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2010年6月16日 (水)

久しぶりのあっちゃん

昨夜、寝る前にパソコンでYouTubeを色々と見る。

YUIという日本人女性歌手の歌をレッスンでやりたい、という生徒がいた。「良いですよ」とは言ったものの、一度も聴いた事がなかった。そんな時に便利なYouTube。流行りの音楽はそこでチェックすれば早い。便利な世の中になったものだ。

YouTubeと言えば、普段は石田ゆり子の「女房酔わせてどうするつもり?」のCM動画をひたすらにエンドレスで観るぐらいでしか活用していない。「女房酔わせて…どうしよっかなぁ…」などとにやけながら呟く私を横目に見て、奈美子が「気持ち悪っ!激しく気持ち悪っ!」と私を罵るのが常だ。

それが流行りの女性歌手など見ていたものだから、「アンタどうしたの?ついに狂ったの?」と優しく私に問い掛ける奈美子。いやいや、私は狂ってなぞおらん、レッスンの為だよ、と説明した。

「ふーん」と納得する奈美子。

しかしYouTubeという動画サイトは、一つの動画からリンクが貼ってある所へと縦横無尽に跳べるようになってある。

日本人女性歌手繋がりを幾つか辿る内に、私の好きな日本人女性歌手動画を幾つか見てしまう。

Coccoと、鬼束ちひろと、一青窈。

取り分けCoccoに食い入るように見入ってしまう。

「あ、この人はガチだ」と思う。

狂ったふりや変わり者のふりをする人はよく目にする。大体において、自分で自分を「変わっている」と評する人間、また「よく周りから変わっていると言われる」と自ずから言う人間は、得てして救いがたい程に凡庸だ。凡庸さを隠そうと必死に変わり者のふりをするものだから、正直に言えば見ていて鬱陶しい。

「似非である事」自体はさほど悪い事だとは思わないが、それを頑なに認めないのは見苦しい。良いじゃん、似非で。オレだって似非だよ、と思う。自分が如何に偽物かを認めたら、またそこから新たに道が拓ける。

少々話が逸れた。

Coccoに関しては、彼女の歌は確かに「もう少しで狂いそうな精神世界」を表しているが、それが恐らくは残酷なまでに「事実」であろう、と感じた。自らを切り刻むように、極めて切実に歌っている、と。

「嘘偽りなく切実に歌う事」、その事は必ずしも良いとは限らない。けれど、そうやって歌われた歌は、聴き手である私の心を奇妙な程に捉える。ストレートな意味での感動とは違う。まさに心を鷲掴みにされたような、「捉えられる」感覚だ。

何だかよくわからないような感覚の中で、「あ、この人すげえな」と思うのである。

人は強いものよ、そして儚いもの。

そう歌う彼女の声を聴いて、背筋が震えた。

久しぶりに彼女のアルバムを聴いてみようかな。

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