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2014年2月12日 (水)

大人になるという事

リハーサルを終えて、本番まで中途半端に時間が空いた。家に一回帰ると家滞在が一時間弱で再出発しなくてはならないので帰るのもちょっと。こんな時にギターやら管楽器やら持ち運べる楽器をやっている人が羨ましい。どこででも練習できるから。

という事で久しぶりにネットカフェに来た。ブログを少し書いて、で、出来れば仮眠をとって。そんなつもりで。

「大人」とは何なのだろう、と考えた。

このブログを書き始めた時にはおそらく私も25歳か26歳かそれぐらいで、今は34歳だ。その頃に比べれば私も少しは大人になったのかも知れない。

あれから何年経った事だろう。高校も出たし、大学も出た。今じゃ機械の世の中で、おまけにぼくはエンジニア。苦労苦労で死んでった母ちゃん見てくれこの姿。

おっと、嘘をついてしまった。私はエンジニアではないし母親もまだ死んでいない。これは美輪明宏の「ヨイトマケの歌」の歌詞ではないか。いけないいけない。

まあ取り敢えずこのブログも書き始めてから10年近くが経ったワケだ。その間に私が変わった事と言えば、職にありついた事と結婚した事と腹が出た事ぐらいだろうか。大人になっているかどうかはさておいて、少しずつ「変化」しているのは当たり前な事実だ。

しかしつい先日、圧倒的閃きによって(俄かに鼻がとんがったりだとか周囲がざわざわしたりしながら)私はわかってしまった。「大人である」とはどんな事なのか、と。そして私はまだ「大人」でない、という事に。

驚くべき事実であり、そして圧倒的な真理である。

心して読んでほしい。

「大人」とは…

もり蕎麦を綺麗かつスマートに食べられる人間の事を指す。

これが大人の条件だ。異論は認めない。パソコンから更新しているので珍しくフォント変換まで使ってみた。

仮に・・・・・・    この国・・・      
いや・・・ そんなスケールでなく・・・・・・
ユーラシアからヨーロッパ、北米、南米・・・
それこそ この世界中の全ての国々を支配するような・・・・・・
そんな怪物・・・・・・!  権力者が現れたとしても
ねじ曲げられねえんだっ・・・・・・・・・!
自分が死ぬことと・・・・・ バクチの出た目と、大人の条件はよ・・・・・・!

私は大人ではない。圧倒的に大人ではない。

なぜなら私はっ・・・!もり蕎麦を食べるのが下手だからだっ・・・!

いつになったらあれを美しくスマートに食す事が出来るのだろうと思うのだが、いつまで経っても出来ない。

まず、つゆのセッティングからして私などはなっちゃいない。小さな湯呑み茶碗のようなつゆをいれる皿につゆをいれる。ここにネギ、わさびなどの薬味を投入していくのだが、これもついつい入れすぎてしまう。だってたくさん入れた方が美味いんだもの!あと「お好きにお入れ下さい」なんて書いてあるのにちょびっとしか入れないなんて勿体無いじゃないか!私の根っからの貧乏性がそれを許さないのだよ!

こういった具合にして見た目に随分不恰好なつゆが完成する訳だが、その後が一番の難関だ。

「蕎麦をいかに箸で掴むか」

これに関しては私は自らを素人同然だと思っている。

普通に箸でがさっと掴むとそこから更に蕎麦が絡まってついてきて、予想以上の量の蕎麦を掴んでしまう事になる。これをつゆにつけると、つゆが皿から溢れてしまう。まさに地獄絵図だ。更にはつゆの皿に入り切らなかった蕎麦の先を手でつまんで入れたりなどしてしまう。ものすごく行儀が悪い。

かといって少量だけをつまむと、蕎麦が5本だけみたいになってしまい食べるのにものすごく時間を要してしまう。またつゆが過度に蕎麦に絡んでしまうのでしょっぱくなり過ぎてしまう。これも非常によろしくない。

また先ほどのつゆのセッティングのまずさがここに来て追い討ちをかける。入れ過ぎたわさびが喉の気管の辺りに入ってゴホゴホと噎せてしまうのだ。格好悪い事この上ない。

自らを恥じ、そして己の無力さを痛感しながらもり蕎麦を完食したその後にも難関は待っている。「蕎麦湯問題」である。

つゆに蕎麦湯を入れて最後につゆを啜って身体を温めるのは蕎麦食いの欠かせない魅力であるが、この蕎麦湯に関しても私は適当な量がいつもわからない。入れ過ぎてしまう。

何だったら最初に蕎麦湯で薄めたつゆ、この時の状態はつゆ:蕎麦湯が1:1の「ハーフ&ハーフ」状態であるのだが、これを半分ほど飲んだ後に、更に蕎麦湯を投入、つまり1:3の割合になった状態で飲んでしまう。私はこの1:3の状態が好きなのであるが、これを初めから作るにはどうしたら良いのか皆目見当もつかない。

私はいつももり蕎麦を食べ終えて蕎麦屋を出る時には、本割で負けた後の高見盛(現振分親方)よろしく肩を落として敗北感にまみれながら店を出る。そして痛感するのだ。「私はまだまだ大人ではない」と。

いつか私も大人になれる日が来るのだろうか。

蕎麦を小粋に啜りながら、大手を振って店を出れる日がやって来るのだろうか。

それが出来て初めて「自分は大人になった」と実感する事が出来るだろう。

さて、下らない事を書き綴ったので、30分ほど寝る。

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