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2009年2月21日 (土)

失われた狂熱

少年の頃、私の心をきつく捉えた種々の遊び。それらに心が躍らなくなったのはいつからだったろう。

それを考えると、少しだけ切ない気持ちになる。

例えば嘗ての公園。そこは私達少年にとっては至上の楽園であった。

かくれんぼ、缶蹴り、鬼ごっこ。

そういった遊びに夢中になった。学校が終われば一目散に公園へ向かい、日が暮れるまで脇目も振らずにそれらの遊びに没頭した。すごく愉しかったのだと思う。そんな風にして、日々を過ごしていた。

いつからか私達はそんな遊びをしなくなった。

それは何故なのだろうか。

代替する遊びを見つけたからなのかも知れない。30歳周辺の年代の方々ならばわかるかも知れないが、私達は示し合わせたようにその後ミニ四駆という車の玩具に夢中になり、ファミコンの虜となった。当時は如何にミニ四駆の車体をシャープに軽量化するかに心を砕いていたし、ドラゴンクエストの謎解きについて熱く語り合った。

そしてそれらも、今はもう、しない。

本当に様々な遊びが私の前を通り過ぎていった。通り過ぎ、去っていった。

取り分け何に夢中になったかを考えた時に、幾つか思い浮かぶものがある。

小学校から暫く十年と少しは、柔道という武道に夢中になった。少年達の永遠のバイブル『はしめの一歩』の台詞を引用すれば、「強いってどんな気持ちなんですか」という感情が私を突き動かした。前田慶次郎利益は「虎は何故強いと思う?元から強いからよ」と真理を口にしたが、虎ではない私はその「強さ」に憧れた。

日々トレーニングを積んだお陰で、私はある程度の屈強さを手に入れた。無論、「最強」などとは程遠い。しかし、鍛錬はさほど私を裏切らなかった。それなりの鍛錬にそれなりの結果が付いてきた。極めて妥当な因果関係があった。

大学の柔道部は、全くもって厳しい部ではなかった。週に3回から4回ほど青畳の上で汗を流し、まさしく柔道を「愉しんだ」格好だ。大学三年生の時に柔道部の主将を務め(確か私の代は部員が私一人しかいなかった為)、その任期が終わった辺りで柔道からは自然と離れていった。十年以上の選手生活があったが、誰かに誇れるような立派な成績を残した訳でもなかった。そして誰に惜しまれる訳でもなく、私は自らの選手生活に幕を閉じた。

こんな風に、上述のように書くと、私の柔道体験はいささか惨めなものであったかのような誤解を与えかねないが、実際の所それは違う。私にとってそれはかけがえの無い時間であったし、「暇を潰す」というレベルではなく、極めて有意義な時間としてその時間を過ごした。優秀で屈強な選手ではなかったが、そうではない私にも柔道は十二分に価値あるものとなりえたのだ。オリンピックに出て金メダルを穫るばかりが全てではない。価値観は多様で然るべきだ。当然、金メダリストには途徹もない憧憬の念は抱くのだけれど。

高校生ぐらいの時分には、日課のエロ妄想の傍ら、文学にも没頭した。小さな文庫本の中の大きな世界に想いを馳せるのが、日々の慰めであった。今では随分本を読む量も減った。

博打も好きだった。分不相応な金を理不尽に得たり失ったりする、その行為に熱中した。負けた時は悔しかったし、勝った時は有頂天になった。やはり最近では、その熱も随分と醒めた。

その後私にとって至上の遊びとなったのは、音楽であった。暫くするとそれが意図もしない方向に転がり、いつしか私の飯の種になっていた。不思議なものだが、その話は今回はしない。主題は別にあるのだ。

まるで人との出会いと別れのように、様々な遊びと出会い、そして別れてきた。遊びとは一度たりとも気まずい別れ方をしたことはないので、再会してもそれなりにはやっていける。今、かくれんぼをしても、ドラクエをやっても、いわんや柔道をやってもそれなりに、いや、随分と愉しめるだろう。しかし、そこにあるのは嘗ての熱狂ではない。ノスタルジックな懐かしさと、旧知の友と再会したような安堵感。恐らく私にやって来るのはそんな感覚だ。熱狂とは程遠いのではないだろうか。そんな気がしている。

さて、本題に移ろう。何て長い枕なんだ。

つい先日、私はある一つの遊びと惜別した事を悟った。

脳内の森山直太朗が、独特のコブシを効かせながら「さぁらぁばぁぁ、とぉもよぉぉいま、惜別のぉ時ぃいぃぃ」と歌っていた。その後、母である森山良子が「きょーおの日はー、さようならー、まーたーあーうー日までー」と脳内で歌っていた。親子揃ってぶっ飛ばしてやりたかった。

別れた遊び、それは、「独り宴会」である。

親愛の情と惜別の念を込めて、これ以降「独り宴会」の事は「HE」という愛称で呼ぶ事にしたい。

私とHEの蜜月の時は、私が18歳の頃、東京を出て京都で独り暮らしを始めた頃よりの事だった。

HEはいつでも私を暖めた。それは雪の降る寒い冬の日に優しく首に巻かれたマフラーのように。

HEの事を、私は時にTMと呼ぶ事もあった。それは「たけし祭」の略称だが、今回は割愛し、HEの呼称で統一しよう。

当時大学生だった私は、碌に大学へ通っていなかった。いや、大学には柔道をしに行ったり麻雀をしに行ったりしていたので、比較的足繁く通ってはいたが、授業には全く出ていなかった。大学三年生を終えた時には、授業の単位が20単位となかった所からもそれは想像に難くない。全てはHEとの逢瀬の為であった。

当時の私の生活には、柔道、麻雀、バイトぐらいの選択肢しかなかった。何をしたいのか、何をしていいのかもよくわからず、ただ、日々を消費していた。

家に帰ればHEが私を待っていた。今日は何のツマミでどんな安い酒を呑もうか。それを考えると、陰鬱だった私の心も躍った。

4リットルで二千円のビッグマン、大五郎。一本千円もしないウィスキー。そんなものをひたすらに呑んだ。鯨飲、という言葉はこういう時にこそ使うべき言葉なのだろう。

東京に戻ってからもそれは続いた。近所のモツ焼き屋で、煮込みをツマミに呑むハイボール。立ち呑み屋のレモンハイ。独りで酒場に繰り出せば、途端に静かな祭の開幕だった。

それがどうした事だろう。ここの所、HEがつまらない。独りで家でテレビを見ながら缶チューハイを舐めていても、読みかけの小説を読みながら焼酎のロックを呑んでいても、すぐに飽きてしまう。呑みたくもない酒を呑んでいる、そんな気持ちしか湧いて来ない。混沌と混乱と情熱が、どこかへと去ってしまった。

友人と呑み屋に繰り出せば、それは確かに飽くこと無き愉悦の場である。

しかし、独り。これに私の四肢が悲鳴を上げる。

それは私の成長の証しかも知れぬし、或いは単に私がオッサンになっただけやも知れぬ。兎に角、独り宴会が愉しくなーい!

という事で本日の結論。要旨。骨子。

最近独りで呑むのが頗るつまらないので、誰か呑みに誘って下さい。

一生懸命書いたのに言いたい事はたったの31文字に凝縮出来てしまった。

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コメント

>最近独りで呑むのが頗るつまらないので

つまり・・・ですね・・・、こういう時に人は「結婚したいなぁ」と思うのではないのでしょうか。

「柔道」→「結婚」で思い出すのが、井上康生と栗原亜希ですね。
うがった見かたかもしれませんが、彼が柔道をやってて一番に得た賞は美人妻をめとった事ではないのかなぁ、などと思ったりしています。

投稿: 桜 | 2009年2月22日 (日) 18時48分

桜さんへ
コメントの返信が遅くなりましてすみません。
ぼくは今のところは結婚はなさそうです。したいという気持ちはない事もないのですが、今してしまうと必要以上に相手に迷惑をかけてしまうかも知れないので。
井上康生は東原亜希と付き合い始めてから、柔道は全く駄目になりましたね。彼女は稀代のサゲマンのようです。

投稿: ふくしまたけし | 2009年3月19日 (木) 15時11分

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