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2009年8月20日 (木)

ちょっとだけ真面目に音楽の話

何となく思い出したように昔練習していた曲を久しぶりに練習してみる。

コルトレーンの幾つかのナンバーを。

「Moments Notice」や「Giant Steps」など。彼独特の細かな転調やコードチェンジがなされたいくつかの楽曲群。

決して昔から得意な訳でも何でもないのだが、久しぶりに弾いたら弾けないもんだね。

頭の中でパッパッと対応するスケール(音階)を切り替えつつインプロビゼーションをする。

対応するスケールが変わるという事は、何と言えば良いのだろう、結局の所響きがコロコロ変わる訳で、響きが変わるという事は、畢竟風景が切り替わっていくようなイメージに近い。

一つの調の中でアドリブをしていく時は、場面展開はない中で(つまり演劇で言えば同一のセットの中で)物語を描くようなイメージに近いが、コロコロと転調している時は、同一の物語の中でも後ろのセット(場面)が目まぐるしく変わっていくようなイメージ。それはそれで特別な練習が要る。頭の切り替え方の練習、というと少し語弊もあるのだけれど。

そういう練習を少々怠けていたのだな、と、自省する。

目下、「確実に弾く」というのは私にとって大きなテーマの一つだ。確実に、とは、それは音色であったりリズムであったりである。

然るべき場所に然るべき音を置く。それにはまず「今その瞬間に求められている音」を判断する所から始まるが、それを判断した所で的確な身体運用(脱力や呼吸)をする事によって、初めて「音楽の断片」が具象化する。

ピアノという楽器を他者として捉えず、自己の一部に取り込んでいく。つまり躯の一部のように。

そういった事をコントロールしていく過程の中で、他の「難しい要素」が介入して来た途端に「確実さ」が低下する。つまりコルトレーンの楽曲群のように「転調が激しい、テンポが速い」など、私がコントロールしきれない要素が同時に介在した時に、確実さが損なわれる。これが困った困った。

やるべき事は地道で当たり前の事ばかり。

先ずはコントロール出来るようなテンポの中で、音色やリズムが乱れないように気をつけながら音を出していく。それが出来てから初めて「音楽を創る」作業に取り掛かる。

慣れて来たら、様々な速度圏の中に意識を置く。

そんな事を地道に繰り返していくと、少しずつ「音楽」が姿を現してくる。

チキショウ、難儀だなあ、めんどくせえなあ。そんな事を思うけれど、仕方がない。

難儀でめんどくさいけれど、こういう事はそれなりに愉しいのだ。

よく師匠に言われていた事を思い出す。

「オマエもオレも、所詮ピアノが下手なんや。下手やから人より苦労する。当たり前や。それを怠けてたら、一生ジャズなんか出来るようになられへんぞ」

そうっすね、師匠。

下手なんで随分難儀してますけど、諦めずに地道にやります。

今日はちょっと真面目に音楽の話でした。

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