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2012年1月18日 (水)

より深くなぞる

普段の音楽の練習、というとその半分ほどを「コピー」と呼ばれる練習に費やしている。

極めて単純なもので、CDやレコード等の音源を何回も繰り返し聴きながらそれを譜面に起こして、あとはその音源に近いように弾けるように何回も練習するというものである。

まさに「コピー」(模倣)である。音楽にはオリジナリティも大切だが、こうした模倣もとても重要なのだ。私はこの練習抜きに音楽的に上達する方法を知らない。

死んだ師匠からもこのコピーの重要性は口酸っぱく言われて来た。

さて、そのコピーに関して思っている事を少し書きたい。

例えば小学生のサッカー少年が、テレビでオーバーヘッドシュートを見て「カッコイイ!オレもやってみたい!」と思ってオーバーヘッドシュートを練習する事、これもコピーの一種である。私にも似たような経験があって、私の場合は柔道少年だったので、当時の金メダリスト古賀稔彦氏の背負い投げに憧れてそれを何遍も練習した。試合のビデオを何度も何度も見たっけか。スロー再生で。

これと似たような事で、音楽のコピーをしていても「おっ、今のフレーズカッコイイ!真似したい!」という事が度々ある。

勿論それは真似して良い。真似をする事で知識として自らの中に吸収して良いのだ。

しかし、もう一つ大事な事がある。

オーバーヘッドシュートなり背負い投げなりカッコイイフレーズなり、「何故そこに至ったか」という部分を考える事である。

例えばオーバーヘッドシュートならば、そのシュートはゴールに背を向けた状態からのシュートである。その状況に至るまでの経緯も重要だが恐らく最重要なのは、そのシュートを放ったプレーヤーが「何時でもどんな姿勢からでもゴールに向かう、シュートを放つ」という意識を有していたという事を理解する事である。

つまり上記の場合、オーバーヘッドシュートは「事例」なのである。「いつでもゴールを狙ってやる」という意識を持ったサッカープレーヤーにラストパスが放たれた時に、そのプレーヤーはゴールに背を向けていた。しかしそのプレーヤーは「背中越しだけど回転すればシュートが打てる!よし、オーバーヘッドシュートだ!」と瞬時に判断してそういった結果になる。或いは判断という事よりも先に身体が反応していた可能性もある。

いずれにせよそれは因果で言えば「果」の方だ。ならばその「果」と同時に「因」を深く考察する事で、それはより深い「理解」となる。

先日、Randy Westonのコピーをしていた時に、その事をもう一度再確認した。

表面だけをなぞらないように。

より深く、なぞるように。

音楽は、とても面白い。

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コメント


タイトル見た瞬間に「あ!今日は下ネタかぁ。」と思ったらぜんぜん出てこなかった・・・。

投稿: Takcode | 2012年1月19日 (木) 17時40分

Takcodeさんへ
当たり前じゃないですか、ぼくがいつ下ネタなんぞを書きましたか?ぼくは生涯そんな事は口にしたことすらありませんよ、ちんこちんこ。

投稿: ふくしまたけし | 2012年1月20日 (金) 13時39分

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