元は一つ
音楽の話を少し。
ジャズで使う譜面というのは、一般的に大変簡素である。
簡素という言葉が適切なのだろうか。
それはとことんまで抽象化されている。抽象化とは文字通り核となる部分を抽出した形である。
つまり、大凡の道筋しか記されていない事が殆どなのである。メロディーは大体こんな感じね、コードはおよそこんな感じ、といった具合に。
だからそれをそのまま弾いてもまともな音楽にならない事が多い。その譜面に記された大筋から外れない範囲内で、刻一刻と音楽は変化を続ける。即興音楽の宿命と言っても良い。
具体的な話になるが、
Cm7…F7…
というコードが記されている時に、目ではそのコード表記を追いながら、実際には
Cm7/Dm7/E♭M7/F7
といったコードチェンジを弾いているという事はよくある。無論これらは時と場合によるのだが。
ジャズの演奏に関して、落語の三題噺に似ているな、と思う事がたまにある。三題噺とは、一見して脈絡のない三つの題材を与えられ、それを元に即興でショートストーリーを語るという形式の落語である。
例えば、手拭い、上野、携帯電話、という三題をモチーフに噺を作る、といった具合だ。
勿論私はこの手の遊びは全くもって嫌いではない。誰か私に三題を与えてくれれば、いつでもそれをネタに小説を書く。嘘、書かない(笑)暇ならば書く、ぐらいに訂正しておく(笑)
当たり前の話だが、この三題噺において必要とされるのは、即興性のみではない。
ストーリーの構成能力であったり、語彙力であったり。総合的な能力が求められると言って良い。
それはどこからやって来るのかと言えば、古典落語をどれだけ地道にモノにしてきたか、という努力の量から来るものなのではないだろうかと私は思っている。
数十年に一人というような余程の天才は話が違うのかも知れないが、古典を学ぶ事から得るものは大きい。
極めて分析的に小説家が本を読むように、落語家が古典を学ぶように、そうして音楽家である私たちも古の音源に耳を傾ける必要がある、そんな事をふと思ったのだ。
ジャズのスタンダードナンバーで『On a slow boat to China(中国行きのスロウボート)』という曲がある。今度のライブで演奏するかも知れない曲だ。
私の中でのこの曲に対するイメージを膨らませる為に、同曲の演奏を、三つのパターンで聞き比べてみた。
一つはソニーロリンズ、一つはチャーリーパーカー、一つはケニードリュー。
そこには三者三様のアプローチがあった。三題噺が、同じお題を元に語られても全く異なる話になるように。
ロリンズは、いかにもロリンズといった寛いだ雰囲気。豪放磊落な大きいフレーズで兎に角歌う。太い音色のロングトーンが大変心地良い。コルトレーンとは対比を為すロリンズ節。コルトレーンは私の大好きなサックス奏者ではあるが、ロリンズにはロリンズの良さがあり、そしてロリンズにはロリンズの正しさがある。優劣という視点で比べる事がそもそも間違っている。それはベーブルースとエイブラハムリンカーンを比べる事が無意味なように。
チャーリーパーカーの演奏には独特の緊張感が纏われている。豊かなイマジネーションから紡がれるパーカーイディオム。それはジャズが本当に元気だった時代の空気だ。一触即発。そう喩えても良いかも知れない。パーカーが息を継ぐ、アルトサックスの音が鳴っていない瞬間にもそれは漂う。音としてひしひしと鳴るシンバルのレガートが、まさしく雰囲気としてひしひしと感じられる。これぞ40年代のパーカー。脱帽である。
ケニードリューの演奏は少々私には鼻についた。それはそれで一つの個性なのだろうが、あまりにもテクニカルに過ぎるニールスペデルセンのベースフレーズとたたみかけるようなピアノ。こういう風に弾くのならば、スロウボートなどという牧歌的なチューンではなく、別の題材でも良かったのでは?といささかの疑問を抱く。テクニカルでアグレッシブな演奏が悪いとは微塵も思わないが、物事には向き不向きがあるだろう、などと思って首を傾げた。
こうした印象はあくまでも私の個人的な印象であり、それを普遍的なものとして発するつもりはない。
しかし、注目するべきはそれら三者三様の演奏は、恐らくは大差ない、簡素で抽象化された譜面から発生したそれぞれの具象であるという事だ。
この点に、ジャズ乃至即興芸術の面白みの一つがある。
『中国行きのスロウボート』、私もまた簡素な譜面を見ながら演奏をしなくてはならない。
ではそれをイメージする際に、こうした古典からアイディアのヒントを得る事、それは必須だ。
古典に関する知識、或いは記憶。それを更に増やす事で、逆説的に新しい創造が生まれるのではないか。私は実感としてそう感じている。
本日のまとめ。
同じ曲を違う人の色んなバージョンで聴くと面白い。
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コメント
たまたま朝刊を午後2時頃に見た(笑)ら…なんと♪矢野沙織ちゃんが今日生出演すると。
某地方新聞テレビ欄地方局欄です。丁度いい具合に彼女のサックスを画面からですが聞けました。今日は毎年恒例のジャズフェス。来年辺りで20周年らしいです。当地の秋は音楽から始まります
あと10日☆仙台ライブ♪♪お待ちしております
投稿: のりまき | 2009年9月12日 (土) 22時00分
のりまきさんへ
仙台のジャズフェスって確か定禅寺ジャズストリートとかそんな名前でしたっけ?矢野沙織ちゃんですか、実はぼくは聴いた事がないです。
沙織っていう名前はすごい可愛い名前だと思います。
投稿: ふくしまたけし | 2009年9月14日 (月) 13時11分