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2011年10月18日 (火)

無意識の音

昨日の上野アリエスでのライブも終わり、次は今週末の22日、小岩「Back in time」でのソロピアノ。今日からは最後の追い込みでそこ(22日)に向けた練習をする事になる。

練習というのは何の為にするのだろう、と思った時に、私の中で一つの結論がある。

「もっともっと自由になる為」だ。

実際の本番の時、私はあまり色々な物事を「考えたくない」と思っている。これは偽らざる正直な気持ちだ。

出来うる限り直感の赴くままに、本能の赴くままにピアノを弾きたいと思っている。共演者の、或いは自らの出す音を注意深く聴いて、そこに今必要な音は何か、足りない色彩は何か(勿論余分な物も)という事を考えながら演奏がしたいと常々思っている。

判断基準は自らの直感であり、本能である。

先月開催したミュージックワークショップの場において、ゲストファシリテイターの蜂谷真紀氏の口からとても興味深い言葉が聞かれた。「例えば家でゴキブリなんかを発見した時に出てくる咄嗟の‘うわっ!’という言葉、これは本質的な意味での即興の声なのだ」という事。これは私の脳裏に非常に印象深く残った。

私なりに様々な咀嚼を繰り返した結果、それは「意識の更に奥にある無意識の音」だという解釈に到った。そして我々即興音楽家に度々求められるものは、そうした「無意識の音」なのだろうという事だ。

確かにそれを考えた時に、私の音楽にはまだまだ「意識的な言葉(音)」が多過ぎる。「こうしよう、こうしたい」という思いが強過ぎるがあまり、それはとても不自由で不自然な音になっているのだ。

逆にたまに自らの眼前のピアノから知らぬ間に「自然で美しい音」が鳴っている時があるが、それこそ無意識の音の一端なのではないだろうかと私は思っている。確かに私が弾いているのだが、何かどこかで意識の乖離したような感覚、まるで自分が弾いていないような感覚の時に、得てしてそういう音が出て来る。

翻って練習の話である。

そういった、ある意味では「忘我」の状態に自らを近付ける為に日々の練習が存在しているのだと私は思っている。コードやメロディ、またそれに纏わるスケールといった事を事前にしっかりと頭に入れる。音色のコントロール、正確なリズム。まずは自らの中に基準となるものを作っておく事で、逆説的により自由になれる。恐怖心を伴わずに逸脱してゆけるのだ。少なくとも私の場合は。

「何が起きるかわからない、しかしそれが面白い」と言える背景に「何が起こっても概ねは大丈夫」と言えるだけの根拠が欲しい。それが欲しくて毎日練習をしている。

さて、今週末22日、どこまでアホ(無意識)になれるかは、そこまでの練習次第。極限までアホになれるように、気は抜けない。

10月22日(土)小岩「Back in time」、ソロピアノ、20:00からスタートです。是非ご来場を!

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コメント

すごくよくわかります。励みになるブログです。ときに、チンカスみたいなブログです。だから、結構、頻繁に来たくなるブログです。またライブしましょ。

投稿: つるが | 2011年10月20日 (木) 20時35分

つるがへ
おう、またライブしようぜ!ちんこちんこ!

投稿: ふくしまたけし | 2011年11月19日 (土) 15時50分

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