本八幡の思い出
昨晩はレッスン仕事を終えてから友人達の出演するロックのライブを見に本八幡へ。たまにはロックも良い。スカッとする。
で、その後の事。
気持ち良く小雨がぱらついていたので少し歩きたかったので軽く散歩をしてから帰ることにした。
歩きながら私は昔の事、具体的には私が中学生の頃の事を思い出していた。
今も昔も私が住む小岩から千葉方面に二駅行った所にある本八幡は、私の青春の街である。私は本八幡にあった「加藤道場」という所で柔道を学んでいた。
中学の柔道部の一つ先輩に長沼くんという先輩がいて、彼が中学に入ると同時に加藤道場に通い始めた。つまり学校の部活動との二本立てだ。
彼とは中学に入る前から警察の柔道教室で一緒でその頃から仲は良かった。とても優しい先輩ではあったのだが、身体が大きく全身筋肉のゴリラのような男で、私が中学校で唯一なかなか柔道で勝てなかった先輩だ。
私はもちろん中学に上がると何の迷いもなく柔道部に入部して、一年先に中学に上がっていた長沼くんとも日々稽古に勤しんだが、一年生の比較的早い段階で長沼くんから部活の後に「オレ、これから本八幡の道場に稽古に行くけどお前も一緒に行かねえか?」と誘われた。
今から考えると、柔道の練習でへとへとに疲れた後に「どうよ、今から柔道しねえ?」と誘われるのだから全面的に狂っているが、その頃はそれが普通だった。喜んで私も「行きます行きます!」と首を縦に振った。
一階が接骨院で、その脇の階段を上がって二階に道場があった。初めて足を踏み入れた時の印象は忘れてしまったが、私は加藤道場に通う事をすぐに決めた。
学校の部活動が週に三日から四日ぐらいあって、加藤道場での稽古は週に三日ほどあった。必然的にほぼ毎日が柔道漬けとなる。確かに中学生の時の記憶を辿ると、その半分以上は青畳の上だ。
加藤道場で主に柔道を教えて下さっていたのは二代目の若先生であったが、夕方の早い時間にはその父上である大先生、加藤幸夫先生が稽古をつけてくれる事もあった。これは後にわかったことだが、加藤幸夫先生はグレイシー柔術の祖、エリオ・グレイシーと戦い、敗れた格闘家である。現代の総合格闘技の礎を今から60年か70年か前に築いた方だ。まるっきり歯が立たなかった。べらぼうに強かった。
それは若先生もしかりで、私はここでこてんぱんにやられながら柔道を学んだ。
その加藤道場を見に行ってみようと思い立った。
本八幡駅のすぐ近くからゆっくり歩きながら加藤道場を目指す。
自分でもびっくりするぐらい、その道のりを覚えていた。20年前と街は少し様相を異にしていたが、ああ、そう言えばここに銀行あったなあ、いつもへとへとでこの道を帰っていたな、そんな事が昨日の事のように思い出された。
この角を曲がると加藤道場があって、と思うときには少々愉快な気持ちになっていて、今でもそこで20年前の私のような少年達が「強くなりたい」という気持ちで柔の道に励んでいるのだろうか、と思うと心が躍った。
その角を曲がると、そこには見慣れた建物があった。
しかし、加藤道場はなかった。
一階の接骨院はまだ看板を掲げられていたが、加藤道場の看板はそこにはかかっていなかった。かつて道場の看板が掲げられていた所には、ベニヤ板で蓋がされていた。
私はその場にへたりこんでしまった。
身体中から力が抜けていくのがわかった。
細い路地にへたりこんでその建物を見上げた。比喩ではなく実際に汗と涙と血にまみれたその道場を。
あ、もう、無いんだ。
道場が閉鎖された事は明らかだった。
その寂しさは、親しい誰かが亡くなった時の寂寥に似ていた。
大先生に技をかけても簡単に跳ね返されて「まだまだ」と笑われたな。あの時は「こんなに強いジジイは反則だろ」と思ったな。大会で優勝した時に若先生に「綺麗な一本だったな」と誉めてもらってものすごく嬉しかったな。試合の時に若先生が横から「タケシ!しっかり組め!しっかり投げろ!」と檄を飛ばして下さったから。
負けた時には「練習が足らん。まだまだ練習するぞ。もっと強くなれよ」と声をかけて頂いた。
それは間違いなく私の「青春」だった。
ふと道の先を見ると20年前もそこにあったコンビニがそこにあった。いつも練習が終わると長沼くんとそこのコンビニに寄って二人でジュースを飲んでから一緒に小岩まで帰った。「今日もきつかったですね」と言うと「全然きつくねえから。こんぐらいできついとか言ってんじゃねえよ」と言われて「すんません」と笑った。
先生、結局オレは柔道の世界では箸にも棒にもかかりませんでした。今は何故か音楽家になってしまいました。でも、ここで過ごした時間は、オレにとっては忘れられない大切な時間です。
そんな事を思って、やっとの事で立ち上がって、かつて加藤道場があった場所を後にした。
雨が降っていて傘をさせば良かったのかも知れないが、私は少しだけ雨に濡れたかった。
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コメント
突然の書き込み失礼します。
私も加藤道場で稽古していました。
今から40年くらい前のことです。
あの道場は本当によかった。
受け身をしっかり重点的にやって、
最後に少しだけ乱取りをしてました。
柔道必修化になったとして、自分が教える立場なら、
きっと受け身しかやらせないでしょうね
あの稽古のお陰で、バイクで転倒しても壁に叩きつけられても怪我一つしません。
投稿: 奥 隆博 | 2018年3月26日 (月) 22時08分