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2011年12月31日 (土)

Mitchという奇跡

昨日の事だ。

「Mitch」というミュージシャンのライブを観て来た。

素晴らしいステージだった。

大晦日、今年最後のブログの更新ではあるが、今日は昨日観たこのライブの事、並びにこのMitchというミュージシャンの事について書いてみたいと思う。

芸名は英語の表記であるが、勿論日本人である。本名は安田充さんという。

様々な日本人ミュージシャンの中で、このMitchというミュージシャンは私にとっては最も特別なミュージシャンである。信じられないくらい多くの影響を受け続けているし、純粋に私は彼のファンである。

これまでに御覧無い方の為に簡単に彼の事を説明すれば、いわゆる「ニューオーリンズジャズ」というジャズの1ジャンルに特化したミュージシャンの一人であると言ってほぼ差し支えないだろう。その一人というよりは、その旗手であると言っても良い。日本で彼に比肩するようなその道のミュージシャンを私は他に知らない。その道とは無論ニューオーリンズジャズである。「サッチモ」ことルイ・アームストロングから脈々と続く、「伝統芸能」としての側面を多分に持つジャズだ。

モダン期以降のジャズが、大衆性を手放すと同時にアカデミックな芸術性を獲得したのに比べて、その「伝統芸能」としてのニューオーリンズジャズは徹底して生活に根差した音楽である。祭事、葬式、或いは日々の喜びや慰めをニューオーリンズジャズは鮮やかに彩っていく。

Mitchというミュージシャンの音楽もやはり、どこまでも生活に根差している。実際に彼の音楽的な技術は驚くほど高いのだが、あまりそれを感じさせない。洗練された素晴らしい技術は、あくまでも「音楽を奏でる為の技術」であり「技巧の為の技術」では決してない。ひけらかしたりする事なく、粛々と彼は幸福な音楽を奏でる。とびきりの技術をもって。それはおそらく「生活」のために。

彼はトランペットを吹き、歌を歌う。そのスタイルはやはりルイ・アームストロングと同様だ。

彼の吹くトランペットの音は、どこまでも艶やかで伸びのある音色だ。歌声は暖かく愛嬌を含み、そして鳴り響くリズムは聴衆の身体を自然と揺り動かす。長らく名コンビを組むドラムの永田充康氏が後ろから叩き出す極上のビートに乗せて、彼の音楽は果てしなく飛翔していく。

彼の得意なナンバーの一つに「I’ll Fly Away」という曲があるが、この曲などを目の前で聴いていると、比喩ではなく実際に彼の音楽が飛翔していく様が見える。「When You're Smiling」を奏でれば、世界が本当に微笑む。まさに奇跡だ、と、いつも私は見る度に目頭を熱くする。

昨日だってそうだった。彼のトランペットの音色を聴いて、そして彼の歌を聴いていたら、私の目の奥が熱くなった。理屈抜きに彼の音楽は私の一番深い所にすっと入り込む。

昨日の事である。

ライブが終わってから即座に抱いた感慨は、「素晴らしかった、俺も明日からまた音楽の道に精進しよう」という事だった。これもまた不思議な感覚なのである。

彼のような超一流のミュージシャンの演奏を見ると、私は大体暗い気持ちになる事が殆どだ。音楽を辞めたくなる。目にした演奏があまりに素晴らし過ぎて。自分にはいつまで経ってもその段階に辿り着けないような気になって、「ああもう辞めてしまいたい、辞める事が出来たらどんなに楽だろう」と思うのだ。そうではあるのだが、大体において私はひどく忘れっぽい性質であるので、そうやって落ち込んだ事もまた忘れて翌日から何事もなかったかのように練習出来る。この辺の無神経な辺り、自分でもかなり得な性格だと思う。とにかく、超一流の演奏を見れば十中八九私は落ち込む。

それがことMitchの演奏に関しては、落ち込まないのだ。彼はここまで説明しているように紛れもなく超一流のミュージシャンである。だが、彼の演奏を見ても決して落ち込まない。何だか「落ち込む」というような思考回路を彼の演奏によって根こそぎ取っ払われてしまったかのように、「うわああ!Mitchバンドすげええっ!オレ明日からまた頑張るっ!」という状態にされてしまう。

音楽は力である。私はどこかでそう信じている。

音楽が無ければ人は生きていけない訳ではない。けれど確かに音楽によって生活はもう一つ素晴らしいものになる。辛い時にそっと寄り添ってくれる時もある。音楽には不思議な力が内包されている。そんな当たり前の事を私は彼の音楽に触れる度に再確認させられる。

Mitch。奇跡のミュージシャンである。まだ見た事のない人は是非一度見て欲しい。

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