« 『65駅の恋』プロローグ~第一話 | トップページ | 『65駅の恋』第三話 »

2018年2月19日 (月)

『65駅の恋』第二話

『65駅の恋』第二話

※これは実話50%妄想50%の小説です。


第一話はコチラ


《第二話》
松戸~新松戸~柏~我孫子~取手~南流山

《松戸》

「タケシくん、それがゾックよ」

そう声をかけてきた女性に対してぼくはある種の不吉さのようなものを感じて、比喩的な意味ではなく、実際に一歩、後ずさりをした。

「あなたは、誰ですか」

ぼくがそう尋ねると、女性は何を問われているのかわからない、といった風情できょとんとして言葉を失っていた。ぼくは言葉を繋げた。

「なぜ、ぼくの名前を知っているんですか。あなたは、誰ですか」

少しの間、沈黙があった後に女性が口を開いた。

「ごめんなさい。ちょっと驚かせてしまったかしら。私は、更年期子(こうねん・きこ)。お察しのように中年よ」

そう言って微笑む彼女の目尻に、少しの皺が刻まれた。それをぼくは素直に美しいと思った。ぼくはBBAが好きだ。

期子は、言葉を続けた。

「タケシくん、私がなぜあなたのことを知っているのか、それは今は言うことは出来ない。ただ、私はあなたのことを、ほとんど知っている。それは間違いないの」

そんな馬鹿なことがあるか、と思った。ぼくは彼女のことを全く知らない。多分、初対面だと思う。もしも以前に会ったことがあったとしても軽く挨拶をしたことがあるぐらいに違いない。なぜ彼女はぼくのことを知っているのだろうか。なぜぼくは彼女のことを知らないのだろうか。彼女は危ないクスリでもキメているのだろうか。

「それはいずれわかるわ」

彼女はそう言うと、改札に向かってゆったりと二、三歩、足を進めた。

進めたところでぼくに向かって振り返ってこう言った。

「タケシくんがこのガンダムスタンプラリーをしている時だけ、私はタケシくんのそばにいる。私は、どこかからやってきて、どこかへ消えていくの」

ぼくは、少し背の低いこの目の前の美しい中年女性は、完全にシャブなんかをがっつりとキメているせいでワケがわからないことを言っているんだな、と思うことにした。あまりの不条理さに、目の前の世界が少しぐにゃっと歪んで見えた。

「次は新松戸よ。行きましょう」

彼女はぼくを再び改札の中へと導いた。

《新松戸》

新松戸に到着したのは、ちょうど20時を回った所だった。ぼくはこの後の時間配分を概算していた。このままのペースでいくと取手には21時過ぎ、最後に南流山に寄りたいから、家に帰り着くのは23時過ぎぐらいかな、とかそんなことを。

考えながら新松戸駅の改札をくぐりスタンプ台を探すのだが、どこを探しても見つからない。あれ、おかしいな、と思いながら辺りをぐるぐると見渡していると、期子がみどりの窓口の前で私を手招いていた。彼女の表情には、少し絶望の色が見て取れた。

「タケシくん、スタンプ台、あそこにあったわ」

彼女が指差したのは、みどりの窓口の中だった。そして、彼女の絶望の表情の意味をぼくはすぐに理解した。

みどりの窓口は、20時ちょうどで営業を終了していた。入り口には既に鍵がかけられており、もう中に入ることは出来なかった。つまり、そこに入れないということは、スタンプが捺せないということと同義だ。
まだ中には駅員がいる。片付けをしている。スタンプを捺したいぼくの物欲しそうな目と彼の目とが交錯するが、「悪いね、今日はもう終了なんだ」といった具合に視線を反らされ、それっきりだ。

「なんてこと。迂闊だったわ」

期子ががっくりとうなだれていた。彼女もこのことは想定外だったようだ。
新松戸だけまた別の日に来なくてはならないのかな、めんどくさいな、そんなことを考えている瞬間に、背後に人の気配を感じた。

ぼくの後ろには、少々ハゲ散らかしたおっさんがいた。おっさんの手にもスタンプ帳があった。おっさんもスタンプを捺しに来たのだ。そしてぼくと同じようにみどりの窓口が既に閉店している事に困惑をしていた。

少々、というか、割りとハゲ散らかしたおっさんと目が合った。現実的には、おっさんとぼくは口を開いて会話はしていない。しかし目を合わせたその瞬間、工藤静香以上に目と目で通じ合った。おっさんはぼくに目で語った。かすかに色っぽくはなかった。

「参ったな、これでは。しかし絶望するのは、ほんの少し足掻いてからでも遅くはないんだぜ。まあ見てな」と。

慌てる素振りもなく悠々とおっさんは改札の駅員の所に向かい、決して横柄になることなく丁重にスタンプのことを尋ねているようだった。しばらくするとおっさんはぼくを手招いた。ぼくはちょっと小走りにおっさんの元に向かった。

「ここで捺させてくれるそうですよ、スタンプ」

おっさんの言葉にぼくは歓喜した。

「マジっすか!ありがとうございます!期子さん、やったよ!スタンプ捺せるって!」傍らにいる期子にもぼくは嬉しくてそう伝えた。

「何てこと。信じられないわ。お兄さん、本当にありがとうございます」期子は割りとというか、かなり派手にハゲ散らかしたおっさんに向かって深々と頭を垂れた。

おっさんが先にスタンプを捺すのを見てから、ぼくもスタンプを捺した。新松戸駅のスタンプは、ジオン公国ザビ家の三男、ドズル・ザビだった。当たり前のように「ドズル・ザビ、誰だよ」と思いながら捺した。ぼくはガンダムを知らないのだ。

期子も自分のスタンプ帳にドズル・ザビを捺してから、嬉しそうにぼくの方を見た。二人で「良かったね」と胸を撫で下ろした。

駅の方を見ると、先ほどのかなり派手にハゲ散らかしたおっさんは、もう次の駅に向かって歩みを進めていた。

「あの人がいなかったら、私たちはスタンプを捺せなかったのね」とおっさんの背中を見ながら期子が呟いた。

「うん。救世主だ。メシアだね。ハゲメシアだ」ぼくがそう答えた。

「ハゲメシア、何だかガンダムのモビルスーツにありそうな名前ね」

その後、期子はその「ハゲメシア」という語感が気に入ったらしく、たびたび「ハゲメシア、うふふ」と一人で呟いては一人で笑っていた。「うふふ」は時々「デュフフ」になった。

「期子さん、次に行こうか」ぼくはそう言って次の駅に向かった。

《柏~我孫子》

柏から我孫子間は、特にトラブルもなく順調にスタンプが捺せた。柏のスタンプは「ビグ・ザム」であり、ぼくはいつものように「ビグ・ザム、誰だよ」と思いながらスタンプを捺したが、我孫子駅の「ブライト・ノア」は、初めての「何となく知っている人スタンプ」だった。

「期子さん、このブライトってあれだよね、アムロのことぶつ人だよね」とぼくが聞くと

「そうよ、二度もぶつ人よ」と期子は優しく教えてくれた。

ぼくは少しずつガンダムに詳しくなりつつあった。

《取手》

取手駅に到着したのは、21時を少し回っていた。まさか本当にスタンプを捺す為だけに茨城県まで来てしまうとは。こういう無意味なことにはぼくは本当に愉快になってしまう。取手駅の「ジョブ・ジョン」のスタンプをいつものように「ジョブ・ジョン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した後に、「期子さん、せっかくここまで来たんだから、ちょっとだけ取手駅の周りを見ても良いかな」と断って、駅の外をぐるっと歩いてみた。

取手は、決して小さな駅ではなかった。建物としては大きな部類に入るし、それなりに立派だった。もっと地方都市の寂れた駅を ぼくは想像していたので、ちょっと拍子抜けした。

駅の近くに焼肉屋があって、そこから漏れてくる焼肉の匂いがぼくの空腹を刺激したのを覚えている。

「一人で取手、か」ぼくは思い付いたちょっと悲しいダジャレを口にしてみた。

「二人で取手、よ」後ろから近付いてきた期子が、それを訂正した。

「そっか、二人で取手、か」

ぼくは何となく、世界の片隅に、ぽつんと二人きりで置いてきぼりにされているような気がしたが、不思議と気分は悪くなかった。期子が、ぼくの横でデュフフと笑った。

《南流山》

今回のガンダムスタンプラリー、全65駅が参加していた訳だが、ぼくが個人的に「お前は参加するんじゃねーよ!」と思った駅が二駅あって、一つは尾久駅であり、もう一つはこの南流山駅だ。

南流山駅は、常磐線ではない。武蔵野線である。

つまり、松戸~取手間は全て常磐線一本で話が済むのであるが、南流山駅は新松戸駅から武蔵野線に乗り換えて一駅行かなくてはならない。本日の添付写真にその路線の様子が書かれてあるが、とにかく南流山駅は「わざわざそこへ行かなくてはならないタイプの駅」なのだ。ここが一駅あるだけで、ぐっとスタンプラリーの難易度が上がっている。

南流山駅のスタンプは「カイ・シデン」だった。もちろん「カイ・シデン、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。

南流山駅の周りにはまだ1月22日に関東に降った雪がたくさん残っていて、駅の近くに雪が溶けてそのまま凍ってスケートリンクのようになってるエリアがあった。
ぼくはそういうところを見つけると、普通の運動靴でスケートごっこをやらずにいられないタチなので「わーいわーい」とそこを滑って遊んでいた。

「期子さん、なんでこういうのっていつまでも楽しいんだろうね」
ぼくが尋ねた。

「坊やだからさ」
期子が、答えた。

(続く)

|

« 『65駅の恋』プロローグ~第一話 | トップページ | 『65駅の恋』第三話 »

ガンダムスタンプラリー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 『65駅の恋』プロローグ~第一話 | トップページ | 『65駅の恋』第三話 »