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2018年2月26日 (月)

『65駅の恋』第四話

『65駅の恋』第四話

※これは実話50%、妄想50%の小説です。

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《第四話》
上野~鶯谷~日暮里~西日暮里~田端

《上野》

上野駅は、やはり大きい。新幹線の停まるような駅なのだから、駅の規模が大きいのは当たり前なのだが、それにしても大きい。

改札の中に何人もの人々が消えてゆき、そしてまた何人もの人々が歩き出してくる。まるで巨大なポンプのような装置が人間を吸い込んでは吐き出し吐き出しては吸い込みということを繰り返しているような想像を掻き立てられた。

ぼくは上野駅でスタンプ台を探し出すまでに、上野駅の周囲を10分少々歩き回った。これでは運動不足の解消になってしまう、これでは健康的に痩せてしまう、などと想像したが、もちろん1ミリグラムも痩せはしない。ともあれ歩くのは悪くない。

華やかな上野駅の中では幾分物寂しい入谷改札口に、ガンダムのスタンプはあった。本当にガンダムだった。こればかりはさすがにぼくも「ガンダム、誰だよ」とは言えない。「おー、ガンダムだー」と心の中で呟いてスタンプを捺した。

同じようにガンダムのスタンプを捺した期子がぼくに「ちょっと待ってて」と言って、近くのコンビニエンスストア「NEWDAYS」に入っていった。何をしているのだろうと数分待つと、期子が戻ってきた。手に、一枚のカードを持っていた。

お待たせ、と言ってから彼女はぼくに教えてくれた。

「このスタンプラリーではね、まずは7つのスタンプを集めるの。7つのスタンプを集めてから、指定された場所で400円以上の買い物をすると、ガンダムの名ゼリフを印刷したカードをもらえるのよ。「週刊ベースボール」を買ったら400円を越えたから、それをもらってきたの」

片手に週ベを持った期子は、もう片方の手でぼくにカードを見せてくれた。カードは「セイラ・マス」のカードだった。名ゼリフは「あなたならできるわ」だった。

「セイラ・マス。本名アルティシア・ソム・ダイクン。シャアの妹よ」

ガンダムのことをまるで知らないぼくには何のことやらよく理解できなかった。

「あれ?でもこのセイラって人は地球連邦軍の人じゃないの?シャアってジオン公国の人でしょ?地球連邦軍とジオン公国は戦争してるんだよね?兄妹で?」

「タケシくん、そこにはね、とても深い理由があるの」

「とても深い理由」ぼくはその言葉を反芻した。

「ええ。それこそがこのガンダムのもう一つのメインストーリーなの。いずれ、あなたもそのことを知ることになるわ」

この予言は見事に当たった。ぼくはその数日後、ダイクン家のいざこざについてひょんなところからその真実を知らされることとなるのだが、その話はまた後ほど。

期子はそう言って再び改札へと歩き出した。彼女の背中に、ぼくは何かしらの覚悟のようなものを感じた。シャアとセイラのように、いや、キャスパルとアルティシアのように、人は様々な運命に翻弄されながらもただ前を向いて歩き続けなければならないのだろうか。そんなことを、ふと思った。

《鶯谷~田端》

上野駅を後にしたぼくたちは、そのまま北へと向かった。山の手線と京浜東北線が並走するこのエリアでは、ほぼ三分おきにいずれかの電車がやってくる。夕方の山の手線や京浜東北線は会社帰りの人々でごった返していた。

上野駅から一つ北側の駅は、鶯谷だった。人波をかき分けて、駅のスタンプ台に向かう。鶯谷駅のスタンプは「ミデア」というモビルスーツだった。全く知らないので、いつものように「ミデア、誰だよ」と思いながらスタンプを捺した。

返す刀で急いでやって来た後続の電車に乗り込む。相変わらずの混雑ぶりだ。

次の駅は日暮里だった。ぼくは日常的にこの日暮里駅を使う。なので、いつでもスタンプは捺せたのだが、せっかくだしということで日暮里でも途中下車してスタンプを捺した。スタンプは「ララァ専用モビルアーマー」だった。ララァというのは恐らく登場人物の一人で、その人専用のモビルスーツがこれなんだろうなということは見当はついた。これまでに「シャア専用ズゴック」や「シャア専用ゲルググ」を捺すことで学んだことだ。
しかし、当然ぼくはララァもモビルアーマーも知らないので、やはりここでは「ララァ専用モビルアーマー、誰だよ」と言いながらスタンプを捺した。
「ララァは、エヴァで言うと綾波なのよね」と期子が呟いたのが聞こえた。期子の存在の秘密はぼくにはまだわからないが、一つはっきりしているのは、彼女は程度はわからないがアニヲタだということだ。たまに「デュフフ」と笑うのもぼくは見逃していない。

日暮里を後にしたら、次は西日暮里だ。ここも急いでスタンプを捺しに改札へ。
スタンプは「フラウ・ボウ」だった。「フラウ・ボウ、誰だよ」と言いながらスタンプを捺したいところだったが、何となくではあるがこのフラウ・ボウという少女は見覚えがあった。
「この、フラウ・ボウという少女は、『タッチ』で言えば浅倉南ちゃんみたいなポジションなの?」とぼくが期子に聞いた。一瞬だけ考え込んだが、すぐに
「あんなビッチと一緒にしないで」と強い口調で否定された。
ぼくは「非ビッチ」と呟きながら、「フラウ・ボウ」のスタンプを捺した。

続いての田端駅。この駅のスタンプは、「ランバ・ラル」だった。久しぶりに完全に知らないキャラクターのスタンプだったので嬉しくなり、少々ノリノリで「ランバ・ラル、誰だよ!知らねえよ!」と言いながらスタンプを捺した。やはりぼくはガンダムに関しては完全に素人であるという自覚を忘れてはならない、と思い直した。何も知らない素人が必死になってスタンプを集めているという不毛さが良いのだ。

田端が終わり、ここから先は道が二つに別れていた。一つは山の手線で簡単に「田端→駒込→巣鴨→大塚→池袋」と行くコース、もう一つは京浜東北線で「田端→王子→東十条→赤羽」と行ってから埼京線で「十条→板橋→池袋」と戻るコース。
もちろんぼくは後者を選択した。
先に面倒なルートを潰しておくのはスタンプラリー完走の一つのコツだ。ぼくは仕事の都合上山の手線の日暮里~池袋間はよく通る。ここは後まわしで全く問題はなかった。

「期子さん、京浜東北線で北に進もう」ぼくは隣にいる期子を見てそう言った。よく見ると、どこで買ったのか、手には缶チューハイを持っていた。
「あ、呑んでる」ぼくがそう言うと、期子は少々頬を赤らめた。

「ねえ、タケシくん、一つだけお願いがあるんだけど…」

「ん?何?」期子が珍しくもじもじとしている。

「あの…私に向かって、“家まで待てないのか、このアル中野郎!”と罵ってほしいの」

「は?」と疑問符を呈したが、それ以上は期子は何も言わないので、ここは難しく考えずに言われた通りに期子を罵ることにした。期子は公衆の面前で酒を呑むことを罵られたいのだ。このぼくに。

「家まで待てないのか!このアル中野郎!」

「あっ…!あ、ありがとう…!」

一つはっきりした。期子は変態だ。

(続く)

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