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2018年3月12日 (月)

『65駅の恋』第五話

『65駅の恋』第五話


※これは実話50%、妄想50%の小説です。

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《第五話》
王子~東十条~赤羽~十条~板橋



《王子》

田端からは京浜東北線に乗り換えて赤羽を目指した。目的地は、京浜東北線で王子、東十条、赤羽。赤羽で埼京線に乗り換えて十条、板橋、そして池袋だった。

青い電車が、王子駅に到着した。

王子駅のスタンプは、「ガルマ・ザビ」だった。スタンプ帳のキャラクター表に「⚪⚪・ザビ」という名前が多かったので、恐らくガンダムの物語の中の重要な位置を占めるのがこのザビ一族なのだろうなという予測はしていたが、この時点ではぼくはザビ一族については何も知らなかったので、いつものように「ガルマ・ザビ、誰だよ!知らねえよ!」と思いながらスタンプを捺した。

王子から東十条に向かう京浜東北線の中で、ぼくは期子に話しかけた。

「期子さん、ぼくはね、この辺の街にはあんまり馴染みがないんだ。」

ふうん、という感じで期子は聞きながら頷いた。

「 子供の頃に親戚の家族が王子に住んでいたから何回かは来たことがあるんだけれど、その記憶もあやふやだ」

「どれぐらい前のこと?」と期子が尋ねた。

「小学生の頃だから、今よりも30年近く前だ」自分でそう言ってみてから、そうか、そんなに前のことか、と思った。

「親戚家族の住んでいた社宅の風景や、そこの駐車場で従兄妹たちとサッカーボールを蹴ったりして遊んだことははっきりと覚えているのに、街の景色はほとんど思い出せない。記憶なんて、いい加減だね」ぼくはそう言った。

「もちろん、覚えていたとしてもその景色はすっかり変わってしまっているのだろうけれど」期子がそう言った。

「街も、いい加減よ」

電車が東十条に着いた。

《東十条》

東十条駅のスタンプ台に行くと、先客がいた。これまでにもそんなことは何回もあった。一つのスタンプ台につきスタンプは二つあるので並んで捺すことも可能なのだが、先客がいる場合にはぼくはいつも後ろに並んで先客が終わるのを待っていた。落ち着いて捺したかったのだ。ちなみに東十条駅のスタンプは「黒い三連星(ガイア・マッシュ・オルテガ)」だった。1ナノも知らないので、「黒い三連星、誰だよ、知らねえよ」と言いながら捺すつもりは満々だった。

しかし、この日の先客はなかなか終わらなかった。よく見るとスタンプ帳を何十冊も抱えている。この問題自体はJRも懸念している所であり、あらゆるスタンプ台に「スタンプ帳は一人一冊」と書いてあるのだが、この日の先客はそれを遥かに上回る数十冊だった。

こりゃあしばらく終わらないな、と思ったぼくは、仕方なしに先客の横に並んでスタンプを捺した。捺し終わってからその先客を見たら、イリーガル(法律に抵触する)なタイプの薬物やイリーガル(法律に抵触する)なタイプの拳銃などの売買で生計を立てておられそうな雰囲気の方であり、マイルドに見ればヤクザ、シビアに見れば暴力団関係者、という感じの出で立ちの方であった。

ははーん、シノギだな、とピンときた。

このガンダムスタンプラリーは、スタンプを完全制覇すればプラモデルがもらえる。おそらくはそのプラモデルをインターネット上のオークションなどに出して荒稼ぎしようと、そういうことなのだな、と思った。そう思えば、あの大量のスタンプ帳も腑に落ちた。何せ紙袋に何十冊も入れているのだから。

「8と9と3、足して20でオイチョカブで言えばブタさ。俺たちはぐれものなんてそんなもんさ」、そんないささか自嘲的ながらも気の利いた言葉など聞こえる余裕もなく、目の前の8+9+3の方は一心不乱にスタンプを捺していた。おそらく彼も「黒い三連星、誰だよ、知らねえよ!」と心の中で叫びまくっていたはずだ。

東十条の駅から赤羽へ向かう電車の車内で期子が呟いた。
「確かに、行き過ぎた複数のスタンプ帳というのは褒められたものではないわね」

「うん。たやすく看過は出来ないね。さっきのヤクザっぽい人のことだよね」とぼくは答えた。

「けれどね、タケシくん」期子は、どうにもならないことだって世の中にはあるのだ、という風に話し始めた。

「あの彼だって、スタンプを捺すのは本意ではなかったかも知れない。ひょっとしたら映画に出てくるような華やかなヤクザに憧れてヤクザになったのかも知れないのに、やる仕事と言えば大量のガンダムスタンプラリー。私たちと同じように都区内フリーきっぷを握りしめて、王子ではガルマ・ザビに次ぐガルマ・ザビ、東十条では黒い三連星に次ぐ黒い三連星。捺しても捺してもガイア、捺しても捺してもマッシュ、捺しても捺してもオルテガなのよ」

「めちゃくちゃ、地味だね」

「ええ。死ぬほど、地味よ」

電車が赤羽についた。


《赤羽》

赤羽と言えば、東京北部のターミナル駅であるという認識は確かにあったが、その駅の大きさにいささか面食らった。ぼくの中では赤羽と言えば赤提灯の居酒屋と、昼から目を潤ませつつ酒を呑みながら地べたに横たわるジジイ、という印象だったのだが、駅からはそんな印象はまるで受けなかった。
ちなみにぼくの住んでいる小岩には、昼からワンカップを片手に地べたで仮眠を取る人生の諸先輩方が多数存在する。終わっているかまだ始まっていないかの二択で言えば、完全に終わっている。いわゆる「安定の下町クウォリティ」というやつだ。

赤羽駅のスタンプは「アカハナ」だった。
赤羽、アカハナ、赤羽、アカハナ。
ダジャレなのだろうか。大して面白くはないけれど。

また、ぼくはいつものようにアカハナのことは何一つ知らなかったので、「アカハナ、誰だよ、知らねえよ」と思いながらスタンプを捺した。

赤羽からは埼京線に乗り換えて十条を目指した。


《十条~板橋~池袋》

十条のスタンプは、「セイラ・マス」だった。この日上野駅で交換したカードで「あなたならできるわ」と言っていた人だった。

「ふうん、シャアの、妹なんだ」そう思いながらスタンプを捺した。

続く板橋のスタンプ「ジム」は、何となく見たことがある、程度ではあったので「ジム、誰だよ!知らねえよ!」とまではならなかったのだが、もちろんよくは知らないので「うーん、ジムねえ。あんまりよく知らねえよ」と思いながらスタンプを捺した。

埼京線が池袋駅に着き、さて演奏の仕事に向かうかなと思って横を見たら、やはり期子はいなくなっていた。

おそらくまた彼女はやってくる。

ぼくがスタンプラリーに出かける時には必ず。
それは願望ではなく、確信だった。


(続く)

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