われた人間は成長するが、「部品」として扱われた人間はあまり成長しない。

結局は信頼関係や愛情なんていうアナログな要素が重要になってくるんだなあ。

そんなことを緒方監督から学んだ。

これからのCS、そして日本シリーズのポストシーズンが楽しみである。

頑張れカープ!

セ・リーグ優勝おめでとう!

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