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2010年1月12日 (火)

道を照らす土産

一昨昨日の9日はワークショップ、昨日11日はライブだった。

そういった事をやる度に必ず幾つか持ち帰るものがある。

それは一つは「課題」だ。これは「反省点」とほぼ言い換えられる。至らなかった事、出来なかった事、それらを家に持ち帰ってブラッシュアップする、対策を練る。対策を練ったらそれを反復練習として取り入れて、出来るようにする。幾多の芸事が似たようなプロセスを経て「上達」という結果に辿り着くのではないだろうか、と思う。「課題」はまず間違いなく毎回出る。それはそれで仕方が無い事なのだ。

しかし、もう一つ、「課題」とはいささか異なる土産物を、稀に持ち帰る事がある。

それはなかなかに表現が難しい。どうやって筆舌を尽くせば良いのか悩む所であるが、比較的近い言葉は「ヒント」かも知れない。

これまでに私の記憶、或いは感性の中に無かった「何か」を、稀に持ち帰る事があるのだ。

それは時に音色(響き)であったりするし、フレーズであったりするし、リズムであったりもする。何かの拍子に偶然出てしまった「音」が私に新鮮な驚きをもたらし、すうっと、暗い夜道に仄かに通る一筋の光のように、辺りを照らす事がある。

辺境の地は茫漠として未だ所在を確かにしえない。しかし一筋の光が通る事で、それは少しずつ場所としての輪郭を明確にさせていく。

そういうものを持ち帰った時、私は暫らく「心ここにあらず」といった状態になる。

普段の音楽の練習をしていても、不安定な足場の上でぐらついているような、しかし一方でどこかに確実に浮いているような、そんな心地を味わうのである。

その状態を我慢して堪えていると、次第に足が地に付いてくる。そしてその感覚は以前よりもほんの少し強固になっている事を私はその時に知るのである。

ワークショップとライブと。その中で、久しぶりにその「ヒント」のようなものを持ち帰ってきた。

耳に残るリズムと音色がある。それが私を少し照らしている。

とても面白い。

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