今夏の野望
近頃会う人会う人から言われるセリフがある。
久しぶりに会った人など確実にそうなのだが、曰く、「太ったね」と。
いや、この場合当てる漢字は「肥ったね」の方がそのニュアンスをよく表しているのかも知れない。
それに対する返答は「はい、肥っています」の一択である。他の返答は許されていない。
私はもっぱらデブとしてのアイデンティティを確立した上でデブとしての矜持(人に見られながらご飯を食べる時にはそんなに腹が減っていなくても大盛りにする等)を持ちながらデブとしてこの浮世を重々しくも軽やかに生きる事を決意している。
多分もうすぐオーバーオールしか着なくなるだろうし、洋服は全てライオン堂でしか買わなくなる。
直近で私が書いた詩(ポエム)に「脂肪と共に生きる決意」というものがあるが、これは日本の詩の世界に革新的な衝撃を与え、様々な方面より賞賛の嵐を受けている作品だ。この作品こそが日本のポエム界のエポックメイキングとなるようなものなのである。
ただ一つの問題点は、私が「そのような作品を書いた」と軽々しく嘘をでっちあげている点だ。そんなものはビタイチ書いちゃいない。何がエポックメイキングだ。
さて、かように絶賛肥満中の私であるが、本音を言えば、痩せたい。一も二も無く痩せたい。ベルトの穴が五つ目でも緩かったあの頃に戻りたい。ちなみに今はベルトの穴は一つ目でキツイ。過ぎ去った日々は、実に遠い昔の話なのである。
なのでこの夏、私なりにダイエットに励んでみたい所ではあるのだが、何をして良いのかが皆目見当がつかない。
まず肥満の最大の元凶であるものが何であるのか。そこに関しては目星がついている。恐らくそれは酒だ。アルコールに違いない。
これをやめれば全ては丸く解決するのであるが、それは完全に無理であり不可能な話である。
禁酒や禁煙なんてなあ意志の弱い奴のやる事ですよ、という故立川談志氏の至言を持ち出すまでもなく、酒は決してやめられない。やめられる筈もない。
酒を呑まないと色々と困った事が起こるのだが、まず一番困るのは酒を呑まないと寝られないという点である。
いや、正確に言えば酒は呑まずとも寝られる。しかしその眠りは至極浅い。24時に就寝したとしても大量の寝汗をかいて27時ほどに目が覚めてしまう。そしてふと思うのである、「酒が呑みてえ」と。
禁断症状ではない。断じて禁断症状などではない。そうでないと信じたい。私は私しか信じない。
しかしそうなってしまえば最後、安寧な眠りが訪れる事はその夜中なく、結局翌日は眠い目をこすりながら労働に勤しむという羽目になる。なので酒を呑まないというのはそもそもまかりならんのである。
ダイエットをするという観点から見れば運動は欠かせない筈だ。運動無くしてダイエットは成り立たない。大根おろし無くして秋刀魚の塩焼きが成り立たないように。
しかしこの運動もなかなかの曲者で、先に述べたように私は日々飲酒をしている。ごぶごぶとアルコールを鯨飲している。この状態での運動は大変に危険であるのだ。
私もかつて学生だった頃に、「金は無いが酒を呑みたい、というよりも酒に酔いたい」と切望する事があった。
そんな時に私は買い置いておいた焼酎甲類、具体的な名前を挙げれば「大五郎」もしくは「ビッグマン」のような酒を生(き)のままに痛飲、しかる後に10分ほど家の近所を少々早めのスピードでジョギングという事をしていた。
この行為がどういった行為であるのかは、同様の行為を体験した者にのみわかるものであり、端的に言えば「べらぼうに酔っ払う」。視界がグルグルと回るほどに脳幹までもがアルコールに浸る訳だ。
私も三十路を過ぎて数年が経つ。二十代も前半の頃のようなそのような自殺行為は自らに許されていない。ガラスの十代のように壊れそうなものばかり集めてはしまわないのだ。
という訳で、アルコールを摂取した後に運動は出来ない。Q.E.D。証明終わり。
現在チャレンジしているのは、ラーメンの汁を最後まで飲まないという何とも苛烈なる苦行と、トクホ製品のドリンク、ヘルシア珈琲やヘルシア緑茶などを毎日飲み続けるという二点であるのだが、腹は一向に凹もうともしない。日々、そのレーゾンデートルを声高に叫ぶばかりである。
画期的なダイエット法を知る方がいれば是非私に御教示願いたい所であるが、「覚せい剤をガッツリやればゲッソリ痩せるよ♪」などの身も蓋も無い御意見には全力で首を横に振りたい。そんなの「ダメ絶対」に決まってんだろが。
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