真空と無音

暇で暇でしょうがなかったので、独りで近所の立ち呑み屋へ。冷や奴と肉豆腐をつまみにレモンハイをやる。今気付いたが、どれだけ豆腐が好きなのだ。豆腐祭りではないか。いやまあ好きだけどさ。添付写真のような独り宴会(HE)でございやす。
独りで寂しいのはわかりきっていたので、寂しさを紛らわす小道具の持参は忘れない。そういうところは抜かりない。本日は文庫本だ。
以前ざっと読んだ本なのだが、タイトルは『ゼロからわかるアインシュタインの発見』。つまり、私のようなアンポンタンの為に、わかりやすく物理学を説明した本だ。帯には「数式なしの超入門」とある。当たり前じゃねえか、数式がある時点で読まねえよ。
今現在は「慣性質量と重力質量は等しい」という話と、「重力効果と加速効果は区別できない」という話について、無い頭を振り絞って必死に理解しようとしている最中であるが、その際に、真空状態についての記述を見ながら、或る当たり前の事実に愕然とした。
「真空状態は無音である」
この事実である。
つまり、月面には完全な静寂と沈黙が存在しうるのだ。
そもそも音という現象は空気の振動である。空気を媒介として伝わるものである。
その媒介たる空気が存在しない宇宙空間や月面上においては、音というものがそもそも存在しない。
以上の話は当たり前の話であるのだが、それでも私の心を強く震えさせる。
完全なる静寂、それはある意味では「完全な音楽」と言い換える事も出来る。私は未だに完全なる静寂を聴いた事はないが、それは恐らく私を強く揺さぶる「音楽」であろう事は容易に想像はつく。
もう一つ、聴いてみたい音が「完全なる静寂」だとすれば、見てみたい光景は「完全なる闇」である。
恐らくそれは、「死後の世界」である。
そういう事を考えているせいか、最近は以前に比べて「死ぬ事」への恐怖が薄い。あんなに怖かった「死」は、今現在、穏やかに私の傍らに在る。勿論、積極的にそこへ行こうとは思わないのだが。
自我が少しずつ私から剥がれ落ちていき、私の世界を静寂と暗闇とが包んでいく。それはある意味では至高の癒しかも知れない。まだ一度も死んだ事が無いので全ては想像の域を超えないが、仮に幸運にもそこに「実際的な痛み」が伴わないのであれば、それはまさしく「天にも昇るような」感覚なのではないだろうか。
つまり、仮に「完全なる静寂」を聴けた場合には、「死の世界」を垣間見るような経験になるのではないだろうか、と私は今、考えている。
経験してみたい。
これは「死への希求」ではない。単純な知的好奇心であるが、その世界を、私は見てみたい。
「完全なる静寂」、そんなものを、実際的な「音」を用いて音楽として具現化してみたいという欲求もある。
立ち呑み屋でレモンハイを舐めながら、そんな事を思った。
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コメント
立呑屋で物理か。相変わらず、福島くんは変わってるわね。そういや、小岩出身の物理やってる先輩がいるけど、彼は根っからの真面目で福島くんのいう猥雑な小岩的雰囲気は感じられないな~小岩でも人それぞれだね。
物理は理解できると面白いよね~物理や数学は突き詰めれば哲学になるけど、私は残念ながらそんな脳ミソはないので、基礎科学の真髄を味わえず悲しい限り。アホだからこんなダメダメでも何とか生きていけてるんだろうけどね~。
マイケル・ジャクソン死んじゃったね。
投稿: クロサバ | 2009年6月27日 (土) 09時31分
くろさまさまへ
ぼくも数学物理はとんと苦手ですよ。本当にわからなかったから、高校生の頃。
でも、普段と違う側面から物事を考える練習として、そういうのも読んでいます。正面から見ていたらずっと綺麗だと思っていた事が、裏側から見てみたら全然大した事なかったり。そんな事ってよくありますからね(笑)
投稿: ふくしまたけし | 2009年7月 1日 (水) 12時39分