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2013年10月12日 (土)

韓国記4

私が何故韓国へ旅行しようと思い立ったかと言えば、加平(ガピョン)という所で行われる「Jarasum Jazz Festival」というイベントにおいて私が最も尊敬し、そして心底より愛してやまないピアニスト、Abdullah Ibrahim(以下アブさん)が演奏をすると知ったからだ。

ジャズフェスティバルは3日か4日間ほど開催されていて、10月3日がその初日だった。アブさんの出番はこの初日だけだった。

「わざわざライブを観に韓国まで?」と言われるかも知れないが、韓国が最も手軽だったのだ。アブさんのHPに記載されている年内のスケジュールを見たならば、ライブをする予定地がイタリアだのスイスだの南アフリカだのと、ものすごく遠い所ばかりだったのだが、そこに一つだけ韓国が予定されていた。「イタリアとかアフリカに比べりゃ韓国なんて近所みてえなもんだろ」と思って韓国を目指した。行ってみてわかったが全然近所ではなかったが。

私は私で10月1日と10月4日にはライブの予定が入っていたので、「2日の昼に韓国に着いて4日の朝に日本に帰る」という強行スケジュール以外は許されていなかった。しかし、そのスケジュールならば行けなくはない、ならば行く、そういう思考回路だった。

梨泰院から加平までは電車で約二時間ほど。前日に「電車の中で携帯で会話をする韓国人」に文化の違いを感じた私であったが、この梨泰院→加平間の電車の中では「電車内に自転車を乗り入れまくる韓国人」に圧倒された。

電車で吊り革に掴まって立っていたら一組の韓国人カップルが自転車を車内に持ち込んで来た。「へえ、韓国の電車は自転車を載せて良いんだ」と思ったのもつかの間、次の駅、更に次の駅で自転車がばんばん搬入された。車輌の一部が駐輪場と化した。何じゃこりゃあ!と「太陽にほえろ!」のジーパンよろしく思ってしまったのも無理はない。電車の車輌面積の約半分を自転車が占めているんだもの。

日本では決して味わう事のない、奇妙な満員電車を味わいながら加平へ着いた。

加平駅からジャズフェスティバルの開催地までは徒歩15分ほど。この加平という土地は悪い意味でなく「田舎」だった。日本で言うと長野県辺りの村、といった具合か。初めて行く場所なのに何となく懐かしさを感じてしまった。

私は勝手な思い込みをしていて、大きなコンサートホールみたいなものが村の真ん中にででんとあってそこに様々なアーティストが出演するのかと思っていたのだが違った。

いわゆる「野外フェス」だった。

だだっ広い広場(東京ドーム約10個分)に幾つものステージが設営され、そこに著名なジャズミュージシャン達がかわるがわる登場するという感じ。「フジロックじゃん」と思った。フジロックは一回も行った事がないが。

早めに着いてしまっていてイベント開始までは随分時間もあったので、屋台で韓国風焼き飯みたいなものを食ってからビールまで一本呑んだのだが、全然時間も経たないので、その辺の路上で寝た。

気温は低いのだがモロに直射日光、という暑いんだか寒いんだかわからないような状況で二時間ほど寝たので、汗だくになりながらも「ウォウ、めちゃ寒い!」という訳がわからない感じで目が覚めた。

起きた時にはぼちぼちイベントがスタートしていて、メインステージの一つではよくわからないバンドがよくわからない音楽をやっていて、客も適当に盛り上がっていた。

私はもう一つのメインステージに向かった。アブさんが出演するステージだ。

アブさんの前には二つのバンドが出演して、アブさんの後にはラリー・カールトンという超有名ギタリストのバンドが出演する、というのがそのステージのタイムスケジュールだった。ラリー・カールトンというギタリストは本当に超有名で、私のような「最近のジャズ」に完全に疎い人間でもその名前は知っている。きちんと聴いた事は一度も無いが。

メインステージに到着して、演奏が始まるまではまた寝ていた。寝てばっかりだ。だって仕方がない。やる事がないんだもの!なおかつ喋る相手もいないし!しかし本当に「お一人様」がいなかったなあ、自分以外に。

目が覚めてしばらくしてから一つ目のバンドを観た。この「Jarasum Jazz Festival」では毎回コンペが行われるらしく、前回のコンペの優勝バンドという事だった。韓国人の若いお兄ちゃん達のギタートリオ(ギター・ドラム・ベース)だった。

最初の一曲ぐらいは「お、なかなか上手いなあ、心地好い」と感心しながら観ていたのだが、二曲目以降は完全に飽きた。正直に言えば「早く終わんねえかな」ぐらいに思っていた。それでも最後まで聴いたけれど。

続いて登場したのは白人のおじいちゃんトランペットのバンド。見るからに「全員超ベテラン」といった雰囲気だった。客席も「いよっ!大御所来ました!待ってました!」という感じで盛り上がっていた。

これはどんなもんだろと思って観ていたが、一曲目の途中で飽きた。何なのあの脆弱なビート。それから電子音まみれのサウンド。アホなの死ぬの?そう思って寝た。また寝た。寝てばっかりだ。

白人おじいちゃんトランペットバンドは私の心の琴線には1mmも触れなかったが、終演後にはかなりの盛り上がりようだった。別段、人が「良い」というものを悪く言いたい訳では無い。私にその音楽を理解する耳がなかっただけであるし、または好みもある。こればっかりは仕方が無い。

しかしここまでに幾つかのステージを観て、「なるほど野外フェスの雰囲気とはこんな塩梅なのか」と理解する所もあった。酷く貧困なボキャブラリーによる表現になるが、ノリノリ・アゲアゲ・アッパー系の音楽がそこまでに聴いた殆どだった。

アブさんの出番を直前にして、私は勝手に一つの心配をしていた。

アブさんの音楽はそういった「ノリノリ系」の音楽とはかなり異なる。深い海の底や、雄大で静寂たる大地を思わせるような静謐で深度の高い音楽だ。このような場所(野外フェス)にうまくマッチするのだろうか。そんな事を考えていた。

程なくして様々な楽器達がステージから片付けられ、グランドピアノだけが一台運び込まれた。

そしてアブさんがステージに現れた。

(韓国記5に続く)

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