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2010年4月

2010年4月30日 (金)

テレビが欲しい

新しい家にはテレビが無い。ラジオはある。

テレビが無い生活なんて存外に普通だろうと高を括っていた訳だが、なかなかに寂しいものであると、一日で気付いた。

昼に起きて、奈美子は既に会社に行ってしまっていた為に、部屋に一人。何かメシでも食うか、と家の食材を漁る。ちゃぶ台に作り置きの弁当をセットして、インスタントの味噌汁を入れて、まあこんなもんかと食べ始める。

けれど何とは無しに寂しい。普段、一人でメシを食う時にはいつもテレビを見ていたから。

「デキる人間はテレビを見ない」という風潮が一昔前にあった。私はこの風潮が嫌いだった。

テレビ番組のくだらなさや低俗さをあげつらえ、そういった低俗文化から「決別」する事で、自分を知的階層の人間だと定義付ける。そういった一連の流れが、私にはとても知的には見えなかったのだ。それは自然体を気取る人間が、えてして不自然に見えてしまうのに似ている。テレビを見ない事でしか自らの知性を主張出来ない人間は、私には知的だとは思えない。とてもではないが。

確かに「面白い!」と唸るようなテレビ番組は少ない。ケーブルテレビにでも加入しなければ、私の好きな野球中継もそうそう見られない。

それでも、一人の時間。本を読むほどの気力も無ければ、音楽を集中して聴く事などまっぴら御免だというその時。面白くもないテレビをダラダラと見る事で、一抹の寂しさは不思議と和らいでゆく。

そんな事もあって良いだろうと私は思う。

ニュースや天気予報を見たり、クイズ番組を見たり、スポーツ中継を見たり、時には映画に涙してみたり。

まだ我が家には冷蔵庫も食器棚も無いので、テレビの購入はもう少し先だが、その内いつかテレビを買おうと思う。

奈美子とお金を出し合って。

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2010年4月29日 (木)

新居にまずは必要なもの

新居にまずは必要なもの
焼酎。買ってきました。

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引っ越し

「引っ越し!引っ越し!とっとと引っ越し!シバくどー!」と近隣の「引っ越しババア」が五月蠅かったから、という訳ではないのだが、今日は朝から引っ越しをする。

東高円寺に住んでいた奈美子の家にあった荷物を軽トラに積み込む。行き先は昨日も書いたように江戸川区南小岩。

一人暮らしをしていた奈美子であるので、たくさんの本や漫画がある事を除けば荷物は大して多くはない。所謂「単身引っ越し」なので、軽トラ一台に優々積めてしまう物量なのだが、その荷物を総勢六名もの人海戦術で運ぶ。積み込みが約10分で終わる。すげえ早い。

返す刀で全員で降ろし地である小岩に向かうが、私一人は千駄ヶ谷へ。今から一コマだけレッスンを。

ついに引っ越しでございますなあ。

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2010年4月28日 (水)

思えば遠くへ来たもんだ

以前このブログに書いたが、私は故郷を離れる事を心に決めた。生まれ故郷の江戸川区西小岩を遠く離れ、そこから遥か南に2kmほど、江戸川区は南小岩に引っ越す訳だが、遂に明日がその引っ越しの日となった。

思えば遠くへ来たもんだ。

私は中原中也の「頑是の歌」の冒頭をぼんやりと口にする。

思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いずこ

武田鉄矢率いる「海援隊」のヒット曲に同名のタイトルの曲があるが、当然これはパクリである。もちろん「海援隊」というバンド名も、坂本龍馬の作った株式会社(の元となった団体)のパクリである。良いではないか、その程度のパクリ。私は武田鉄矢は好きなのだ。あの説教臭そうな感じが。あのくどくどしい感じが。

「彼らはまだ未熟なんです!だから間違えるんです!間違えたら、それは間違いだと何度も何度も教えてやる!それが教師の仕事なんです!」

武田鉄矢扮する坂本ゴールデンエイトという教師の台詞である。

ちなみに上記の台詞は、TVドラマ『三年B組ゴールデンエイト先生2』の中の台詞である。

登場人物である松浦と加藤(どちらも生徒役、ツッパリ)を中心とする校内暴力問題を扱った佳作である。

いや、金八の話は良いんだった。脱線した。

という事で閑話休題であるが、私は明日、故郷を離れて遥か遠くへと引っ越しをする。今日はその引っ越しの前のプレ引っ越しをしてきた。

本を数冊とCDを数枚。あとは布団とミニコンポ、練習用の電子ピアノなどを南小岩の新居へと運び入れた。あとは明日、衣類を少々運び込めば、私の荷物は以上だ。

一緒に暮らす奈美子という女が、段ボール20箱相当の本と漫画を運び込んでくるらしい。アイツはアホか。

先日奈美子のゴミ捨てを手伝ったが、大きいゴミ袋で約20〜30個分ものゴミが出た。アイツはアホか。

いや、そんな事はない。奈美子はアホではない。なかなかに可愛らしい女である。

ただ、ちょっと片付けが苦手なだけだ。

という事で、明日、故郷を離れます。

さようなら。西小岩。

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2010年4月27日 (火)

今日はマエケン

昼間、譜面起こしを一曲。二曲出来るかと思ったけど、思いのほか時間がかかってしまい、一曲だけ。最近ちょっと譜面起こしはサボってたせいか、耳がなまっている。

夕方6時に不動産屋へ書類にハンコを押しに行って、帰宅。

7時過ぎからレッスンなので、少々休憩。テレビで野球観戦。

のんびりテレビで野球観るのは、何だか久しぶりだ。

カープ頑張れ。

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2010年4月26日 (月)

高知空港から

只今高知空港。これから東京へ戻る。

帰るのが、何となく寂しくもあり、楽しみでもある。きっと私は東京での暮らしが好きなのだ。

朝、時間潰しに寄った漫画喫茶で、東村アキコの『ママはテンパリスト』と、浅野いにおの『ソラニン』を読む。

どちらも面白かったが、『ソラニン』が大変印象に残る。

私も穏やかに緩やかに、日常へと帰る。

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2010年4月25日 (日)

女は港、男は船

女は港、男は船
高知の港は良いのう。

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お魚ちゃんに会いに

神宮球場に行って野球を見ない。パチンコ屋に行ってパチンコをしない。ドイツに行ってビールを呑まない。というような事を考えてみて頂きたい。

様々な対象を前にして、個人個人でそれぞれの楽しみ方が存在するという意見は十全に理解出来る。人それぞれの楽しみ方、それを否定するつもりは毛頭ない。

しかし、冒頭に挙げたような案件、それらについて「もったいない」と思う気持ちもご理解頂きたい。

そして高知に来たら、太平洋に出なければならない。

今から太平洋へ。

お魚ちゃんと勝負勝負!

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境川

境川
高知の境川で日向ぼっこ。高知は空が青いなあ。

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2010年4月24日 (土)

グローブが欲しい。MITCHさんはメチャクチャカッコいい。飛行機が好きだ。

数日前に野球のボールを30球ほど投げ込んだら、左肩が訳の分からないほどの筋肉痛に。何と貧弱なのだ。

それを考えたら、1日に100球以上も投げるピッチャーたちは凄い。プロでなくとも、高校野球や少年野球でもピッチャーたちは平気でそれぐらいの球数を放るものな。大したものだ。

目下、野球のグローブとボールが数個、欲しい。休みの日に奈美子と二人でキャッチボールがしたい。私はスライダーとチェンジアップの練習もしたい。ストレートも、しっかりとストライクゾーンに入るようにコントロールを磨きたい。西小岩最強の左腕を目指したい。いや、それは目標が大きすぎたか。西小岩三丁目最強の左腕、にしておこう。

さて、話は変わって、昨日は憧れの音楽家、MITCHさんのライブへ。ピアノの生徒達を数人引き連れて。

もう、言葉にならない。あまりに素晴らし過ぎて。強烈なビート、素晴らしい音色、溢れる歌心。シンプルにして強靭なそれらの要素が複雑に絡み合って、彼らの音楽が紡ぎ出される。聴いている人を暖かく包み込む、とても懐の深い音楽を。あんな音楽家を、他に知らない。

連れて行った生徒達も大変に喜んでくれたようで、それも嬉しい。やはり、良いステージを観てもらいたいもの。

さて、明けて今日は、一路高知へ。友人の結婚式に出席する為に。

よく行く関西辺りならば、高速バスや電車を乗り継いでいつも行くのだが、四国の高知となるとそうもいかない。バスや鈍行列車を使うと、恐らく丸一日はかかる。

なので、今回は飛行機だ。飛行機ならば、一時間半もあれば高知まで着いてしまう。多分ワープする近道を通っているのだと思う。

飛行機に乗るのは数年に一度の事なのだが、本当に嬉しい。たまに乗る新幹線もかなり嬉しいが、やはり飛行機はそれ以上に嬉しい。乗っているだけで心が躍る。

今回は一人で乗るのでそれが少々寂しいが、それでもやはり飛行機は嬉しい。出来れば、一時間半などではなく、少なくとも四時間ぐらいは乗りたいのだけれど。

という事で、羽田空港へ向かうバスの中から、ここ数日間の事を日記的に書いてみました。

それでは私は今から大空へと羽ばたいて来ます。

この大空にー、翼を広げー、飛んでーいきたーいーよおー

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2010年4月23日 (金)

憧れの人に会いに

以前にも書いていたのだけれど、今日は浅草へライブを観に行く。

多分一生憧れ続ける大好きなミュージシャン、トランペッターでボーカリストのMITCHさんのライブへ。

彼は覚えてるかな。師匠市川修の葬式の後、焼き場に行って骨だけになってしまった師匠を前にして、「ほら、食え」と言って師匠の骨を私に差し出してくれた。

「不味いですね」とか何とか言いながら一緒に師匠の骨を食べた。

彼のステージを観る度に、何だかそういった事も思い出すし、彼の音楽にはそういう悲しみも何もかも包み込むだけの暖かさと大きさがある。

まあ、すげえ音楽家なんですよ。本当に憧れの存在です。

楽しんで参ります!

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2010年4月22日 (木)

人、そしてまた酒を呑む

もう酒は懲り懲りだ、と、これまでの30年間の人生の中で、恐らく5兆回は思って来ている。

煉獄のような二日酔い。押し寄せる嘔吐感と倦怠感。そして頭痛。

全て酒のせいだ。酒が元凶なのだ。

だのに何故、私はまた酒を呑むのか。

「わかっちゃいるけどやめられねえ!」と植木等的なテイストで開き直ってしまうのも、手段としては確かにアリだが、しかし事の真相はそれほど安易では無い。

今日も今日とて煉獄の如き二日酔いと戦いながら半日を棒に振り、夕方からもさもさと起き出してきてピアノの前に向かう。

日々のルーティンとして自らに課している練習を完全にすっ飛ばして、弾きたい曲を弾きたいように、いわば「本能の赴くままに」ピアノを弾く。

それもたまには悪くない。たまには悪くないのだが、やはりそれは「たまに」だから良いのであって、日々そんな事ばかりしていれば、あっという間に技術は錆び付いてしまう。ただでさえ少ない技術なのに。

何も考えずにピアノを弾いていると、何とはなしに感傷的な気分になる。

「あー、オレはやっぱり下手だなあ。まあ仕方ねえよなあ。」などと。

それはそれなのだけれど。確かにそれはそれなのだけれど。

やはりどこかに「上手くなりたい」という欲求も確かにある。その為にしなければならない事も、朧ろげではあるが全容を掴みつつある。

ただ、「やっていない」。それだけの話なのだ。

何たる怠惰。何たる怠慢か。

漫然と日々を過ごしながら、何を造る事も何を生み出す事も無く、何となく死んでゆく。

そんな人生を私は望んでいたのだろうか。

力無くうなだれて、また酒を呑む。

明日はどっちだ。

また明日、生きなければならない。

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クソ野郎ことオレ

随分と酔ってから起きた朝。昨夜の記憶を恐る恐る辿ると…

ぎゃあ!死ねる!今すぐ死ねる!

何故か昔の友達に電話していた記憶とか、これはどうしよう。

ぎゃあ!死ねる!

奈美子にも何回も着信を入れていたらしい。

ぎゃあ!死ねる!

酒はキチガイ水です。これだけは間違いない。

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2010年4月21日 (水)

1000円の価値

私は音楽をやったりしているので、時々人前で演奏させてもらったりもしている。

殆どの場合が、ミュージックチャージと称してお客さんから決まった金額を頂く。それ(或いはその一部)が我々出演者のその日の稼ぎとなる。もちろん例外的なパターンは数多あるが、それは別段紹介しない。

兎に角、お客さんが支払った金額の一部を我々出演者が頂く、という仕組みなのだ。様々な形はあるにせよ。そうやって音楽家は飯を食っている。

チャージが1000円だった時に、私はいつも「餃子の王将」を頭に浮かべる。

「餃子の王将」で、餃子二人前とレモンハイを二杯頼んでみてほしい。それらは合計で大体1000円くらいなのだ。

私の言わんとしている事がおわかりだろうか。

つまり、「1000円のミュージックチャージを頂くライブにおいては少なくとも『餃子の王将』の餃子二人前プラスレモンハイ二杯分の価値がなくてはならない」という事なのだ。

無論価値観は十人十色、多種多様だ。十把一絡げに絶対的な基準値を決める事こそ能わないが、凡その目安は計ることが出来る。それが「餃子とレモンハイ」なのだ。

何だかさほど腹は減ってはいないが、軽く一杯呑んで帰りたい。そんな夜に私は一人で「餃子の王将」へ立ち寄り、上記の1000円セットを注文する。ラー油をたっぷりと効かせたタレで食べる餃子はいささかこってりとしてはいるが、レモンハイの清涼感とよく合う。二杯のレモンハイは、ほろ酔いとまではいかないが、それなりの満足感を私に与えてくれる。

大満足とはいかないまでも、及第点とは言える満足感。

これが1000円で得られる一つの「幸福値の目安」なのだ。

なれば、1000円のミュージックチャージを取る場合、我々演奏家は、演奏という行為を通じてそれと同等、或いはそれ以上の満足感を客に与えなくてはならない。それが商売の成り立ちの基本的な部分だ。私はそう思っている。

自らを省みるに、ここまでの音楽生活の中で、そのミュージックチャージ分の満足感をお客さんに与えられなかった事、これは恐らく数えるのが怖いほどにたくさんある。「すまん!マジ金とってすまん!すまんこってす!すまんこってす!」と雪崩式ジャンピング土下座をカマしたくなった事は一度や二度どころでは無い。

『天空の城ラピュタ』において、主人公パズーが軍隊に捕らわれの身になったシータから手を引けとムスカらに言われ金貨をその手に渡された帰り道。地面に投げつけて捨てようとした金貨、けれど捨てられずにもう一度拾うオレ、というシーンがあった。

そういった時の私はまさにこのパズーの心境なのだ。

受け取ったギャラ。しかし何だ?今日のオレの演奏は!こんなもん受け取れるか!受け取れるか…受け…取れるか…

酒呑んで手淫して寝よう…

という一縷のスキも無い、パーフェクトな負け犬根性である。

いや、マジな話をすると、わりかし本気でヘコむんだけどさ、そういう時は。

先ほどの例を再び引き合いに出せば、「オレの演奏なんて聴かずに王将で餃子食ってた方が良いに決まっとろうが…」と力無くうなだれる訳である。

いや、思い出すだけで精神衛生上良くない。

で、今週末に、他人様のライブなのだが、まず間違いなくミュージックチャージ以上のものを得て帰れるライブがあるので紹介したい。

私の大の憧れの「MITCH」さんが東京にやってくる。素晴らしいバンドと共に。

4月23日の金曜日は浅草、翌24日の土曜日は千葉県船橋でのライブだ。ミュージックチャージは2000円。はっきり言おう。安い!と。

私は浅草のライブには自分のピアノの生徒をずらずらと引き連れて観に行くつもりだ。世の中にはこんなに素敵なジャズがあるんですよ、と。

ピアニスト、小林創さんも素晴らしいピアニスト。柔らかくて美しい音色を操る達人。ドラムの永田充康さんは、ワンアンドオンリーのニューオーリンズドラマー。踊り出したくなるようなビートを叩いてくれる。ベーシストは私は初めて見る方なので、この方のプレイも大変に楽しみ。

皆さんも是非観に行って頂きたい。

参考までに、4月23日(金)の浅草のライブの詳細を以下に。

2010年4月23日 東京 浅草 HUB
HUB浅草店20周年Special Live
START 19:20〜
MITCH(tp.vo) 小林創(p) 田野重松(b) 永田充康(ds)
info 03-3843-1254
http://www.pub-hub.com/hub_asakusa/

という事で今週のオススメライブでした。

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2010年4月20日 (火)

アマゾンからのお届け物

電車で向かいに座ってる人が、村上春樹の『1Q84』の第三巻を読んでる。

ちょっとだけ羨ましい。

でもこないだアマゾン(ブラジルの)でCDの買い物してしまったので、我慢我慢。金はそんなに無いんだから。ピラニアが数匹、CDジャケットにその鋭い歯を食い込ませた形で我が家に届くらしいです。着払いで。

楽しみ楽しみ。

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2010年4月19日 (月)

頭がぽおっとしてるとこういう日記になる

未だ治らない風邪で朝からひいひい言いながらも、夕方に不動産屋へ。引っ越し先の家の手続きやら何やらをする。家賃が毎月3800万円もかかるのであれこれと慎重に。

夜は千駄ヶ谷へ。レッスンが2コマ。

生徒に風邪をうつさないようにマスクは装着済み。もちろんヘルメットとゲバ棒も装着して、譫言のように「安保粉砕!」と呟く事も忘れずに。

どうも風邪をひいたり熱を出したりすると、頭がぽおっとして、発言が大変にテキトーになる傾向がある。

仕事に差し支えないように、そこだけは引き締めないと。

あ、仕事?何の仕事かって?

言ってなかったっけ?

地面に張り付いてカピカピになったガムをヘラで剥がす仕事ですよ。

今日は東京ドーム三杯分剥がした。

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2010年4月18日 (日)

風邪ひいた

風邪をひいてダウン。

今日は久しぶりにがっつりブログ書きたかったんだけど、しんどいので中止。

ポカリスエットを飲みながら、デイゲームのカープ戦でも観て寝て過ごします。

もし今日カープが勝ったら、多分風邪も治る。

奈美子が来てくれたので、一緒に野球を観ます。

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2010年4月17日 (土)

スポーツ新聞のハシゴ

スポーツ新聞を四紙も買ってしまった。

昨夜の広島カープ対中日ドラゴンズ戦の前田智徳のサヨナラタイムリーの記事が読みたかったから。

しめて520円。安いもんだよこれくらい。

スクラップブック作ろうかな。

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2010年4月16日 (金)

一言だけ良いだろうか

ありがとう。前田智徳。

詳しくは後日。

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千駄ヶ谷は将棋の街なのだ

「あンた、背中が煤(すす)けてるぜ…」

そんな科白を、真剣(マジ、と読んで頂きたい、本日に限り)な顔付きで言われた経験、そんな経験は読者諸氏にあってはお持ちだろうか。

勿論私には無い。

この上記の決め科白は、能條純一作、『哭きの竜』という麻雀漫画における主人公、「竜」のものである。

意味としては恐らく、「あんたの考えている事は全てお見通しだ」、或いは「もう待った無しだぜ」ぐらいの意味だろうが、もしも実際の麻雀の対局中にかような事を言う輩がいればマジキチ(「マジでキチガイ」の意)として一笑に付される。そんな科白が発されるのは、あくまでも漫画や小説の世界においてのみなのだ。

それを知りながらも、我々はそういった「漫画的世界」に憧れずにはいられない。

「あーん、チコクチコクー!」と声高に喚き散らしながら口にトーストをくわえたちょっぴりドジな女の子と路地の曲がり角でごっつんこ。実はその女の子は自分の学校にやって来た転校生で、席は図らずも自分の隣、二人で目を見合わせ「あ、あなた…」的な状況から生まれる淡い恋。そんなものを夢想した事は誰にでもあるだろう。

だが、現実にはそんな事は起きようが無いのだ。天文学的確率で起こり得るのかも知れないが、そのようなエピソードをリアルに経験した人を私は知らない。仮にいたとすれば、その人は十中八九虚言癖のシャブ中(覚醒剤中毒の意)である。もしくは稀代の嘘吐きである。実際に有り得る筈が無いのだ。

私は本日、前述した能條純一氏の別の代表作、『月下の棋士』を読んでいた。

『哭きの竜』が麻雀をモチーフにした漫画であるのに対して、こちらは将棋をモチーフにした漫画である。

この漫画においても能條純一ワールドは全開。棋士達が一手一手に魂を削りながら将棋盤に向かう姿が、漫画的大袈裟さと共に劇画タッチで描かれていた。

主人公の氷室将介に、駒達が語りかける。「さあ、次の一手を打ってくれ」と。

実は大の能條純一好きの私なのだが、ご多分に漏れず、夢中になって読み耽ってしまった。

この作品の中で度々登場する舞台が、東京は千駄ヶ谷の街である。

千駄ヶ谷には将棋会館なるものが実際に存在し、その中にある「奨励会」という将棋の虎の穴では、日々若き棋士達が切磋琢磨しながら凌ぎを削っている。これは実際の話(事実)なのだ。

奇しくも私が教鞭を採る音楽教室も、この将棋会館や鳩森神社(将棋の神様が祀られているらしい)のすぐ近くにあり、そこに描かれていた風景は、細密に私の知る風景であった。

まさか、いつも私が何気なく歩くあの風景のすぐ傍で、あのような魂の削り合いが行われていたとは…

漫画と現実を完全に混同した私は、私の棲む「現実世界」に「月下の棋士ワールド」を代入した。

もうこれからは千駄ヶ谷の街で和服を着て歩いている人間を見たら、それらの人間は全て将棋指しだと勝手に思い込む事にする。

寝癖がついたまま歩いている人間も、羽生善治的な理由から将棋指しと判断する。

そんな事を考えながら千駄ヶ谷の街を歩いていたら、本当に歩いている人が皆将棋指しに見えてきた。

「こいつらみんな駒の声が聞こえるんやで…えらいこっちゃで…えらいこっちゃで…」と私は狼狽した。

そんなこんなしながら歩いていると、路地の曲がり角でトーストを口にくわえたドジっ子と…以下略

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2010年4月15日 (木)

不貞寝

何もやる気の起きない時には、泥濘に沈み込む。

死んだように眠る。

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2010年4月14日 (水)

恐怖のMD

MD。ミニディスク。今の若い人は知っているのだろうか。

カセットテープと違って音の劣化が殆ど無い、曲の頭出しが出来る、など、出始めた当初は大変に画期的だった。確か私が中学生ぐらいの頃に世に登場した。

図書館やレンタルショップでCDを借りて来ては、よくMDにダビングした。その当時のMDは何やかんやで捨てられず、結局我が家には未だに数百枚のMDが残っている。

昔よく聴いていたMDの中に、ザ・ブルーハーツのアルバムをダビングしたMDがあった。たまたま久しぶりに聴いてみたくなり、押し入れを漁った。

タイトルも何も書いていないMDが大半なので、探すのは骨が折れる。「確か青色のMDだったような気がする…」といったような曖昧な記憶を頼りに、幾つかのMDをデッキに入れては再生、「あ、これは違うや、他の他の…」という事を繰り返している内に、とんでもないMDを発掘してしまった。

大学生時代の自分の演奏。

ぎゃー、何で出て来るんだ、そんなもん!

これは恥ずかしくて死ねる。ちょっとだけ聴いてみたが、ものの30秒でギブアップ。いやはや、ほんっっっっっっとうにヘタクソなのだ。物凄くヘタクソ。まだ二十歳かそこら、ピアノを始めたばかりのヘタクソでヘタクソを煮染めたような私の演奏。勿論今も「上手い」とは言い難いが、それにしても実にヘタクソな私の演奏がそこには収められていた。恐らくは大学のジャズ研の発表会辺りの録音だ。

今ならもうちょっとは上手に弾けるんだけどな、とも思い、このピアノを弾いている奴の後頭部を鈍器のようなものでしこたまに殴りつけたい!とも思ったが、それと同時に思い出した、「この頃、ピアノ弾くの楽しかったなあ」と。

技術はまるでなかったし、「表現したい何か」があったのかも怪しい。プロのピアニストになろうなどと、その頃は微塵も考えていなかった。でも、楽しかった。夜な夜なジャズ研の部室に集まって、ガチャガチャとヘタクソなジャズもどきを演奏しているのが楽しかった。

その「恐怖のMD」をちらと聴いて、そんな事を思い出した。

今もピアノを弾くのは楽しい。思ったような音が出たり出なかったり。しんどい道だとは思うが、やはり楽しい事には変わりは無い。

但し、幸か不幸か音楽をする事が「仕事」となってしまった今では、「楽しい楽しくない」というのとは別の所で、「日常」として音楽をやっている部分も多分にある。「さ、メシ食おうかな」というのと同じテンションで「さ、ピアノの練習するべか」といった具合に。

非日常だった音楽が日常となってしまった、その事に対しての不満は無い。自分で選んだ道なのだから。

けれど懐かしく思い出したのだ。あの京都府立大学のジャズ研の部室へ向かう時のワクワクした感じ。無条件に音楽が楽しかったあの頃の気持ち。そういうのも悪くないな、と私は思う。

今日、MDの束を弄っていたら、そんなMDを見つけた。

その後に当初の目的通りに発見したブルーハーツのMDを聴いたら、すごく楽しそうにヒロトが歌を歌ってマーシーがギターを弾いていた。

そんな事に、何だかとても心を打たれてしまったのだ。

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2010年4月13日 (火)

これからはiPodを使う(使っていきたい)

携帯型音楽プレーヤー、例えばiPodなど。

この類いの物を使うのが実はあまり好きではない。

電車の中や歩いている時、あまり音楽を聴こうという気にはならないのだ。何故なのだろう。音楽を聴く事自体は好きなのに。

だが、これからは携帯型音楽プレーヤー、私の場合は従兄弟からもらった「iPodナノ」だが、これを活用していこうと決めた。

資料として買ったは良いものの、聴かずにおいたままのCDがいい加減結構な量になってきた。それらを一つ一つ聴いていこうかな、という狙いだ。これも勉強、研究の一環だ。

とか何とか良いながら、最初にiPodに入れたのは、マディ・ウォーターズとジョン・リー・フッカーとBBキング。思いきり自分の趣味のブルーズじゃんか。

良いんだよ、とりあえずはiPodに慣れなきゃだから。

慣れたら色んな音楽も聴きます。

いやあしかし若い頃のジョン・リー・フッカー、超カッコいいにゃあ。

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2010年4月12日 (月)

神復活

神が復活した。再び、この地に祝福と災いとをもたらしてくれる。天変地異の時は近い。

気が狂った訳では無い。本当に神が復活したのだ。

昨日の横浜スタジアム、広島カープ−横浜ベイスターズの裏天王山、熾烈な最下位争いが行われていた。

横浜ベイスターズの先発ピッチャーは千葉ロッテから移籍した清水直行。150キロ近いストレートと魔球のように曲がるスプリットを武器にする好投手である。

余談だが、彼は一昨年に、32歳という若さの最愛の夫人を病により失っている。その辛さたるや我々野球ファンの想像の計り知れない所である。そういった彼の苦労を考えると、どうしても応援したくなる野球選手の一人である。

昨日の清水投手は、まさに快刀乱麻のピッチング。12球団の中でもダントツのヘボさを誇る我らがカープ打線をキリキリ舞いにさせていた。

対する我ら広島カープの先発ピッチャーは、長谷川昌幸投手。いつもの通り、フォアボールを連発した挙げ句にカウントを整えにいった甘い球を痛打されるという貫禄のピッチング。三回裏の時点で既に5失点という内容で、試合は大勢を決していた。

横浜ベイスターズは好投の清水投手を7回表で下げ、後続のピッチャー陣に後を任せた。

7回を江尻、8回を牛田が零封し、迎えた9回表、横浜ベイスターズのマウンドには若きクローザー、山口俊投手が上がった。

持ち前の豪速球で先頭打者の嶋をライトフライ、続く新外国人(クソ外国人)ヒューバーをサードゴロに打ち取った。

2アウトランナー無し。スコアは6−2、もはや横浜ベイスターズの勝利はほぼ確定的だった。

そこに、神が降臨した。

キャッチャー石原の打順、代打がコールされる。

現れたのは背番号1。そう、現人神(あらひとがみ)でお馴染みの、前田智徳である。

球界最高峰の打撃技術を持つ神が、四球目に投じられた渾身のストレートを、一振りで斬って落とした。

白球は、ライトスタンドへ。静寂を切り裂く、ホームラン。まさに「神復活」の瞬間であった。

今年は何本、神のホームランが見られるのであろうか。流石は「男前田」、役者が違う。

などと興奮状態に達したカープファン。

次の打席で代打に立った赤松真人選手はいささかアホなので、どうやら神のホームランを間近に見て「うおっ!カッコいい!オレもオレも!」となったのかどうかは知らないが、扇風機のような大振り。あっさりと空振り三振。赤松は大変良い選手で私も好きなのであるが、いかんせん頭が悪い。そこが愛らしくもあるのだが。

そんなこんなで神が復活した。

さあ、他球団ファン達よ、ここから神の恐怖に脅えるが良い。

大丈夫、点ならウチの自慢のクソピッチャー陣(マエケンを除く)がいくらでもくれてやるわい。

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2010年4月11日 (日)

故郷を離れる

環境の変化というものは、時に人に期待をもたらすが、時に人を不安にもさせる。

不慣れな環境にどこまで馴染めるのだろうか。そこに自分の居場所はあるのだろうか。激しい懊悩が襲う。

昨日、引っ越しの為に家を探す、と書いたが、私の新しい住処が決まった。決まってしまった。

随分と今の家から離れてしまう。家が変われば街も変わる。街が変われば文化も変わる。文化が変わるという事は、畢竟生活が変わるという事を意味している。

私が生まれ育った街、江戸川区西小岩。この街を私は嘗て一度出た事がある。大学進学の際、あれは18歳の時の事だった。私は西小岩を離れ、遥か西の京都の地に移り住んだ。

学業面であまりにも優秀過ぎた私は、大学側が「頼むからまだ残ってくれ、卒業しないでほしい」と幾度と無く嘆願されたので、九年間もしぶしぶ大学に在籍してやった。優秀過ぎるのも困りものである。私の京都での生活は、およそ10年にも及んだのだ。それもこれも、私が大学生として優秀過ぎたからだ。

そんなにも長い間故郷を離れた私であるが、再び故郷を離れる時がやって来ている。

街から街へ。過去から未来へ。流れ流れて、人は何処へ辿り着くのだろうか。

という事で、私は今月末から江戸川区南小岩という所で暮らす事となった。

随分と故郷を離れるものである。

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2010年4月10日 (土)

お引越

来月引っ越すので、本日は家探しデイ。

今日中に決まると良いのだけれど。

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2010年4月 9日 (金)

珍しく音楽の話ですよ

表題の通り。音楽に興味の無い方には申し訳ない。

最近、練習の中でメインに据えてやっているのは、「ソロピアノの弾き方」。独奏。

その独奏と、もう一つ、合奏について少し思う所を。

ピアノという楽器は、共に演奏する楽器の有無、またその種類によって、演奏の方法が変わる。演奏の方法が変わる、というのは語弊があるかな。音楽の中で「分担する部分」が変わる。

例えば、ベース(コントラバス)とドラムと一緒に演奏する所謂ピアノトリオと呼ばれるフォーマットで演奏をする時と、歌とデュオでやる時。この2パターンを比べてみると、演奏方法にはかなりの違いが生じる。

和音の押さえ方一つをとっても随分と変わる。同じ「C」というコードネームを見ながら演奏するにしたって、構成和音が変わってしまうのだ。

冗長になってしまうので、和音についての具体的な話はここでは割愛する。

ピアノという楽器は、極めて「独奏に向いた」楽器だ。

例えばティンパニによる独奏。勿論それも有り得なくは無いが、あくまでもそれはイレギュラーなケースだ。楽器にはそれぞれに「独奏に向く楽器」と「合奏に向く楽器」とがある。トライアングルの独奏。確かに見てみたくはあるが、やはりトライアングルやティンパニよりはピアノの方が独奏に向く。トライアングルやティンパニは合奏にこそ向く。

他にも、ギターなどは「独奏に向いた楽器」の一つだ。その楽器単体で、充分に音楽を構成しうる。熟練のギタリストのソロギターは、独特の世界観を作り上げる。

無論ピアノもそうである。今秋に来日する南アフリカのピアニスト、Abdullah Ibrahim氏のソロピアノの演奏をこれまでに二度見た事があるが、それを見た私の印象は、「これ、他に何にもいらねえな」である。

ウィスキーの宣伝文句ではないが、「何も足さない、何も引かない」。まさにピアノという楽器が、その身一つで宇宙を表現する。大袈裟な言い方だと思うかも知れないが、嘘だと思うならば今秋に京都は上賀茂神社で開催される彼のコンサートを直に見ると良い。それは何の誇張でも無い事はすぐにわかる。勿論私も見に行く。宇宙を体感しに行く。

そういった、「独奏にも向いた楽器」であるピアノ。やはり私は「独奏が一つの基本だ」と思っている。

リズムを出し、旋律を奏で、ハーモニーを構成する。全て同時に一つの楽器で行う。

少々気取った言い方をするならば、「自立した演奏をする」という事だ。

合奏となった場合に、共演者とコミュニケーションを取る事は必須だ。相手の意図を汲み、会話として演奏をする。一方的な独り言ではなく、相互的なコミュニケーションである。

しかし、その際に相手に依存してはならない。また、相手が私に依存してもならない。お互いがそれぞれに演奏として自立していて初めて、相互的コミュニケーションの介在する合奏という行為が成り立つ。まずは、独りできちんと音楽を創る事、これが大切なのだ。

トミー・フラナガンというジャズピアニストがいて、彼はよく「バッキングの名手」と言うような讃辞を送られる事がある。即ちそれは「バンドの中に入ってサイドメンになった時に、共演者の良さを最大限に引き出す名脇役」ぐらいの意味である。

確かに彼がサイドメンとして参加したアルバムには、ジャズの歴史の中でのエポックメイキングとなったようなアルバムも少なくない。ジョン・コルトレーンの『ジャイアントステップス』、ソニー・ロリンズの『サキソフォンコロッサス』、コールマン・ホーキンスやエラ・フィッツジェラルドの一連の作品群。数々の場で、まさに絶妙なサポートを魅せているのが彼のピアノだ。

そしてこれが重要な点であるのだが、彼の演奏はきちんと自立している。それ単体でも十二分に音楽を構成しうる。それであるからこそ相互コミュニケーションである合奏の場においても、その存在感は一層に際立つのである。

トミー・フラナガンに限った話ではない。彼との共演者、コルトレーンもロリンズもエルヴィンもエラも皆、自立して音楽を奏でている。独りでリズムを成立させ、旋律を紡ぐ。楽器(或いは声)の性質上和音こそ出せないものの、少なくともハーモニーを感じながら演奏をしている。音楽的に自立した者達の集まりとしてのバンドがあり、そうなった時に、一つ一つのピースは単純な足し算で1+1+1+…といかずに、更に複雑に幾重にも重なり、何とも重厚で心地の良い音楽が生じてくるのだ。

だから、やはり一つの基本は独奏なのだ。周囲に依存しない演奏技術、それを強固に確立させなくてはならない。

コミュニケーションの在り方を考えたら、ごく自然にそうなる。何も喋れない、何も喋る事が無い人間にはコミュニケーションは取れない。表面上は取れるかも知れないが、深い部分でのコミュニケーションは決して成立しない。

沈黙にだって、二種類ある。莫大な情報の塊としての沈黙と、ただの空疎な沈黙。願わくは、饒舌な沈黙を創れるようになりたい。

そんな事を思って、今日も拙い独奏を練習する。

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2010年4月 8日 (木)

何もせずに一日が過ぎた

昨日は結局何も手に付かなかった。

練習をしようと思ってピアノの前に座ってはみたものの、全然楽しくない。いたずらに鍵盤の上で手を動かしているだけ、という状態が30分ぐらい続いたので、そこで練習をやめた。

ごろんと布団に転がって、天井を見つめる。

それからじっと目を瞑る。

そんな事を繰り返していたら、夕方になってしまった。

何だか私は、「このまま家にいても、暗い気持ちに塞ぎこむ一方だ」と思って、服を着替えて家を出た。JR信濃町駅まで向かい、神宮球場を目指した。

やっていたのは、ヤクルト-広島戦。私はいつもならばレフト側の外野自由席で、大声を上げながら広島カープを応援しているのだが、昨日ばかりは流石にそんな気分にもなれず、内野指定席を一枚買って、静かに野球を観戦した。

降りしきる雨と吹きすさぶ寒風。昨日の神宮球場は、まるで冬の如き寒さだった。

厚いジャンパーを羽織っていったにも関わらず、私はぶるぶると震えながらその試合を見た。本当に寒かった。買っていったビールも、結局飲まず終いだった。

試合自体はカープの惨敗。チャンスはことごとくものに出来ず、相手チームの四番デントナに満塁ホームランを打たれるなど、まるで良い所なし。今年のカープは本当に弱い。

それでもまあ良いか、という気にもなった。

黒い喪章をつけたカープの選手たちが、木村拓也を思い出しながら戦うところが観れた。だからまあ良い。

帰りの電車はそんなに混んでいなくて、座席に座りながら私は色んな事を思い出していたらうとうとと眠くなってしまった。

起きたらちょうど小岩だった。

ついている、と思った。

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2010年4月 7日 (水)

二流の美学

木村拓也死去の報。無念、と合掌する。

彼の回復を祈っていた。倒れ方を見るに「凡そ無理だろう」とは思っていたが、それでもどこかで奇跡を信じていた。ただ、生きて帰って来てほしい。そう、思っていた。

クモ膜下出血。突然、人は死ぬ。恐らく本人は、死を意識する暇もなく、唐突に死ぬ。

木村拓也の場合は倒れてから5日、私の師匠は19日間だった。

亡くなるまでの間、傍にいる人間は「死」を意識する。とても身近なものとして、それを捉え始める。心底から回復を祈っていても、冷静な意識の中ではそれが難しい事も理解している。眼前の愛しい人が間もなく死ぬという事を意識させられる。本当に、それは好むと好まざるとに関わらず。

木村拓也の家族の気持ちが少しだけわかる。

以前にも書いたが、彼は決して「プロ野球選手として突出した何か」を持っていた選手ではなかった。決して、一流の選手ではなかったのだ。

だが、特筆すべきは彼の美学、そう、「二流の美学」である。

嘗てアテネ五輪の日本代表として召集された彼は、試合の攻守のみならず、コーチャーからブルペンキャッチャーまで、「雑用」と揶揄されかねないほどまでに献身的にチームを支えた。笑顔で。嫌な顔を一つせずに、である。

当時の所属球団、広島カープを代表し、そして日本を代表してアテネに向かったにも関わらず、彼はそうした「裏方」に徹した。

球団に戻ってからも、当時若手の売り出し株であった東出や尾形のバックアップを担当した。彼はそういったエピソードには事欠かない。

それに際して考えて頂きたい。

それは彼が単純に「良い人」だったからなのだろうか。

勿論それもあるだろう。木村拓也は、随分と人懐っこい、明るい性格の持ち主だったと聞く。そのチームへの献身的なエピソードも、彼という人間の性質の一つの所産だと考えても決しておかしくは無い。

だが、私はそういった部分から、性質とは別の、彼の独特な美学を感じずにはいられない。

類い希なる「二流の美学」である。

与えられた場所で全力を尽くす。人が面倒くさがるような事を率先してやる。それが何であろうと、兎に角「何でもやる」。

そうした内に、周囲は彼の存在の大きさに気付く。

大丈夫、何があっても拓也がいるから、と。

何の取り柄もなかった筈の男が、いつしか決して欠く事の出来ない存在になっているのだ。

そもそも、プロ野球選手になるような人間達は、幼い頃から「エースで4番」というのが相場だ。野球がとびきり得意な人達が選ばれる職業が、プロ野球選手であるのだ。

それがプロに入った瞬間に、自分はワンオブゼム、「その他大勢」の内の一人である事に気付かされる。それはそうだ。何故ならば、周囲の人間たちも皆「野球がとびきり得意な人達」なのだから。

しかし、そこで挫折を味わい落ちていく人間と、そこから這い上がる人間と、二種類の人間に大別される。木村拓也は、圧倒的に後者だった。彼は「超二流」として、自らの存在をプロ野球というフィールドの中で燦然と輝かせた。

緒方孝市の引退試合で放った笑顔のセンターフライ。昨年の巨人戦で構えたキャッチャーミット。泥臭くて生々しい数々のプレー。

木村拓也という「超二流」の野球選手がいた事を、私は決して忘れない。

お疲れ様、そしてありがとう、木村拓也。

あなたのプレーが、もっと言えばあなたという野球選手の在り方が、大好きだった。

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風呂

風呂が嫌いだ。大嫌いだ。

休みの前の日は風呂に入らないと心に決めている。どうせ翌日は誰にも会わない。一人で家に引きこもってピアノを弾いたりしてるくらいだ。私が身体中から「お好きな方にはたまらないスメル」をさせていた所で、誰にも会わないので、まさにイグザクトリー無問題(いぐざくとりーもうまんたい)。誰にも迷惑をかけないのだ。

レッスンやリハ等で人に会う時には、その会う直前に風呂に入るように心掛けている。だから本当にエクストリームリー無問題(えくすとりーむりーもうまんたい)である。

だのに。

だのに何故。

私の彼女に奈美子という女がいるが、この女、頑なに私を風呂に入らせようとするのか。明日は休みなのに。

「貴様、くせえんだよ、風呂入りやがれこのボンクラ」

「誰が貴様の雨の日の夕方六時の靴下のようなスメルを愛でるか!黙って風呂に入れ、このホームレス予備軍!」

などと私をなじるもので、私は仕方なく風呂に入る。

いやあ、風呂、超面倒くせえ。

さあ、花*花(ナハナハ)の「あーよかった」のメロディに合わせて一緒に歌おう!

♪あー嫌だったなー、風呂に入ってー

あー嫌だったなー、カラダ洗ってー

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2010年4月 6日 (火)

身体の記憶

立て続けにあったライブも終わり、一休み。

一つ一つそれぞれに反省点があって、もちろん「あー!畜生!」と歯軋りしたくなるようなミスもあった。どうしたって良かった印象はすぐに忘れるけれど、ミスに対する負の印象は脳裏にしつこくこびり付く。

間違いを犯したくはない。ある程度技術的に確実なものがあったその上で、「表現」がしたい。そう思いながら日々練習しているにも関わらず、性懲りもなく安易な過ちを繰り返し、「表現」という土俵に上がれなくなる。

原因の一つは、技術の精度の低さだ。

例えば優れた野球選手は、狙った所にボールを打つその精度において、かなり高いものを持つと聞く。

イチロー、落合博満、そして前田智徳。彼らに代表されるような「巧打者」と呼ばれる打者は皆一様に、レフトならレフト、センターならセンターと、狙った所に打球を飛ばす事が可能だと言うのだ。

その技術の精度を支えているのは、絶え間ない反復練習である。

幾度とない素振りを繰り返し、常に身体を同じような軌道で動かせる。それは才能のみならず、不断の努力の賜物なのだ。

確実にピアノを弾くという事は、上に挙げたようなプロセスに酷似した部分がある。

常に身体をコントロールし、決まった「所定の位置」へと指先を導く。野球のボールが「動いている物体」であり、ピアノの鍵盤が「動かずにそこにじっとある物」だと考えれば、ピアノを確実に弾く事はもう少し容易な筈だ。

反復練習。必要なのは反復練習だ。

例えばメトロノームに合わせながら、一定のテンポで、更に全て同一の音色で音階を弾く。旋律をなぞる。和音を押さえる。

飽きるほどに繰り返したやっとその後に、身体が「その身体の動かし方」を記憶する。

私の身体はまだそれを記憶していない。「知って」はいるが、記憶するには至っていない。

四の五の云わずに、ただ、やるのみ。

「表現」の土俵に上がるのは、思いの外大変そうだ。

先日の2日、3日、5日と続いたライブ。共演して頂いた方や裏方をして下さった方々、そして観に来て下さった方々に改めて御礼申し上げます。

また、明日からコツコツやります。

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2010年4月 5日 (月)

雨だけどライブ

本日上野アリエス、ハーモニカトリオのライブです。

ハーモニカ皆川和義、ベース山崎伸之、ピアノ糞まみれ三太夫の三人でお届け致します。

19:20からスタート。チャージ2000円です。

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2010年4月 4日 (日)

やせる

やせる
コレ買った。

もう、痩せる。

酒もやめる。

そうそう、今日は新宿二丁目「道楽亭」にて音楽イベントに参加します。

ハーモニカ皆川和義とピアノ油山デブ男(あぶらやまでぶお)のコンビで参加します。

他にはギターで弾き語りの方が二組御参加されるそうです。

ごくたまにこういった音楽イベントには参加させて頂きますが、存外に好きです、こういうの。

自分の出番が終わった後に、のんびりとビールを呑みながら他の人の音楽を聴くのは楽しいのです。

我々の出番は19:00過ぎからです。

宜しければお立ち寄り下さい。

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2010年4月 3日 (土)

木村拓也

木村拓也が倒れた。クモ膜下出血だそうだ。死んだ私の師匠と同じ病だ。

木村拓也。元広島カープの野球選手。昨年引退した。どこでも守れる器用な選手だった。

彼は自分がNo.1ではないという事を潔いほどに認めていた。「オレにはプロ野球の世界で特筆すべきものは何も無い。だから何でもやる。生き残る為に、何でもやる」と。その姿勢が、彼を稀代のユーティリティプレイヤーへと成長させた。決して欠く事の出来ない唯一無二の存在へと彼を高めた。

私もどこかで思っている。「オレには音楽的才能なんてまるで無い。でも、絶対に生き残る、何でもやる」と。

木村拓也のその前のめりな姿勢にいつも心を打たれてきた。勇気をもらってきた。ものすごく、感動してきた。

がむしゃらにやって、石にかじりついて。カッコ悪い事はとてもカッコいい事なんだと、木村拓也はそれを教えてくれた。

師匠が倒れてから約三週間、私はずっと病院の彼の傍で、回復を願っていた。クモ膜下出血の病状がどんなものかも、凡そ知っている。安堵したり絶望したりの繰り返しだった。きっと木村拓也の家族も、今はそんな状態なのだろう。

あのカッコ悪くて最高にカッコいい野球人を死なせないでほしい。

37歳。まだまだやる事はたくさんある。

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2010年4月 2日 (金)

爆笑しながら品川へゴー

以前にも告知しましたが、本日よりライブの3連荘です。

まずは一発目の今日、4月2日は、品川アトレ(駅ビル)内のレストラン、「トライベッカ」さんで。

19:45からのスタート。

ボーカルには、「天才」おおたりこを迎えます。溢れる歌心と、天性の声。初めて一緒に演奏した時に「あ、こいつ天才だ」とすぐにわかりました。悔しいけれどこういうヤツっているんだな、と。最近ではジャズ界の重鎮たちとのステージを積み重ねて、どんどん進歩していく彼女。天才が努力してるんだものな、そりゃすげえよ。この機会に是非一度観て頂きたいです。

ベース(コントラバス)には、日下部史貴氏を迎えます。繊細さと骨太さを兼ね備えたスーパーベーシスト。今回のライブにあたっては、氏が全面的に曲のアレンジや構想に対してのアイディアを出して下さいました。「おお、そうか!」「なるほどなるほど!」と私も目から鱗状態に幾度となくなりました。バンドを支える屋台骨。素晴らしいベースの響き。これも是非観て頂きたい。

そんでピアノは「日本ジャズ界随一の広島カープファン」でお馴染み、アタクシでごぜえやす。ま、これといって特筆するべき所も無いんですが、一生懸命やりますので。ええ。

ちなみに本日のライブ、ミュージックチャージがお安い。何と500円。色々と大人の事情で500円。500ドルではないですからね。500円です。500ウォンでもありません。品川のレストランでジャズ聴いて500円ってあーた、今時ございやせんよ。

つう事で、アタクシは今から風呂に入って身体を清めたら、爆笑しながら品川へゴーします。

リハもうまくいった、練習もした、共演者も素晴らしい。良いライブになるかどうかは水物なので断言は出来ませんが、こりゃ楽しくなるよね、という予感がぷんぷんしやがります。

よって、爆笑しながら品川へゴー。

何かこういう詩が町田康の詩にあったような気がするな。

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2010年4月 1日 (木)

嘘という思考ゲーム

四月莫迦、或いはエイプリルフールなどと呼ばれる4月1日、今日である。

世間ではどうやら「嘘をついても良い日」という事になっているらしい。

私の好きなジョークにこんなものがある。

あるインド人Aが、「インド人は嘘つきだ」と言ったとする。さあ、事の真相はどうだ、というジョークだ。

つまり、言ったインド人Aが提示したテーゼ、「インド人は嘘つきだ」というもの、これを真実だと仮定すると、言った本人であるインド人Aは嘘つきだという事になり、彼が提示したテーゼ、「インド人は嘘つきだ」は嘘となり、実際には「インド人は嘘つきではない」という事になる。

しかし、そういった帰結(「インド人は嘘つきではない」)を甘受するには早急に過ぎる。何故ならば、「インド人は嘘つきではない」という結論があるにも関わらず、インド人Aは「インド人は嘘つきだ」という嘘をついている事になり、結局のところ「インド人は嘘つきだ」という事になるのである。

ならば、「インド人は嘘つきだ」という結論がここで得られ、更に考えていくと…といった具合に思考が堂々巡りを始めるのである。まるで思考の「メビウスの輪」である。

これを当ブログにおける私の立場に置き換えて考えてみたい。

私は常々、「私は嘘つきではない」と主張している。私は嘘を言う時以外はいつだって本当の事しか言わない、いつもそう主張している。

だのに何故、皆疑うのか。私の年収が5兆円ある事、私の身長が2m30cmあること、私が東大を主席卒業した事、それら全てを何故疑うのか。

これらの具体的な案件が逐一嘘だったとすれば、先程言ったような「私は嘘つきではない」というテーゼも根本から覆される事となり、「私は嘘つきだ」という事になる。そうした時に、先程のインド人の例で出したように、「私は嘘つきではない」も全て嘘だと言う事になり、私は嘘で嘘を塗り固めた完全な嘘つき人間だという事になる。

あれ?こっちはきちんと結論づいちゃったな…おかしいな…メビウスの輪みたいになんなかったな…何でだろう…バカだからなのかな…

いやいや、違った、これで良いのだ。「私は嘘つきだ」と結論付ける事がまずは大事だったのだ。ああ、嘘さ、大嘘つきさ。年収は5兆円もないさ、3億円さ。身長も実は182cmしかないし、本当の学歴は東京芸大のピアノ科(多分日本一難しい音大。知らないけど)を主席卒業さ。包帯のような嘘を見破る事で学者は世間を見たような気になるんだね。中島みゆき御大が言ってたさ。

さて、私が稀代の大嘘つきという事がばれた所で、ここで一つの思考ゲームだ。

大嘘つきである私が今日、まさにこの4月1日、エイプリルフールに言う事は、嘘か真か。頭を振り絞って考えてもらいたい。優れた犯人は大事なところ以外は嘘をつかない。これは私が「古畑任三郎」から覚えた知識だ。

・私はもうすぐ結婚する。勿論、奈美子と、だ。

・夏ごろに、ラジオをやろうと思っている。ネットラジオだ。只今着々とその準備を進めている。

・秋ぐらいに、ちょっと大き目のライブイベントをする。

・レコーディングをして、CDを作る。

さあ、これらの案件、嘘か真か。

木を隠すならば、森なのだ。

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「あらびき団」を観ていて思い付いたギャグ

どうもー

ライト廣瀬でーす

レフト末永でーす

センター天谷でーす

広島カープでーす!

生まれてきてすまん

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