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2011年5月18日 (水)

岩沼の事3

初日の作業は想像以上にきつかった。一言で言えば、目測を見誤った。

「作業はさほどきつくないだろう」という誤解、そして「自分の身体はまだまだ動くだろう」という誤解。それらの自惚れにも似た誤解が同時に作用した格好だった。

夜行バスでの移動でほぼ徹夜に近い睡眠不足、そして朝食を摂っていない事からくるエネルギー不足。それらも全て上記のような慢心による誤解がもたらしたものだったのかも知れない。

私は午前の作業を終えて一度自分のテントに帰ると、そのまま倒れこむようにして寝転がってしまった。疲れ果てて、そのまま午後の作業には出なかった。

「働くぞ!」と意気込んで行っていただけに、その「サボり」という事実に私は心中落ち込んだ。情けないなあ、とテントの天井を見上げた。しかし、身体は言う事を聞かなかった。

数時間眠って起きると、腹が減っている事に気がついた。手持ちの食料もあったのだが、岩沼駅からボランティアセンターへ向かう途中に、道の向こう側に牛丼の吉野家を見たのを覚えていた。カロリーメイトやらウィダーインゼリーやらではなくて、私は米が食いたかった。身体がカロリーを欲しているのがわかった。

歩くのは確かに面倒ではあったのだが、私は立ち上がってテントから這い出て、吉野家を目指した。雨がぽつぽつと降り出していた。

辿り着いた吉野家は、東京の吉野家と何ら変わらなかった。牛丼はいつものように美味かった。貪り食った。

食事を終えて一息ついてからテント村に戻ると、そのテント村の「村長」らしき人が私の方へ近付いてきた。近付いて来て曰く、その日は夜にかけて雨と風が強くなる、という予報が出ていたらしい。テントに防風の設備が無いとテントの骨が風で折れて壊れてしまう、テントを畳んでおいて、近所にある避難所で一晩を過ごした方が良い、と言うのだ。

何だか面倒な事になったなとも思ったのだが、仕方がない、自分の我を押し通して誰かに迷惑をかけても本末転倒だと思い、素直に従う事にした。貴重品とタバコと携帯の充電器と詰め将棋の本だけをビニール袋につめて、寝袋を脇に抱えた。残りの荷物はテント内に残した。テントを畳んだ上からビニールシートもかぶせるのだし、中のものは濡れないだろう、と踏んだのだ。避難所に大荷物を持っていくのも何だか嫌だったし。

避難所には、段ボールの板で仕切られた生活スペースがあった。私と他に数名、テント村から「避難」させられた人々がそこを共同で使わせてもらう事となった。

そのスペースで、共に避難させられた人たちと雑談を暫くしていると、「腹でも減ったしみんなでメシでも行くか」という話になった。前述の通り私は吉野家で食事を済ませていたので、その誘いを断った。皆が食事に出掛けると、私はその段ボールスペースの中で再び一人になった。

すぐ近くにあった本棚に、雑誌の「文藝春秋」が数冊あった。直近の芥川賞受賞作二篇を全篇掲載した号があり、それを手にとって西村賢太氏の「苦役列車」を読んだ。

読み終わると、そのまま寝袋の中で寝てしまった。

・・・・・・

朝起きると、雨はすっかり上がっていた。朝の6時30分から、避難所にいる人たちはラジオ体操をする決まりになっていた。私も起きていたので、一緒にラジオ体操に参加した。随分と久しぶりにラジオ体操をやった気がするが、不思議なほどにしっかりと覚えていた。子供の頃に覚えた事はなかなか忘れないものだ、と思った。

避難所を後にしてテント村に戻ると、私のテントを畳んだその上に、随分大きな水溜りが出来ているのが見えた。嫌な予感はしたが、上にかけたビニールシートをめくってみると、中の荷物が全て雨に濡れてしまっていた。特に作業着が全てぐしょぐしょに濡れていたのが痛かった。暫く思案したが、前日の午後の作業に引き続き、これは午前の作業も休んで衣服を乾かさなければ、と思うに至った。やはりこれも我ながら情けなかった。作業をして身体を動かしに来ている筈なのに、何でこうなるのか、と。

諦めて、衣服に染み込んだ雨水を手で搾り、日当たりの好い場所にそれらを干した。日差しはなかなかに強く、7時過ぎごろから干し出した私の洗濯物たちは、10時を過ぎる頃には九割方乾いていた。これで午後の作業が出来る、と私は安堵した。

午後の作業は、たまたまであるが、前日と同様に少人数のチームだった。この日はひたすらに泥かき。庭にたまったヘドロを掻いては運び掻いては運び、という作業だった。確かにきつい作業ではあるが、慣れれば何とかなる。それと前日と比べて言うならば、睡眠と栄養(朝食)をしっかりと摂っているという事が大きな違いを生んでいた。途中でこまめに水分補給をしたり、そういう事でもだいぶ違ってくる。そういった体調面での「準備」も実に大切であると私は実感した。

この日の作業中も、休憩時間に依頼主のご主人と話す機会があった。

ヘドロまみれになった庭を見ながら、「昔はこの庭でよくバーベキューなんかやってさ、外にある田んぼの稲を見ながら昼からビール呑むんだ。最高だよ?」なんて言っていた。

「ああ、そりゃたまりませんねえ。ビールも美味いですよ、そういう時なら」などと言いながら酒だのタバコだのの話でしばし盛り上がる。ご主人は、とても明るく笑っていた。それが私の印象に残った。

作業が終わってテントに戻って、この日は少しだけ酒を呑んだ。持ってきたウイスキーをちびりと舐めた。やはり気がつくと、私は眠りについていた。

(つづく)

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