自らの言葉で立つ
昨年にニュースで野々村元議員や佐村河内氏や小保方氏が叩かれまくっているのを見て、何かしらの違和感を覚えた人間というのは私だけではない筈だ。
昨年のそれらのケースに限らずであるが、「わかりやすい悪役」が登場した時に嬉々として彼らを叩く「正義の味方」に私はいつも辟易している。
「あいつは極悪人なんだ」と説明を受けた時、或いは逆に「あの人ほど素晴らしい人はいない」なんて言われた時、生来のアマノジャクなのかも知れないが「ホントにそうか?」と疑ってかかる私がいる。
絶対的な善、もしくは絶対的な正義。そういうものは根本から信じていない。またそれに近しいレベルで絶対的な悪というものもあまり信じていない。
だから上記の野々村氏や佐村河内氏や小保方氏の件の時に、彼らが何かをやらかしてそれで世間から叩かれているという事はぎりぎりで理解出来るとしても、「彼らの事を擁護する人間は頭がおかしい」というロジックには全く共感出来ない。擁護はしないにしろ、別段取り立てて彼らを叩きたくはない。もちろんそこには「だってオレは別に迷惑を被っていないし」という他人事の論理もあるのだけれど。
昨夜、先日NHKで放送されていた吉本隆明の特番を録画したものを見た。
とても面白かったのと同時に「そうか、オレはやはりこの人の影響を色濃く受けているのだな」と実感した。
番組の中盤で紹介された吉本の著作に『「反核」異論』というものがある。
この著作に垣間見る吉本の姿勢こそ「ホントにそうか?」の究極的なものである。
詳しい内容はここでは避ける。気になる方はこの本を読んでほしい。むちゃくちゃ面白いから。なおかつ吉本の著作としては随分読みやすい部類に入るから。
吉本は反核運動に噛み付く。「反核の連中、お前ら何か間違ってねえか?」といった具合に。その事によって吉本は文壇や論壇から叩かれまくった。「あいつは核兵器に賛成している人間だ」、或いは「あいつは戦争肯定派だ」と。
ちゃんちゃらおかしい。臍でTeaが沸いてしまう。
吉本が批判したのは、そのような「反対意見に対して排外的であり盲信的である連中」なのである。吉本は核兵器を推進などしていなければ戦争を推進している訳でもない。「反核運動のキモチワルさ」に対して疑問を投げかけているのだ。
これが冒頭に紹介した昨年の野々村氏佐村河内氏小保方氏などの糾弾ニュースにキモチワルさを感じた事にも似ている。
・みんなが「あいつは悪い事をした」と叩いている
↓
・自分もあいつらを叩いておこう
↓
・あいつらを擁護する人間は頭がおかしい
このようなロジックは
・核兵器はけしからん
↓
・核兵器に反対しないやつはヒトデナシだ
このようなロジックにとても似ていると思うのである。
多くの人が「あれは素晴らしい」と賞賛している時、または「あれはけしからん」と叩いている時。ほとんど思考の習慣みたいなもので私は「ホントにそうか?」と思うクセがある。
みんながそう言っているから、というのは私にとっては意思決定の根拠にはなりえない。
また、意思決定の結果に出てきた自分の態度を他者に同調してもらいたいとは思わない。
吉本は核兵器には反対の態度を取っていたが、核エネルギーという事で言えばどちらかと言えば肯定的な立場だった。
対して私個人の意見で言えば、私は核兵器はもちろんだが核エネルギーに関してもおよそ反対である。エネルギーの規模として人間には少々「度が過ぎて」いると思っているからだ。
しかしこれに関しては私と違う意見があって良いと思っている。様々な意見が無ければいけないとすら思っている。
私は原発に反対であるにも関わらず、日本国民の全てが(少なくとも現在の状況下において)原発反対の態度を示すようになったらキモチワルいと思う。
そんな考え方は、おそらく吉本の影響を強く受けている。
この番組、NHKのEテレで今週の17日に再放送らしいです。
むちゃくちゃ面白いです。是非見て下さい。
今の社会に必要なのは吉本隆明のような思考手順なのだなと思いました。
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コメント
フクちゃんの日記
面白いね!
投稿: ショータロー | 2015年1月14日 (水) 15時51分
ショータローさんへ
ありがとうございます。毎日ショータロー日記もチェックしてライブ行こうとしてるんですが、予定がなかなか合わない。こないだ予定が合う日があって調べたら静岡の楽器屋だったので遠すぎて断念しました。近々必ず行きます。
投稿: ふくしまたけし | 2015年1月14日 (水) 17時41分