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2011年11月18日 (金)

エセ乗りテツ

ここ何回か書いているのだが、私の今の家は京成線の小岩駅のすぐ近くにある。

以前より多少自覚はしていたのだが、私にはどうやら若干「鉄分」が含まれているらしい。その事を、この新しい家で度々再確認している。

「鉄分」。聞き慣れない方もいるかも知れない。「鉄道オタク成分」の略である。

鉄道オタク(以下「テツ」)は、大きく分けて二種類に分類されるという。曰く、「乗りテツ」と「撮りテツ」。文字通り、前者は電車に乗る事を楽しむテツであり、後者は電車を写真に撮る事を楽しむテツである。どうやら他には鉄道模型が好きな「模型テツ」や、鉄道にまつわる様々な音を聴く事の好きな「聴きテツ」などもいると聞いたが、恐らく少数派なので、今回は話としては割愛する。この二種類の「乗りテツ」と「撮りテツ」。私はどちらかと言えば、圧倒的に前者である。

もちろん私の鉄道愛など、ガチなテツの方々から見れば横山ノックの頭頂部ほどに薄いものであろうし、私としてもそこで「ガチな方々」と張り合おうとは思わない。「じゃあお前○○線に乗った事あるのかよ」などと言われても困る。そもそも路線の名前などいちいち覚えてなどいない。更に言えば、私は「猫にマタタビ、テツに時刻表」とまで言われる時刻表を見る事も全く好きではない。読み方自体はわかるが、見ていると頭が痛くなる。

こんなていたらくであるにも関わらず、それでも「私は鉄道が好きだ」と言おう。ガチな方々、どうか私を非難しないでほしい。

路線名や時刻表に興味が無いのは、私の鉄道の嗜好にも関係している。

私の好きな電車の乗り方、それは、「目の前にやって来た電車にヤマ勘で適当に乗って、ふと降りたくなった所でその本能に忠実に降りる」。コレである。

旅行へ行く時なども、私のスタイルはほぼコレで決まりだ。事前に宿の予約などは以っての外である。もしそんな事をしてしまったら、必ずその宿に向かわなくてはならないからである。目についた「お、ここ何か面白そうor安そうじゃね?」という所に本能のみでゴー。泊まれなければ野宿で良い。それもまた良し。日本ならば大体はそれで問題無い。当然である、私はアドリブが命の即興音楽を生業にしているのだから、予め決まった事などは少なければ少ないほど良いのだ。

効率や無駄の省略が美徳である事は、理屈の上では理解している。仕事などのシーンにおいては私も効率を重視する事は多々ある。しかし、根本的な部分では私は「不便と無駄」を愛している。赤木しげる氏の今際の言葉に「愛していたっ…!無念をっ…!」とのお言葉があったが、私にもその感覚は強くある。旅行という行為がそもそも「無駄」の象徴たるものなのだ。無駄を省略したければ、旅行になど行かずに家にいれば良い。

「何故行ったの?」に対する答えは、「行きたかったから」で良いと私は思っている。というかそれがベストな返答だ。それ以上はいらない、と。

「旅(たび)」という行為は、無駄であればあるほど面白い。そしてそこに大いなる意味など無い。これは私の個人的な意見である。

なので、旅の話を聞くのは好きだが、「旅っていうのは良いもんだ、旅に出なきゃ見えないものがある」というタイプの話を聞くのは大嫌いだ。「旅に出て人間関係の大事さがわかった」なんて言う輩には、「そんぐらい旅に出ないでも気付けよ!」と毒づきたくなる。

鉄道の話からいささか脱線してしまった。

私は旅に出るのは大好きなのだ。そして一番好きなのが、何も考えずにやって来た電車に乗り込む瞬間。これからどうなるんだろうという期待と、どうなっても大丈夫という開き直りとが入り混じって、妙にわくわくするのである。

京成小岩駅の近くにある我が家からは、駅のホームで発車のベルが鳴るのが聞こえる。それを聞く度に、何故かその「旅立ちの瞬間」が心に甦ってきて、不意に愉快な気分になるのだ。

どこ行くの?

どこか。

いつ帰るの?

いつか。

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