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2010年1月30日 (土)

さよならサリンジャー

若い頃の悩みというものは、人によって個人差こそあれ、大半が「しょーもない」。

後から考えてみれば、「何故あんなつまらぬ事で悩んでいたのか」といささか赤面すらする。

しかし問題は、「そのしょーもない悩みは当人にとってはかなりの一大事である」という点だ。

確かに30歳の私から見れば、15歳の私が抱えていた悩みなど極めてつまらぬもので、そんな瑣事によくもまあ膨大な時間を費やしてうじうじと悩んでいたな、などと(今となっては)思うが、15歳の私にその旨を伝えた所できっと「五月蝿い、貴様のような下衆な大人に俺の悩みがわかるものか」と一蹴される事はまず間違いない。

15歳の私に30歳の私の言葉はきっと届かない。

だが、畢竟それが「若い」という事ではないかと思うのだ。良きにつけ悪きにつけ。

そんな「若い」人にこそ届く言葉、というものも確かに存在するだろうと、私は思う。

うじうじと思い悩む「若い時代」に、例えば映画であったり音楽であったり、そういったものに多少なりとも心を救われた経験というのは誰しもあるのではないだろうか。

私も、ある。

私の場合はそれは本、とりわけ小説であった。

最近ではとんと小説も読まなくなってしまったが、私は若い頃、自らへの慰めとして実にたくさんの小説を読んだ。

登場人物や作者に感情移入をし、憧れた。そんな小説体験が、「しょーもない悩み」に捕らわれていた私の心を確かに癒やしていたのだ。

そうやって、その時代に読んだ小説というのは印象的なものが多い訳だが、その中でも特に心に残っている小説が幾つかある。

J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』は、そういった幾つかの小説の中で、私にとって最も思い出深い一冊だ。

数年前に村上春樹が翻訳を出した事で少々話題になったが、私としては野崎孝氏の名訳(迷訳?)を強くお薦めしたい。理由は長くなるので割愛。また別の機会に。

さて、この『ライ麦畑でつかまえて』。周囲が全てインチキ(phony)に見えて、心を閉ざしながらもどこかで繋がりを求めてしまう主人公の少年、ホールデン・コールフィールド。私はこのホールデンが大好きだった。

とても痛々しくて恥ずかしくて、けれどとびきりに可愛いホールデン。自意識過剰で偽悪的で、まさに「正しい少年」の姿がそこにある。

また『ライ麦畑』は、少年を主人公にしている小説にしては珍しく「教養小説」の体裁を採らない。(補足:教養小説とは主人公の成長を描く小説の一ジャンル。ビルドゥングスロマン)つまりホールデンがほとんど成長しないのだ。

一貫して大人の世界を否定して、「みんなインチキだ。大人になんてなりたくないやい」と嘯くホールデン。何て可愛いんだろう!抱きしめたい!

きっと私がホールデンを抱きしめたら、ホールデンは「もうヘドが出そうでたまらなかったね。あいつの口の臭さときたら君にも嗅がせてやりたいぐらいだったよ」なんて言っちゃうんだろうな。可愛い!ホールデン!

しょーもない悩みにうじうじしていた私は、『ライ麦畑』を何度も何度も読み返した。あちこちに傍線を引いて、ホールデンの言葉をありがたいお経か何かみたいに覚えた。

昨日我が家の本棚を調べてみたら、『ライ麦畑』の本だけで五冊もあった。野崎孝訳の文庫本が二冊とハードカバーが一冊。村上春樹訳が一冊。原文のペーパーバックが一冊。何でこんなにたくさんあるんだ(笑)

『ライ麦畑』をきっかけにして、J・D・サリンジャーは私のフェイバリットな作家の一人に仲間入りした。サリンジャーの作品はさほど多くはないから、おそらくはサリンジャーのほとんど全ての作品を読んだ。『フラニーとズーイー』、『ナイン・ストーリーズ』、どれもこれも不思議な魅力に溢れた素晴らしい作品ばかりだった。

そのサリンジャーが、亡くなったそうだ。

つい先日の話。

ある一時期から完全に執筆をやめて、ニューハンプシャーの山奥で仙人のような隠遁生活を送っていたとは聞いていたが、ついに死んでしまったそうだ。

私は何とも言えない気持ちになった。

サリンジャー。あなたの書いた小説は、きっと世界中の「しょーもない悩み」を抱えた若者たちを救い続けて来たのだろう。ホールデン・コールフィールドはクソ野郎達の親友になったし、フィービーもアックリーもシーモアもシビルもみんな思い出したらすぐに記憶の中に鮮やかに蘇る。

サリンジャーの小説に私は救われた。ものすごく影響も受けた。

サリンジャーについて書きたい事はまだまだたくさんあるけれど、この辺でやめにしておこう。

サリンジャーが近くにいない事を思い出して余計に気が滅入っちまうから。

さよならサリンジャー。

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