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2011年5月19日 (木)

岩沼の事4

三日目を岩沼で過ごす最後の日と決めていた。東京に戻って仕事をしなくてはいけなかったし、滞在可能な日程としてはやはりその日が最後だった。

朝、6時過ぎほどに目を覚ましてから、簡単な朝食を摂って朝の作業の準備をする。

歯を磨いている時には、「今日で最後か」という感慨などは特別には無かった。「作業、面倒くさいな」などというネガティブな感情がある訳でもなく、ただ淡々と「10分前にボランティアセンターに並んで…」などとその日の段取りの事だけを考えていた。それはそれで今から思い出して考えてみると不思議な話なのだが、事実、そうだった。

三日目の朝は土曜日の朝だった。土日を使ってボランティアにやってくる人達も多く、私がぼんやりとしていると、私のテントの横に、新たにやって来た人達が新たにテントを設置していた。

簡単な挨拶や雑談をする。私は半分も減っていないウイスキーの瓶を彼らに進呈した。持って帰るのも重かったもので。

三日目の作業は、20人の大チームだった。京都からやって来ていた男性の方がリーダーを引き受けて下さったのだが、その男性と仲良くなって少し喋る。彼は幾つかの被災地を周って来たらしく、他の被災地の状況などを聞いた。どこも大差はないらしく、やはり大変な状況らしい。

その日の作業は、初日と同じ、濡れた畳の搬出と泥かきだった。少し慣れて来た事もあり、順調に午前の作業を終えた。

作業を終えてテント村に戻り、自分のテントの撤収作業に取り掛かった。

この時にやっと、「ああ、東京に帰るのだな」という感慨がやって来た。

三日間を振り返ってみて、殆ど私は何も出来なかったな、という情けない感情も抱いた。もう少しフルに働ければ良かったのだが、準備不足や少々のアクシデントにより、予定していた行程の半分ほどしか作業が出来なかった事を反省した。

帰りは新幹線を使って東京に帰った。現在、仙台から東京まで、期間限定なのだろうが、新幹線の運賃が半額になっていた。通常ならば1万円の運賃だが、5千円で東京まで行ける。バスと殆ど値段も変わらないのだった。これには助かった。

今回のボランティアに関して私見を述べさせて頂くと、一ヶ月近い長期間で作業にあたる方々は別として、数日間の作業のみという事になれば、そこにはやはり多少なりの自己満足の感が介在することは否定できない。私も岩沼に赴く事に関して「所詮自己満足なのでは」と思っていたが、実際に行ってみた感想としては、やはり大いに自己満足である、と再確認した次第だ。

だからこそ、逆に前向きに捉えれば良いのではないだろうか、と私は思っている。立派な大それた事をしに行く訳ではない、所詮自己満足の為に行くのだ、と割り切れば、とても気軽な気持ちで被災地の復興作業にあたる事が出来るのでは無いだろうか。自分の情けなさに打ちひしがれる事ぐらいはあるかも知れないが、余程勘違いでもして行かない限りはそうそう現地の人々に迷惑をかける事も無い。ボランティアの基本だと言われる「自己完結の精神」さえ忘れなければ、何とかなる。泥かきの作業や被災者宅の清掃作業は、少なくとも人に迷惑をかけるような作業ではない。極めて微力ながらも、復興を前進させる一歩には繋がっているのだ。大した事ではないのだから、臆する必要もない。乱暴な言い方になってしまうが、「どんどんやれば良い」のだ。

そしてありふれた結論になってしまうが、これらの作業に求められるのはある程度の長さを持った継続性だ。私のような素人でもわかる事だが、「とりあえずの復興」という段階まででも、一年二年という時間が必要になる。無理の無い範囲内で構わない。「良い事をしよう、立派な事をしよう」などと気負わずに、本当に気軽な気持ちでその手助けを継続してやっていければ良いのでは、と私は感じた。

極めて個人的な事を書けば、被災地の現状(あくまでも一端ではあるが)を自分の目で見て、そして身体で感じられた事は、得難い経験であった。例えば三日間、私は日課にしているピアノの練習が出来なかった。それは音楽を生業にしている人間からすれば、なかなかに恐怖を伴う事である。練習が出来ない、というのは本当に怖い事なのだ。だが、それを含めて考えてもやはり「行って良かった」と思うのだ。いつも通りにピアノの前に座って練習をする事も勿論大事な事ではあるのだが、そうした得難い経験を通して、もう一度真摯に音楽と対峙する事が出来る。その意味でも私には大きなプラスとなった。

また、「被災地に行けない(行っていない)事」に関しても、負い目を感じる必要は全く無いと私は思う。復興支援の一形態として、「現地に赴き身体を動かす」という選択肢があるに過ぎない。東京を中心とした都市部、また離れた関西や九州などからの後方支援という形態も、これは極めて大事な事だ。「被災地に直接行かない人間には何も言う権利は無い」などと言う人間がいたとしたら、その人間の言う事はあまり信用しない方が良い。

最後になる。今回私が岩沼に赴く際に、強く心に留めておいた言葉がある。思想家吉本隆明氏の言葉を、糸井重里氏が紹介していたのだが、こんな言葉だ。

「『いいことをしているというときには、わるいことをしていると思うくらいで、ちょうどいいんですよ』これは吉本隆明さんから聞いたことば。いいことは、人を酔わせるからなあ」

長々と岩沼でのボランティアの事について書いてきたが、もしこの文章を読んで、「オレでも出来そうじゃん」、「オレも行ってみようかな」などと思っていただけたら、とても嬉しい。

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