現代社会に欠けたるもの
昔は当たり前に「在った」ものが、知らない間にどこかへ消え去っているというのはよくある事で、ふと思い出したように「それ」を懐かしんでみたりもする。
先日、かみさんと夜に散歩をしながら話題に上がったのだが、「屋台のおでん屋」というのをここ何年も、いや、下手をすればここ何十年も見ていないという話になった。
今から二十年以上前、私が小学生だったり中学生だったりした頃には、我が街小岩にも屋台のおでん屋がいた。もういい歳だろうという初老のオッサン(ジーサン)が屋台を引いていた。
近所の公園に遊びに行って、小腹が減るとそのおでん屋で買い食いをした。
細かな値段までは覚えていないが、じゃがいもが40円だか50円だか。大根も同じぐらいの値段で、この二つが私の一番のお気に入りだった。未だに「おでんの好きな具、個人的ベスト3」をやれば大根とじゃがいもは確実にランクインする。これはおそらくこの頃の記憶のせい、というのも充分あるだろう。
実に美味かった、という記憶がある。ひょっとしたら思い出の中で過剰に美化されているせいかも知れないが。
そんな「屋台のおでん屋」が、現在の小岩には無い。小岩に限らない話だろう。仕事で東京中のあちらこちらへ行く事があるが、ここ何年も「屋台のおでん屋」を見ていない。
何故失くなってしまったのだろうと考えた。
幾つかの理由が考えられた。
一つは騒音問題。夜な夜なその屋台を囲んで、つまりは野外で様々な人々が様々な話をツマミに酒を呑むのだから、その近隣の住民から苦情が出たというのは考えられなくもない。
もう一つは衛生面の問題。確かに屋台は店舗に比べれば衛生的に劣るのかも知れない。そういう事に過敏になった現代の風潮にそぐわないのだろうか。
他にも理由は幾つか考えられた。ヤクザのみかじめ料だとか高齢化問題だとか。
確かに様々な問題が考えられるのだが、それにしても屋台のおでん屋がまるっきりなくなってしまったのは何故なのだろう。
私は是非ともこの「屋台のおでん屋」に復活をしてもらいたいのだ。
近所にあったら仕事帰りに毎日通うだろう。
「どーもー、こんばんはー」と暖簾をくぐる私。
「へいらっしゃい!」とオヤジ。
「何煮えてますー?」
「大根、味染みてるよー」
「じゃあ大根一つ。あと、がんもどきとちくわぶ。熱燗も一つ下さい」
「まいど!ちょっと待ってねー」
などというやり取り。考えただけでうっとりする。
もしくは誰か東京都内に屋台のおでん屋がある所をご存知の方は私にご教示願えないだろうか。
現代社会に欠けているもの、それは屋台のおでん屋なのである。
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コメント
こんにちは、吉祥寺の駅の出たところにありましたが風情は無かったですね。上野駅のオイオイ?の前のらーめん屋台はすごかったです。おじいさんが空中でネギをシュシュしゅと切っていました
投稿: あ | 2013年5月 9日 (木) 12時33分
吉祥寺には三軒ありますよ~
投稿: 野々口毅 | 2013年5月10日 (金) 18時18分
あさんへ
上野駅のオイオイはひょっとしてOIOI(マルイ)の事なのでしょうか。
あの辺に確かに屋台のラーメン屋ありますね。まだ行った事ないです。激しく行ってみたい。
投稿: ふくしまたけし | 2013年5月24日 (金) 12時52分
ノノさんへ
今度是非屋台呑みしましょうよ。それとも路上で屋台ごっこしましょうか。自分たちで料理仕込んで。
投稿: ふくしまたけし | 2013年5月24日 (金) 12時54分