(昨日書いたので)
七夕である。
七夕であるが、これといって空に願うような事もない。
あえて言えば「ヤニで汚れた歯を綺麗にしたい」と「やせたい」であるが、歯に関してはさっさと歯医者の予約をすれば良いだけであるし、デブに関してはここの所サボり気味なジム通いを再開する以外に無い。
自分の力でどうにでもなる。
七夕に関してのどうでも良い妄想を一つ。
アルタイル(牽牛星)とベガ(織女星)が年に一度、7月7日の日にだけ天の川を越えて会う事が出来るといういにしえよりの伝説。
「そんなの無理じゃね?」
高校一年生の時点で数学がキレイサッパリわからなくなったが為に文系に行かざるを得なかったほどに理系音痴な私である。そんな理系の知識に乏しい私のザレゴトとして聞いて頂きたい。
「七夕伝説って無理じゃね?」
・まず、ベガとアルタイルの距離は約15光年である。
・1光年というのは光の速度(秒速約30万キロメートル)で一年間移動し続けた距離である。今ざっと計算したら1光年=約9兆5000億キロメートルと出た。とてつもない距離だ。
・という事は、仮にベガとアルタイルがお互いに向かい合う方向に光速で移動し続けた場合、15(光年)÷2=7年半でやっと巡り会う事になる。
・なおかつ、会ったは良いものの、お互い所定の位置に戻って行くには再び7年半を要する。
・所定の位置に戻ってからすぐに再び逢瀬の場所に向けて出発したら、また7年半かかる。という事は実際に会えるのは15年に一度。
・光よりも速い速度で動けば一年に一度の逢瀬は可能では?と考えるもそれは無理。光速度不変の法則により、光を越える速度は存在しない。
・唯一気になるのは光速に近い速さで動く物体は流れる時間がゆっくりになるとかナントカいうのがあるのでその辺がむにゃむにゃしてアレすると、1年とはいかないまでも12年に一度ぐらいは会えるようになるのか?という点。
・ただし、会ってすぐに別れて所定の位置に戻ってまたすぐに再出発して、というのは非現実的。彦星も織姫もそれなりにやる事はあるだろうし、移動してばかりはいられない。
・そう考えると二十年に一度会える、というのが現実的なライン。一年に一度は無理。
・そういえばここまで彦星と織姫が光速に近い速度で動いている前提で話をしていたが、そもそもそんな事は無理なのでは?という声にはビタイチ耳を傾けない。メルヘンの世界ではそれはアリだ。彼らは光速に近い速度で動く事が出来る。
という訳で結論であるが、彦星と織姫は二十年に一度会う事が出来る。
五年会わなければ人は大きく変わるというのに、まさかの二十年である。
私は現在34歳。今年35歳。という事は、もし今日、二十年ぶりに誰かと再会するという事は、私が14〜15歳の時分、つまり中学生の時の知り合いに再会するというような事になる。
そういった事を踏まえて。
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『七夕物語』
星彦が電車の座席で向かい合った女性の顔に違和感を覚えたのは彼女を一瞥した自らの視線を一度逸らしてからだった。虚空を眺めながら今日の仕事の段取りを頭の中で組み立てる。その時に思考にノイズが混じる。
あれ?俺はこの女性を知っている?
すぐにそんな疑念が湧いた。
恐る恐る再び視線を女性に戻すと、その刹那、星彦と女性の視線が交錯した。
女性の顔にもすぐに困惑の色が浮かんだ。星彦は確信した。目の前の女性は織絵、中学の同級生だった部賀織絵(べがおりえ)なのだと。
織絵も記憶の糸を手繰りながら困惑していたようだが、しばらくしてから記憶の中から星彦の存在を見つけ出したようで破顔した。
二人はそのままに言葉を交わしはしなかったが、電車が次の駅に着き星彦が座席から腰を上げると、織絵もそれに続いた。
ホームに降り立った二人はそこで初めて言葉を交わした。
「織絵…さん」
「久しぶりね、星彦くん」
「この駅で降りて良かったの?」
「どこで降りても大丈夫よ。今日は特別にどこかへ行こうとしてた訳ではないし。ただちょっとブラブラしてただけ」
その言葉は星彦を気遣うようでもあった。
「ぼくは仕事まであと一時間ぐらいあるんだ。良かったらどこかでお茶でもしながら少し話をしないか」
星彦がそう尋ねると織絵は頷いた。初夏のけだるく生暖かい風が二人の頬を撫ぜた。
改札をくぐってすぐに目についた喫茶店に二人は入って行った。二十歳前後と見られる若いウエイトレスが注文を取りにくるまでは奇妙な沈黙が続いた。星彦は紅茶を頼んだ。織絵はコーヒーを頼んだ。
「男女の頼む注文としては、普通は逆かもね」と織絵が口を開いた事で沈黙は破られた。
「好きなんだ、紅茶が。確かに男には珍しいかも知れないけれど」星彦は少々気まずそうにそう答えた。
「二十年ぶり、かしらね」
「中学を卒業してからだから。うん、そうなるね」
「この間、と言っても二年か三年くらい前だけど、白鳥くんに会ったわ。覚えてる?白鳥くん」
星彦は頷いた。
「覚えてるよ、白鳥出根舞(しらとりでねぶ)。三年生の時の理科の先生が教室を見渡して、この教室にはベガとデネブがいるからあとはアルタイルさえいれば、なんて言った時に…」
「そう、あなたの名前が出て来たのよね、有田星彦(あるたほしひこ)くん」
「先生が妙に興奮してたっけ。夏の大三角形完成!とか言ってね」
「懐かしいわね」
「白鳥は元気だった?」
「うん。小さなお子さん連れてた。男の子二人。やんちゃそうな感じの」
「そうか。あいつももう父親か…」
星彦がそう言って息を深くついていると、テーブルにコーヒーと紅茶が運ばれて来た。若いウエイトレスは自分で注文を採っておきながらコーヒーを星彦に、紅茶を織絵の前に置いた。
「やっぱり思い込みってあるんだね」ウエイトレスが離れた後に星彦はそういって目の前の二つのティーカップの位置を入れ替えた。
他愛のない世間話に一石を投じたのは織絵の方だった。
「手紙…まだとってある…」星彦の目を見ずにそう言った。
「うん…」頷いてからゆっくりと紅茶を一口含んだ。
「ぼくも…とってある…」
二人の記憶が、いつの間にやら青い時代へと戻っていった。
中学を卒業してから星彦と織絵は別の高校へと進んだ。織絵は地元の地区では三番目に難しい公立の進学校に進み、星彦は故郷からはだいぶ離れた全寮制の高校へ進んだ。
織絵から手紙が来たのは、星彦が故郷を離れて二年目の事だった。丁度今と同じような初夏の陽気の頃だ。
手紙には、中学時代の担任の教師が癌になり、それを励ます為に当時の同級生みんなで寄せ書きを書いて送りたいから協力してほしい、と書いてあった。星彦は、すまないけれども自分がすぐに実家には戻れない事、しかしその申し出には協力したいので寄せ書きの色紙を郵送してほしい旨を書いた。
暫くしてからすぐに織絵から色紙が郵送されてきた。嘗ての同級生たちが元担任に励ましの言葉を書いていた。空いたスペースに星彦も「早く良くなって下さい」と平凡な言辞を連ねた。星彦自身もその教師には世話になったし、良い印象を抱いていたが、それ以上の言葉はその時には出てこなかった。色紙を再び大きめの封筒に入れて、織絵に送り返した。
その年の暮れに再び織絵から手紙が来た。件(くだん)の教師は手術に成功し、今は順調に回復に向かっている、と書いてあった。後からわかった事だが、今でもその元担任教師は健在であるらしい。それから、織絵自身の事が少し書いてあった。大学進学に向けて今は自分の興味のある事をもう一度見直しているという事、最近聴いている音楽の話。そんな事が。
筆不精な星彦ではあったが、時間を見つけてその手紙に返事を書いた。寮の中の話。たまに思い出す故郷の事。
二か月に一度ほどのペースでその手紙のやり取りは続いたが、高校を卒業する頃になってどちらからともなくその文通は終了した。それ以降、この二十年後の再会に至るまで二人の間には何もなかったが、星彦は織絵から手紙が来るのを秘かに楽しみにしていたから、そのやひり取りがなくなった事を寂しく感じていた。織絵もそうだった。二人の間には、極めて淡い恋心のようなものがあった。
「今は、何してる?」星彦が口を開いた。
記憶のタイムスリップから現実へと戻ってきた織絵は一瞬躊躇いがあったようにも見えたが、すぐにそれに答えた。
「五年前に結婚して…仕事はしてる。今も」
「子供は?」
そう聞くと織絵は黙って首を振った。
「星彦くんは?」
「ぼくも何年か前に結婚した。やっぱり子供はいない」
そう、と言ってその話はそこまでになった。
二十年も経てば人は変わる。容貌も、環境も。季節は同じように二十度移ろい、新たな命が生まれる事もあれば、滅する命もある。
二人はその後簡単な近況報告をして別れた。またどこかで、と言いながら。
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二人が再会を果たしたのは、奇しくもその二十年後であった。
同じようにすぐ近くの喫茶店に入り、お互いの事を話し合った。
相変わらず星彦は紅茶を、織絵はコーヒーを注文し、二十年前と同じようにウエイトレスは逆の位置にそれぞれを置いた。
星彦は先日父が他界した事を話し、織絵は数年前に離婚したことを話した。
55年も生きてりゃ色々あるね、そう言って二人はまた別れた。
その時には、二人はまた二十年後に会おう、と約束した。
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「おひさしぶり、星彦さん」
「おお!織絵さんじゃないか!」
「お互いおじいちゃんとおばあちゃんになっちゃったわね!」
「あんだって!?わしゃあ今は耳が遠くてのう!」
(了)
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