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2010年1月14日 (木)

モンクの赤と黒

初めて買ったCD(レコード)を、皆さんは覚えておいでだろうか。

私は覚えている。一番初めの初めと言えば、小学4年生くらいに買ったCDシングル、堀内孝雄の「ガキの頃のように」だ。何とべーやんだ。

当時私は何故かはわからぬが、藤田まこと主演の刑事ドラマ「はぐれ刑事純情派」が大好きで、その主題歌であったべーやんの歌を小遣いを貯めて買ったのだ。不思議な事に歌のメロディも未だに覚えている。勿論、小学生である私にドラマ内で描かれていた「大人の事情」や「人情の機微」といったものが分かっていたのかどうかは甚だ疑問である。

さて、その後様々なCDを買って、中学三年生だか高校一年生ぐらいの頃に、初めて米利堅(毛唐人)の人のCDを買った。それはロバート・ジョンスンという名前のブルーズマンの二枚組のCDだった事をはっきりと覚えている。御茶ノ水で買った。それも覚えている。

そのCDは未だによく聴くCDなので、初めて買って聴いた当初の印象からは今では随分とかけ離れている。多分その当時は「英語の歌を聴いているオレってカッコイイ」という、所謂「中二病」と呼ばれる症状の一例としてそういったものを聴いていた、という事実も否めない。今の私から言わせてもらえば「カッコつけたいんだったら、まずはビートルズ辺りから聴いておけ」とも思うのだが、何故だか一発目からロバート・ジョンスンだった。たまたま「どれどれ、ワシもたまには毛唐の音楽でも聴いてみるかのう」という気まぐれでたまたま買ったのがロバート・ジョンスンだったのだから、それはそれで仕方ない。初めて買ったCDがべーやんだったのと同じように、それは覆す事の出来ない過去なのだ。

それから暫らくブルーズにかぶれる事になる。勿論、この時私のマインドに「ブルーズなんていう大人の音楽を聴いているオレ、カッコイイ」という自負があったのは言うまでも無い。あの頃に戻れるならば、私は私をぶっ飛ばしてやりたいのだが。

その中二病をこじらせて、後々ジャズにかぶれる事になる。無論、「ジャズを聴いているオレ、カッコイイ」に変化しただけである。カッコ良くねえっつうの、死ねよバカ。

しかしまあ、それが仕事にまでなったのだから、これはこれで良いのかな、とも思う。きっかけなんて様々なのだから。

では、初めて買ったジャズのCDは何だったのか。これも私ははっきりと覚えている。それはチャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーの共演した「Bird and Diz」というアルバムであった。

「オシャレでオトナなワシはそろそろジャズなんかも聴いとかなきゃならんのう」と思ってみたは良いものの、何がジャズなのかがわからん!と即座に私は途方に暮れた。そんな折に、当時リバイバルとして流行っていた森田童子の「ぼくたちの失敗」を思い出した。

森田童子「ぼくたちの失敗」
http://www.youtube.com/watch?v=7H5555py7OA

山崎ハコに中島みゆき、そしてこの森田童子。私は暗い歌を歌う人達が大変に好きなのであるが、しかしこれは暗すぎるな。

この歌の中に、「ジャズ喫茶」、「チャーリー・パーカー」といったフレーズが入っていたのを聴いて、「そうか、チャーリー・パーカーというのがジャズの人なのだな!何やってる人だかは全然知らねえけど!」と私は知った。

なので、御茶ノ水のCD屋にチャーリー・パーカーを買いに行った。と言うよりも、チャーリー・パーカーしか知らなかった。しかも森田童子経由で。

CD屋で「チャーリー・パーカー下さい」と言って、「おバカ様、こちらのコーナーにございます」と案内された所で何枚かのチャーリー・パーカーのCDを見つけて、当然の事ながらどのCDにも一曲たりとも知っている曲が入っている訳も無く、ただ何となく「このCDのジャケットは赤くて黒くてカッコイイような気がする」という理由で前述の「Bird and Diz」を購入した。

聴いてみた時の印象をよく覚えている。「何だコレ!?」である。それはあまり良い印象ではなかったかも知れない。

それはアルトサックスのチャーリー・パーカーとトランペットのディジー・ガレスピーに対して抱いた印象ではない。ピアノを弾いていたセロニアス・モンクに対してである。「何だこの変テコなピアノは!?」であった。それなりに衝撃を受けたのを覚えている。

確かにモンクのピアノは変わっている。それはジャズの事を何も知らなかった(今でもあまり知らないけれど)当時の私でも容易に分かった。

一言で言えば、「理解の範疇を超えていた」のである。難解であった。

先にリンク先まで貼って紹介した「中二病」をこじらせた症状の一つとして、「難解なものこそ良いと思う」という症例がある。私は中二病を抜けて「高二病」を患っていたので、まさしくこの症例に当てはまり、「このセロニアス・モンクというピアニストはなかなかに良いのう」と通ぶってみせた。お願いだから死んで欲しい。

それ以降、モンクの音楽をずっと聴き続ける事になる。今でも私の大の憧れのピアニストの一人だ。印象としての「難解さ」は流石に薄れたが、その深遠を、恐らく私はまだ淵ほどまでしか知らない。

そして、モンクの音楽を聴いた時に、私の脳裏には、少し黒味がかった赤い色がイメージされる。そう、それは「Bird and Diz」のジャケットの色だ。色彩的なイメージなので、なかなか共有が難しい話だとは思うのだが、私にとってモンクの音楽は黒く、そして赤い。

1940年代の、若かりし頃のモンクの音楽を聴くと、「赤」のイメージが強い。それから次第に「黒さ」が濃くなり、ラストレコーディングとなった1971年の「London Collection」の頃にはその配色がほぼ「無」となっている。そんな印象を私は抱いている。

先日、久しぶりに私が初めて買ったジャズのCDである「Bird and Diz」を聴いてみた。やはり、モンクの音は黒く、そして赤かった。ひょっとしたらジャケットの印象のせいだけではないのかもしれない。

あの頃から15年近く経った今、そんな事を思った。

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