5月16日の一人呑み
仕事が終わって家に帰って荷物を置いてから少々自宅でダラダラしてからの一人呑みへ。
以前より一人呑み自体は好きだったが、最近はとみに好きだ。一人呑みに出る時には何とは無しにワクワクする。
そういう時は基本的には誰とも話したく無いので、店員が気軽に話しかけてくる雰囲気の店には行かない。放っておいてくれる所が良い。
また、地元で呑んでいるとどうしても知り合いに遭遇する可能性はあるが、会ったら会ったでそれはそれ。出来れば独りが良いけれど、約束も何もしていない知人とばったり会うのはそれはそれで悪くない。なるべく会わないような店はチョイスするけれど。
誰にも気を遣わずに、自分の食べたいものを自分のペースで食べて呑んで。それだけでも充分に楽しいのだが、最近私はそれだけとは別の理由でも一人呑みを欲している。
思考の整理、リセットが主たる目的だ
私の場合は言語化して俯瞰する事で思考が整理され、その結果として感情がリセットされていく事が多い。こうしてブログなんかをずっと書き続けていられるのもそういった傾向のせいなのかも知れない。
私の場合、何かしらの出来事に対峙した時に、即座の判断ではその判断の基準として論理よりも感情が勝る事が多い。つまり起こった出来事に対して「良かった!」とか「ムカつく!」とか「悲しい!」とか、自分のその瞬間の心の動きを基準に判断を下す事が多い。私の場合と書いたが、大多数の人間はそうなのではないだろうか。最初から完全に俯瞰して論理的に考えられる人間がいないとは思わないが、そんな人間は良い意味でも悪い意味でも気が狂っている。絶対数はあまり多くない。
で、瞬間の感情で判断した最近の出来事を思い返して、はて、あれはどんな事態だったのだろうともう一度考え直すのだ。
最近あった事としては、仕事の事やプライベートの事なので詳細はここには書けないが、「テメエ、オレに何か恨みでもあんのかよ!何だよその嫌がらせは!」と激しくムカついた件が一件。それから「ちょっと調子良いあたりで欲張るから人間は失敗するんだね、アホだね、オレ」と自分を嫌悪した件が一件。この二件が自分の心に残っている。
いずれにしても「ざけんな」という感情と「しょぼん」という感情、自らの心の動きによって物事を判断してしまってそれでネガティブな感情で完結させてしまっているので、ゆっくりと言語化して頭の中で考えす事で「あれもこれも仕方がない」→「ま、しょーがねーか」というような方向にシフトさせていく事によってネガティブをポジティブに持っていくのだ。
マック赤坂氏が党首を務める「スマイル党」の理念と一緒である。
こういう事によってまた明日からお気楽に生きていく事が出来るので、一人呑みは私にはなかなかに重要度の高い行為だと言える。
しかししょっぺえなあ。
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