『65駅の恋』第三話
※これは実話50%、妄想50%の小説です。
《第三話》
金町~亀有~北千住~南千住~三河島
南流山駅の「カイ・シデン」スタンプを捺したところで、千葉~茨城エリアのスタンプは全て回収済みということになった。もう夜も更けてきていたし今日はこの辺で良いだろうと思って、その日はそこから家に帰ることを決意した。
「期子さん、今日はもうぼくは家に帰ることにするよ」
そう言って期子がいたはずの場所を振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、漆黒の闇があった。更に辺りを見回してみたが、やはりそこには誰もいなかった。期子は、知らぬ間に忽然とどこかへと消えてしまった。
ぼくは何かの幻を見ていたのだろうか。そもそも本当に期子という女は存在していたのだろうか、と狐につままれたような気持ちになった。
しかし、「一人で、取手か」と呟いたぼくに「二人で、取手よ」とささやいた彼女の声は、ぼくの耳には確かな記憶として残っていた。
「タケシくんがこのガンダムスタンプラリーをしている時だけ、私はタケシくんのそばにいる。私は、どこかからやってきて、どこかへ消えていくの」
ぼくは期子のその言葉を思い出していた。
おそらくまたぼくがスタンプラリーに出かけた時に、彼女はやって来る。ぼくの知らない「どこか」から。
《金町~亀有》
ぼくがその次にスタンプラリーに出かけたのは、その数日後だった。
その日はぼくは昼には亀有で、夜に池袋で仕事があった。レストランでお客さんが参加型のジャズのジャムセッションが行われており、その伴奏役の仕事だった。夜には池袋の洋風居酒屋でピアノを弾く仕事があった。言い忘れたが、ぼくの仕事はピアノを弾いたり人に教えたりする仕事だ。
亀有の仕事が終わるのが夕方の16時ぐらいの予定で、池袋の仕事が始まるのが19時からだった。その空いている三時間の間に、千住方面から日暮里方面、あわよくばそのまま北上して赤羽方面までをやっつけてしまおう、という算段だった。
昼前に、自宅のある小岩を出てバスで金町に向かった。金町で一つスタンプを捺した。金町は「ギャン」というモビルスーツだった。もちろんぼくは「ギャン」を知らないので、「ギャン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。
金町から常磐線に乗って亀有に移動、ということになるのだが、この時にぼくは東京都23区のJRの駅ならばどこでも乗り降り自由な「都区内フリーきっぷ」を買った。750円である。このガンダムスタンプラリーはスタンプ台が必ず改札の外にあるので、スタンプを捺す為には一度改札を出なくてはならない。正規料金だとかなりの金額になってしまうので、複数のスタンプスポットを廻るにはこの「都区内フリーきっぷ」が圧倒的にお得なのである。このスタンプラリーの必須アイテムの一つである。
亀有で仕事を終えてから駅に向かったのは16時ぐらいだった。亀有駅のスタンプ台を探すとそれはすぐに見つかった。亀有駅のスタンプは「シャア専用ズゴック」だった。
ぼくはここで一つの違和感に気付いた。スタンプのインクが、赤いのだ。これまでにインクは黒か青かしかなかった。初めて、赤いインクのスタンプに出会った。
「それは、シャア専用だからよ」
ぼくにそう教えてくれたのは、期子だった。期子は、やはり「どこか」からやってきた。
「期子さん」
ぼくは彼女がやって来ることを何となく予想はしていた。いや、望んでいたと言った方が良いのかも知れない。しかしその一方で、もう彼女とは二度と会うことはないのではないかとも思っていた。
「普通のズゴックとは、違うんだね」ぼくは期子にそう聞いた。
「ええ。速度が段違いよ」そう言って彼女はぼくに微笑んだ。
《北千住~南千住~三河島》
亀有を出て、次の駅は北千住、そしてその次は南千住だった。ぼくはよく、広いようで広くないという意味で「北は北千住から、南は南千住まで」というギャグを使う。「ぼくも日本各地さんざん足を運びましてね。まあ、北は北千住から、南は南千住まで」といった感じで。
言えば必ず失笑をもらえる。コンスタントなややウケである。それで良いのだ。いきなりホームランを狙ってはいけない。小さなヒットをぼくは確実に積み重ねたいのだ。
「ねえ、期子さん、このスタンプラリーも、かなり広い所に跨がっているね」北千住に向かう常磐線の中で、ぼくは期子に話しかけてみた。
「そうね、まだ始まったばかりよ。先は長いわ」
「本当に広いよね。北は北千住から、南は南千住まで」ぼくは満を持して言ってみた。
期子は、ぼくの方を一瞥してから、車窓に目を向けた。
つまりぼくのギャグは無視された。ウケると思ったのに。ウケたかウケないかで言えば、鬼のようにスベった。こういうこともあるのだ。
電車が北千住に着いた。北千住駅は複数の路線が交錯するターミナル駅で、駅自体もとても広かった。
この北千住駅のスタンプも、赤かった。
そう、シャア専用機だったのだ。シャア専用ゲルググだ。
「期子さん!またスタンプが赤いよ!シャア専用だよ!」ぼくは若干興奮気味にそう話した。
「そうね、シャア専用ズゴックから、シャア専用ゲルググへと流れるこのライン、美しいわ。亀有・北千住、やるわね」
期子も嬉しそうにそのスタンプを捺していた。
ふと彼女のスタンプ帳を見ると、一緒に捺していないはずの金町駅の「ギャン」にもスタンプが捺してあった。
「あれ?期子さんも金町行ったの?ぼくは今日の昼に捺したんだけど」
「ええ。タケシくん、あなたと一緒にラリーをしているのだから。あなたのスタンプ帳にスタンプが一つ増えれば、私のスタンプ帳にもスタンプが一つ増えるの。そういうものなのよ」
不思議な話ではあるが、ぼくはもうあまり疑わない。世の中にはぼくの理解を超える事などざらにあるのだ。
南千住から三河島は忙しかった。この後、何度も経験することになる
「電車を降りる→スタンプを捺す→次にやってくる電車に乗り込んで次の駅を目指す」
という動きをぼくはここで学ぶことになった。千葉~茨城方面では電車の間隔がそれなりに開いていたのだが、都内に入ると間隔がタイトになる。効率良く複数の駅を回る為には、この乗り換えにいちいち成功しなくてはならなかった。
南千住のスタンプは、「コンスコン」だった。完全に知らない人であったので、「コンスコン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。ジオン公国の人らしい。
スタンプを捺してから小走りに駅のホームに戻り、次の電車に乗って三河島へ。
三河島のスタンプは「カマリア・レイ」だった。
レイ、という名前を聞いてピンときた。ガンダムの主人公は「アムロ・レイ」である。恐らく主人公アムロの家族だろうとぼくは予想したが、予想は当たりだった。「カマリア・レイ」はアムロの母親だった。しかし、ぼくはあまりにもアムロのことも知らない。女王様にぶたれている人(第一話参照)という間違った認識しかない。となれば当然、その母親なぞ知る由もない。いつものように「カマリア・レイ、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。
《上野へ》
三河島を出てからは、日暮里を飛ばして上野へ向かうつもりだった。そのまま山の手線に乗り換えて北上するつもりだったので、その時に日暮里は潰せば良い。そんな風に思っていた。
ぼくの心は少々浮き足立っていた。
上野駅のスタンプは、「ガンダム」なのだ。言わずと知れた、このアニメの主役モビルスーツである。いかにガンダムに関しての知識が薄いこのぼくと言えども、流石に主役を前にすると身が引き締まる。
「期子さん、ついに上野だね。ガンダムを捺せるね」ぼくは嬉しくなってそう言った。
「ええ、タケシくん、ここから全てが始まるのよ」期子の顔もどことなく嬉しそうだった。
そして、期子はぼくに向かってこう言った。
「こういう時、何て言うか知ってる?」
ぼくは何と言えば良いかはわかっていたけれど、どことなく気恥ずかしくて黙ってしまった。
「大丈夫よ、私しか聞いてないから」
そう言われて、気が楽になってぼくは口を開いた。
「タケシ、行きまーす」
期子がぼくに向けて右手の拳を作り、親指を立ててみせてくれた。
(続く)
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