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2009年5月15日 (金)

整理のススメ

どうしようもなく嫌な事や、やり切れない事があった時、人間は何かしらの方法でそれを解決しようとする。

その解決策の中で最も悲しい一手は、当然の事ながら自殺である。自殺により、本人の悲しみは永遠に解決されるかもしれないが、それは再び新たな悲しみを生む。悲しみの連鎖は止まらない。それはやはり、憂慮すべき事態だ。

私は、と言えば。

とても変わった癖がある事に我ながら気付いた。

悲しい気分や苛立つ気持ちを紛らわしたい時に私はどうするのか。これをお読みの諸兄は、「大方酒でも呑んで寝て忘れるんだろ」とお思いかも知れないが(実際にそういう時もあるが)、実の所、そうではなかった。

私はそういう時に、なぜだかはわからないが、「整理」をする事に気が付いた。

今月の初めに、悲しい事があった。私は悲しい気持ちと惨めな気持ちを暫らく引きずっていたが、それを解決しようとしたのかしていないのか、私の始めたのは、何故か「整理」であった。

まずは譜面の整理から始まった。これまでに書き溜めた数百曲の譜面、それらの原本を一度全てコピーして、アルファベット順に並べ替えてファイルに入れる、という作業。当然わかりやすいようにインデックスも自作した。作業は当然数時間に及んだが、終わった時にはそれなりの満足感や達成感があった。

同様にレコード、CDの類の整理をも、その後日に行っている。楽器別や年代別に分けようかとも思ったが、そこまで分類するのも面倒で、やはり機械的にアルファベット順に並べ替える事にした。人に貸していたCDが大量に返って来たり、新たに購入したレコードが数十枚あったりで、レコード棚が混沌としていたのだが、それが整然とされた。

その後も本棚の整理をした。コレクションしていた大量のプロ野球カードも、球団別、背番号順に整理し、業者に委託して買い取ってもらった。二万円を少し超える買取金額になったので、私としては思わぬ臨時収入である。

斯様に、私は何故か「整理」をする事で、自らを慰める性向がある事を自覚するに至った。

これは自殺とは随分と違う。大事な一点は、「悲しみの連鎖を生まない」という点だ。整理されたレコードラックや譜面集を見て、喜ぶのは私一人かも知れないが、少なくとも「誰も悲しまない」。これは非常に大事な事である。

自らの悲しみや苛立ちを他人にぶつけたくなる気持ち、それは私も十全に理解できる。そして実際私自身もそういう愚行に走る時もある。しかし、それは極めて無価値だ。陰鬱な感情を押し付けられた相手は、恐らく辟易とする。そうして陰鬱さの御裾分けごっこをする事は、あまり良い事だとは私には思えない。

悲しみを笑いに変えて、冗談にしてしまうのならば良い。しかし、それには随分と技術が要る。

ブルーズもジャズも、共に悲しみを冗談にした音楽だ。立川談志は落語を「業の肯定」と位置付けているが、或いは私たちの携わる音楽もそうした「業の肯定」の一種なのではないだろうか。我々が生まれながらに抱えている深い闇の如き業。それを肯定する為に、私たち音楽家は日々技術を研鑽し、自問自答を繰り返す。簡単に肯定できるほど、その闇は浅くは無い。

切り取られた風景は、苛烈で、陰惨で、猥雑で、しかしどこまでも美しい。そうした風景を切り取る事が、私の音楽家としての大きな目標の一つだ。

その為には、日々、あまり拗ねていてはいけない。不幸を気取ったり、深刻ぶるのは簡単だ。その泥濘は、不思議なほどに心地良い事も知っている。

だからこそ、その泥濘の中に居てはいけない。まず第一歩としての「整理」である。

誰かを傷付けたいのなら、犯罪者になれば良い。自殺志願者になれば良い。私は犯罪者にも自殺志願者にもなりたくはない。だから、「整理」なんて珍しい事をしていたのだろうか。

たくさん悪い事をして来たかも知れない。だからこそわかる事だってある。だからこそわからない事だってある。

嫌でも時間は経っていくし、地球は相変わらず動いている。大丈夫。何も変わらない。

追伸:ヒロセ、ブログ読んだよ。今度呑みに行こう。

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コメント

最近だいぶ落ち込んでまして、何にも情熱を持てなくて、そろそろかな〜なんて馬鹿な事考えてました。
なんてタイムリーな事を書いてくれたんだと、何にも変わらない、時間はただ過ぎて行く、地球は廻ってる。。。涙しました。
少し元気になりました。
ありがとうございます。

投稿: あっき | 2009年5月16日 (土) 01時00分

あっきへ
そういう時には、頭で考えちゃダメだよ。ブルース・リーの「考えるな、感じろ」だ。感覚が不感症になりそうな時ほど、頑張って研ぎ澄ましておきなさいよ。負の感情ばっかり感じてたって良いんだよ。何とかなるから。それを怠ってると馬鹿になるよ。頭でしか考えられない小悧巧な馬鹿なんて結構ザラにいるんだから。
でもさ、オレのこんな文章読んで元気になった、なんて言ってくれるとすごく嬉しい。
こちらこそどうもありがとう。

投稿: ふくしまたけし | 2009年5月16日 (土) 03時12分

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