実るほどこうべを垂れる
テレビをつけると、NHKで「今夜も生でさだまさし」をやっていた。今夜は京都からだそうだ。
ふと昔の事を思い出した。
京都大学の近くに「学生相談所」という所があった。我々は略して「ガクソー」と呼んでいた。
学生の相談に乗るという名目で存在していたこの施設は、実際には日雇い労働の斡旋所であった。
朝の8時にガクソーに行くと、その日の日雇いバイトの求人票が100枚ぐらい黒板に貼ってあった。
その求人の紙切れをバシッとはがして受付まで持っていくと、「はいじゃー○○時までにどこそこに行ってねー」と言われる。
日雇い労働者の斡旋のシステムと全く一緒なので、集まってくる学生はまともな定期的なアルバイトがきちんと出来ないカスばかりであり
、ガクソーはカスでカスを煮しめたような雰囲気があった。
当時付き合っていた女性に、藪からスティックに「なー、金貸してくれや、一万円ほど」と言ったところ、「金貸してじゃねーよ、まずは働けよ、ガクソー行けよ」と言われ、ガクソーまでのバス代220円を投げつけられたのは今となれば笑い話。そこには私など比べ物にならないほどのカスが跋扈していた。
余談だが、東京大学と並ぶ難関大学である京都大学には、ひどいレベルのカスが多い。京都にいるホームレスの半分ほどは京大卒、という私の取得したデータはそれほどデタラメではないはずだ。東大卒の人間のカス率が3%だとしたら、京大卒の人間のカス率はおよそ30%だ。間違いない。京大はマジにひどい。
さて、そんな風に金がなくなる度にガクソーに通っていた私ではあったが、とある日に胸が熱くなる求人票を見つけた。
「さだまさしコンサート設営&撤去スタッフ募集」
これである。
日当は一万円ほどであったと思う。とにかくむしりとるように黒板からその求人票を奪い取り、受付へと持っていった。
即座に「ぼさっとしてんじゃねーよ、さっさと現場へ行け」と言われ、現場の場所を促された。京都のとあるコンサートホールだ。
私は、正直に言って興奮していた。
憧れのまっさん(さだまさし先生のこと)のステージを作るのに少しでも協力できるなんて!そんなことで少しでもまっさんに近付けるなんて!
そう思うと、作業にも自然と力が入った。
「さだまさしとか知らねーし、誰だよ、今日の仕事だりーな」という学生に向かって、「てめーやる気ねーなら帰れよ!さだまさしなめんじゃねーよ!」と怒声を上げるほどには私は若かった。おそらく誰よりも機敏に働いた。それは中高生の頃にまっさんに激しく強い影響を受けて育ってきたからだ。
設営を終えて、コンサートの合間はステージ脇の道でステージが終わるのを待った。
まっさんが歌う歌声がステージ脇にまで漏れてきた。
あ、『修二会』だ。今度は『まほろば』だ。今日はやっぱり京都や奈良にゆかりの曲が多いな。おおっ、ラストは『風に立つライオン』かよ!やばい!目から汗が!
そんな事を思いながらステージ脇にいた。
ステージが最終盤にさしかかると、ステージ脇の我々「兵隊」には号令が下る。「もうすぐステージが終わりですから、終わってお客さまが退けたらすぐにステージに行って片付けを手伝うこと!具体的には様々な資材をトラックまで運ぶこと!」と。「がってんだ!まっさんのためなら喜んで!」と身体に力を入れる。
アンコールを含めたステージが終わる。
バンドがステージから降りてくる。
向こうからさだまさしがやってくる。
私は目を疑った。
まっさんは、いや、まさし師匠は、我々カスのような兵隊バイトに対して一人ずつ「ありがとうございました、お疲れさまです、片付け宜しくお願いします!」と言って回るのだ。
驚愕だった。
まさし師匠である。
押しも押されぬハイパー芸能人である。
そのまさし師匠が、カスのような人間にも深々と頭を下げるのである。オンステージの話ではない。オフステージの話である。
私はそこで確信した。
「さすが数十億円の借金を返済した人間は、スケールが違う」と。
私がなぜまさし師匠を尊敬しているかと言えば大きく分けて三つの理由があるのだが
・巧みで美しい日本語を音楽に昇華している
・話芸を含めたエンターテイメントとしての芸能の匠である
・莫大な借金を返済している
という三点である。
さすが、10億円を超える借金を返している人間は人間力が違う。
場末のカスのような学生バイトにも頭を下げる。しかも深々と。演技でなく。
只今まさし師匠、清水の舞台で『防人の詩』を歌っていらっしゃいます。
染みすぎて染みすぎてすごいです。
最近のコメント