音楽の聴き方
ピアノレッスンの時にちょっと面白かった話を少し。
レッスンでは殆どの場合において何かしらの課題曲を設定する。難易度や、これまでの課題曲とのバランスなどを考慮しながら、生徒ごとにそういった曲を設定していく。
その際に、私はいつも「参考になるかならないかは別にして、なるべくその曲の名演を聞きましょう」と言う事にしている。ジャズで使われるような簡単な譜面だけを眺めていては湧いてくる筈のアイディアも湧いて来ない。
先日、とある女の子の生徒のレッスンでの事。課題曲は美しいバラード、『My one and only love(以下マイワン)』だった。
私のレッスンの仕方を仔細に書いても仕方が無いのだが、私は課題曲を決めたら「まずは自分なりに考えて弾いてきて」と言うのが殆どだ。そこで言う「自分なりに考えて」というのは、当然ながら「既存の名演奏を参考に、アイディアをパクる」という事も含まれている。参考の音源のお薦めを聞かれればそれにも答える。勿論そこには多少なりとも私の好みが入るのだが。
さて、その女の子が「とりあえず自分で考えて弾いてきた」『マイワン』は、なかなかに良かった。
「何か参考にしたの?」と私が聞くと、彼女は「はい、コルトレーンとジョニーハートマンのやつを」と答えた。
サックス奏者ジョンコルトレーンと、ボーカリストのジョニーハートマンの共演盤。全編バラードで統一されたその名盤は、私も大好きな一枚だ。コルトレーンは、激しい演奏も大変素晴らしいが、少し抑えた演奏もまた素晴らしい。大好きだ。その共演盤では、ジョニーハートマンとコルトレーンのサックスが何層にも積み重なり、大変奥行きの深い演奏となっている。
「あのレコード、良いよねえ。ぼくも大好きだよ」私は彼女に言った。
それに対する彼女の返答がなかなかに興味深かった。
「はい、携帯の着うたでダウンロードして、何回も繰り返し聞きました!」と。
そうか。今はジャズも携帯でダウンロードして聞く時代なのか、と私は少し遠い目をした。
携帯で聴くジャズ。そんなのも悪くないと思う。
私の個人的な好みとしては、やはりきちんとしたオーディオで、それなりに落ち着いて音楽を聴きたい、というのがある。だから私は京都時代は出町柳のジャズ喫茶「ラッシュライフ」に足繁く通った。「ラッシュライフ」のオーディオからは、決して大きすぎない音で、極上のジャズがかかっていた。コーヒーは美味かったし、マスターや奥さん、或いは常連客とジャズ談義や他愛の無い会話をしながら音楽を聴くのが、私は本当に好きだった。今でも京都に行けば「ラッシュライフ」には必ず寄る。
だがしかし、そういった音楽の聴き方は、数多ある音楽の聴き方の中のたった一つに過ぎない。
人それぞれで、多種多様な音楽の楽しみ方があって良い筈だ。
「音楽はこうやって聴かねばならない。こうやって聴かなければ、音楽の本当の良さはわからない」
そんな事を言うヤツは、豆腐の角に頭でもぶつけておけば良い。
私自身は、ジャズ喫茶でジャズを聴くのが好きだ。iPodなどはあまり性に合わない。だがその一方で、携帯でジャズを聴いて何が悪い、とも思う。
それで、様々な事を学び、また新鮮な感動を得る事が出来るのであれば、何も非難されるような事は無い。
そして私がもう一つ嬉しかったのは。
時代が移り変わり、携帯で音楽が聴かれるようになっても。次から次へと新しい音楽が作り出され、棄てていかれるような事があっても。
それでもコルトレーンとジョニーハートマンの名演は今でも若い人に感動を与え続けている、という事だ。
願わくば、これから何年経っても、そういった事が続けば良い。
そんな事を、思った。
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