Mさんの事ファイナル
日を改めて、私達は自転車で集まった。
私はと言えば、何かこれから冒険が始まるのだろうかというような高揚を感じてはいたが、アキラや他の友人達には、それ以外の緊密さも見受けられた。
恐らくはアキラは一度、自らの脳内でMさんと今生の別れを交わしていたのだ。最早生涯会うことはあるまい、二度と言葉は交わすまい、と。
そのようにして、袖を濡らしながら断腸の思いで別れを決した女性。その女性に纏わる手掛かりが、今、眼前に差し出されているのだ。震えずにいろ、というのが土台無理な話だ。
「…行くか…」
私達は、自転車のペダルを踏み込んだ。まだ、「ストーカー行為」という言葉が日本ではさほどポピュラーではなかった時代の話である。
先程(第一話)にも触れたが、私達は女の子にモテなかった。「モテたかモテなかったかのどちらかで言えばモテなかった」のではなく、「完全無欠に、比類無きほどにモテなかった」。「どちらかと言えば童貞」ではなく、「がっちがちに童貞(GGDT)」だった。
見た目のマズさもあれば、中身のマズさもあった。私達はいわゆる「不良グループ」でもなかったので、「悪っぽいカッコ良さ」とも無縁だった。無駄に武闘派だったので(喧嘩だけは強かった)、そういった不良グループは私達を避けた。優等生グループでもなかった。スポーツが得意だった訳でもない。現にアキラは中学三年生の時点で掛け算九々が半分以上言えなかった。平仮名もきちんと書けなかった。
そんな何の取り柄も無く、女性とは無縁な私達だったからこそ、日々、理想の女性像についての会議には余念が無かった。
「初めてのデートではどこに行くのがモアマッチベターなのか」
誰かが間違った英単語と共にそんな議題を出せば、会議はヒートアップした。
「お前、最初っつったら映画に決まってんだろが!?」
「は!?バカかテメー、せっかく一緒にいられんのに、映画なんて行ったら二時間無言でいなきゃいけねえんだぞ?それだったら‘でずにーらんど’とかに行って一緒にはしゃいだ方が仲良くなれんだろが!バカかお前!」
「お前の方がバカか!でずにーらんどなんて何百万円かかると思ってんだよ!オレらの小遣いじゃ無理に決まってんだろが!」
「うーん、それもそうか…」
という具合に。
そんな時の、アキラの脳内妄想デートの相手は、Mさんであった。私の相手は、誰だっただろうか、完全に失念した。意外と覚えていないものだ。
小岩を出て、私達は西に向かって自転車を漕ぐ。
錦糸町を越えた辺りから、皆の口数が目に見えて減ってきたのがわかった。
隅田川を越えてからは、まるでケモノのようなテンションだった。
「上野来ました!ウ・エ・ノ!ひゃっほう!」
と誰かが叫ぶ。
合わせて誰かが自転車をウイリー走行させる。
今現在私が同じ事をしたならば、確実にポリスへ通報、おロープ頂戴となり、プリズンにゴーという事になる。それほどのはしゃぎようである。
我々は一通りはしゃぎ終えると、近くの小さな公園で小休止を取りながら、持って来た地図を広げた。
「んーと、ウチダの名簿によると住所はこの辺だから…」
「今オレらがいるのはココだろ?つうことは、もうあんまり遠くねえな…」
そんな会話をしていると、面白半分でついて来ただけの私まで、胸が高鳴った。
「行くか…彼の地へ…」
「ああ、行くか…」
私達はその住所の指し示す場所へと、再び自転車のペダルを漕ぎ出した。
それから数分後、その住所の地へ私達は辿り着いた。
結論から先に言ってしまえば、私達にはMさんの家を発見する事は出来なかった。
そもそも発見した所でどうするつもりだったのかもわからない。恐らくは、「はーん、こんな所に住んでらっしゃるのですなぁ」などと言ってそこを5分ばかり眺めた後に「帰りますかー」と帰路に着くのは目に見えている。インターホンをピンポンと鳴らし、「あ、あのっ!昔の学校の同級生の者ですがっ!」などと言える筈がない。そういった事の「オクテさ」に関しては、がっちがちの童貞達の右に出る者はいない。
指し示した住所の地に来ても、我々はMさんの家が何処だかはわからず、暫し右往左往した後に、力無く「帰りますか…」の一言と共に帰った。往路の上機嫌に比べて、復路の意気消沈ぶりと言えば、説明の必要もないだろう。
私達の、ほんのり切ない少年時代の夏の思い出である。
他の友人達はどうだかは知らないが、少なくとも私に関して言えば、Mさんとその後再開した記憶も無い。
ここまで読んで頂いた読者諸氏は、「は!?終わり!?オチは!?無いの!?バカなの死ぬの!?」とお思いの事だろう。
そんな皆様の為に、取っておきのオチを用意した。
私達童貞野郎達の中で、最初に大人の階段をくぐったのは、前述のアキラである。
アキラはその三年後、西船橋のピンサロ街で「帝王」と呼ばれるほどのピンサロ大臣になった。
あんなに純情だった男が、である。
ピンサロを「おでのみしぇ(俺の店。アキラはものすごく滑舌が悪い)」と言うようになるとは。
就職した際の初任給を全てピンサロに突っ込むとは。
そしてその二年後に夜逃げをして行方不明になるとは。
全ては混じりっけナシ、ガチの話である。
きっとMさんも歎き悲しんでおられる事だろう。
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コメント
ズコー
投稿: 象 | 2010年8月 7日 (土) 23時33分
最後まで読んだから……オチは全く予想外(笑)…愚痴を聞いてください。今夏は東京も北海道も関係なく暑いようで。当然中間の仙台も半端ない。今夜は多分眠れないです…第一、エアコンないし扇風機では、ぬるいか暑い空気を回しているだけ。ないよりマシぐらい。☆福島家新居はエアコンありますか?違うと思うけど…もし無かったら、心頭滅却?まさかね…
☆忙しそうですから身体に気をつけてください。ではまた。
投稿: のりまき | 2010年8月 7日 (土) 23時33分
いたいな…アキラ…。無事を祈る。
ストーリー、ほんのちょっとだけ、スタンドバイミー風味?
投稿: クロサバ | 2010年8月24日 (火) 00時33分
象さんへ
そりゃこけますわな。うん、あまりいい話は期待しないで下さい(笑)
投稿: ふくしまたけし | 2010年10月 8日 (金) 12時41分
のりまきさんへ
我が家にもエアコンはありますが、確かに今年の夏はフル稼働でした。電気代もそれなりにいきました。過ごしやすい季節になってきましたね。
投稿: ふくしまたけし | 2010年10月 8日 (金) 12時49分
クロサバさんへ
アキラは現在では行方不明です。マジに。スタンドバイミー風か。意識してなかった。
投稿: ふくしまたけし | 2010年10月 8日 (金) 12時50分