韓国記2
どこまで書いたっけと思って昨日の日記を見返した。
そうそう、街中で見つけた現地人向けの食堂に迷わず突入した所まで書いた。
迷わず突入した。
そこは予想通りに現地の韓国人向けの食堂で、英語も日本語もビタイチ通用しなかった。
「一人です」というジェスチャーとして人差し指を一本突き上げてみたらばそれが通じて奥の席に通された。私は内心ヒヤヒヤしていたのでホッとした。ジェスチャーというのは国によって異なるからだ。
日本において新卒のサラリーマンが会社の近くのレストラン乃至居酒屋で、友達以上恋人未満な感じの女友達と二人で食事をしていたとする。これは彼にとってはまさに関ヶ原だ。天下分け目の決戦だ。目の前の娘さんとねんごろになる為には会話の中の単語一つに関しても微に入り細に渡って注意を払わなければならない。
「何て言ったっけ、あのスイスとフランス両国にまたがる中央ヨーロッパで二番目に大きな湖、名前が出て来ないなあ、ど忘れしちゃったなあ」と女子の前でのたまって
「レマン湖でしょう?うふふ。レマン湖…?レマン湖…アンタ!何言わせんのよっ!!」などとなっては目も当てられない。完全に御破談フラグである。
こうならない為にも新卒サラリーマン男子は「ホットドックプレス」で特集されていた「女をオトすモテ男の会話術」に書いてあったモテワードを駆使し、ロマンティックでリリカルでオーガニックな会話をする為に粉骨砕身する訳だ。どんな会話だか知らねえが。
そこへ全てをブチ壊す悪魔が登場する。
部長である。
「彼が通った後は全て焼け野が原、草も生えない。全てを壊しつくす破壊神」でお馴染みの部長である。
新卒サラリーマン男子はその瞬間に己の計画性の杜撰さを呪う事だろう。
「しまったあああ!そういえばここは会社のすぐ近く!部長とバッタリ遭遇なんて事も想定の範疇!何をやっているんだオレはああああ!」と。
「あ、部長、お疲れ様です…」などと会釈をした瞬間に食い気味に駆け寄る部長。
「何だねチミィ!チミも隅に置けないねえ!こちらのキレイな女性はチミのコレかね?コレ?」と言って行うお決まりのジェスチャーがある。そう、右手に拳を作りその裏拳を相手の側に見せ、小指を一本突き立てるタイプの「あのジェスチャー」である。
このジェスチャー、日本では「恋人の女性」を意味するが、インドでは「厠(かわや)」を意味する。所変わればジェスチャーの意味も変わるのだ。
といった具合に上記の寸劇は「ジェスチャーには地域差がある」という事が言いたかったのであるが。
なので私も食堂に入った時に「一人です」というつもりで人差し指を上に掲げたのだが、このジェスチャーが「韓国人よ、天に還る時が来たのだ」というラオウに対峙した時のケンシロウ的なニュアンスを持っていたらどうしようなどとヒヤヒヤしていたのだが、そういった誤解を招く事無く席に案内してもらう事が出来た。
店員の中年女性がメニューを持ってきてくれたのだが、全てハングル語で書いてあるので何が書いてあるのかはまるでわからない。
こういう時に私は無駄にワクワクしてしまう。よし、あてずっぽうに注文しよう、と。
幸いにして値段は書いてあったので、お手頃な5000ウォン(500円ぐらい)のメニューを指さして「これジュセヨ」と言ってみた。ジュセヨは「下さい」の意味だ。多分。
頼んだ料理がやってくるまではなかなかにドキドキものだ。異国の地であてずっぽうに注文したら何が来るのだろう。私には殆ど食べ物の好き嫌いはない。大体のものは美味しく頂ける。甘いモノが死ぬほど嫌いなぐらいだ。あんこも生クリームもチョコレートも大嫌いだ。もしそれらが出て来たならば、きっぱりと敗北を認めてそれらを涙目で完食しようと覚悟を決めた。
待つこと数分。目の前に出て来たのは、かなり見覚えのある料理だった。
「キ、キムチチゲ…?」と私が聞くと、店員のオバチャンは「いかにもいかにもキムチチゲ」と頷いた。
あろう事か私はあてずっぽうでメニューを指さしたにも関わらず、「韓国初心者の日本人旅行客が手堅く注文する韓国料理ベスト3」のぶっちぎりでトップにランクするキムチチゲをば頼んでしまったのだ。
何たる不覚!オレとした事が!
そう狼狽したのもつかの間、目の前の石鍋の中でグツグツと煮えたぎるオレンジ色のあんちくしょうに、私はゴクリと固唾を呑まずにはいられなかった。
出て来たキムチチゲは石鍋に入ったそれだったが、その周りを五つの小さな銀皿が囲い、そこには大根キムチだのニラの漬物だのが鎮座ましましていた。
どれから行くか。「迷った時には本丸から攻めよ」という格言を思い出し、いや、そんな格言は無いのだが、その場で適当に作り、私は本丸であるキムチチゲに匙を延ばした。
烈火の如く赤く煮えたぎる石鍋。そしてその中で可憐に震える真白き豆腐。それにそっと匙を入れる。
そろりと口に入れる。その刹那の事である。
「むっはああああ!何ですとおおおお!」
思わず叫びそうになってしまった。
キムチの酸味、辛味、そして野菜の甘味、それらが渾然一体となって口の中でとろけ合う。後から唐辛子の刺激がガツンとやって来る。
「テーハミング!ドドンドドンドン!テーハミング!ドドンドドンドン!」
私の頭の中で韓国サポーター達がナショナリズムを爆発させた。
「お前ら頼むから日の丸焼いたりすんなよ!色々揉めるから!また!」
そうツッコむ事は忘れなかったが、私の頭の中では「テーハミング!ドドンドドンドン!」の人達が恍惚とした表情で「美味いニダー…美味いセヨー…」と口々に歓喜の声を上げていた。
これまでに食べたどんなキムチチゲよりも美味かった。間違いなく美味かった。
流れるような所作で続いて周囲の小皿に手を出した。
キムチを一口食べて全てに合点がいった。キムチ自体が異常に美味いのだ。それのせいでキムチチゲも美味い。日本のスーパーで買ってくる安価なキムチにありがちな嫌らしい甘味や、化学調味料の味が殆どしない。何を原料として漬け込んでいるのかは知らないが、キムチそのものが激しく美味い。
余りの美味さに「竹島…くれてやっても良いかも…」なんて考えそうになってしまった。
いかんいかん!竹島はやらん!
今回はプルコギなどを食べる機会がなかったので、まだ私の中では竹島はくれてやれない。プルコギとサムギョプサルの美味いやつを連チャンでいってしまった時には「ほしいの…?竹島…でもなあ、ウチのもんだしなあ…でもほしいんでしょ…?サムギョプサルにプルコギにサムゲタンまでつけちゃうの…?うーん困ったなあ…そんなに欲しいの…?じゃあちょっとウチのボスのアベちゃんに聞いてみるね…」ぐらいにはなってしまうかも知れない。
人を迷わすキムチチゲの魔力。しかと堪能した。
路地裏散歩を堪能した後に、私はジャズのライブに向かった。宿の近くにジャズクラブを一件見つけたので、そこで行われるライブに向かったのだ。
(「韓国記3」に続く)
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コメント
小さい時は甘い物も好きだったのにねぇ。
うちに来るとお菓子のかごにまっしぐら。
甘いも辛いもとにかく食べてたのに。
どんなに料理がおいしくても竹島はやらん。
絶対にやらん。
平和は難しい。
投稿: ぴょん | 2013年10月11日 (金) 00時39分
ぴょんちゃんへ
いつから甘いものあまり食べなくなったかと思い返すと、多分運動しまくりカロリー消費しまくりで炭水化物命だった中学生ぐらいから。甘いもの食べたらその分米が食べられなくなるじゃんという感じで。しかし韓国のキムチはチョンマルマジッソヨだったよ。
投稿: ふくしまたけし | 2013年12月 2日 (月) 20時24分