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2008年11月

2008年11月28日 (金)

座学のすすめ

先生達の言いなりなんかにはならない、俺は自由に生きる、盗んだ牛車で走り出してやるぜ!

などとテイル崎リッチ的な事を口走って若者のカリスマを気取ってみたいものだが(最後の牛車は伊集院先生)、そんなに私は反抗的な人間ではない。

高校が大嫌いだった事を除けば、概して学校というものにさしたる嫌悪感も抱いていないし、教師と呼ばれる人々にも感謝の念こそあれ、抱く感情は嫌悪とはほど遠い。

故に、教師は束縛の象徴的存在、といったような文言を聞いても、私には今一つピンと来ない。束縛される事よりも、学ばされる事の方が圧倒的に多かった。そういった出会いの幸運、みたいなものが私にもあったのかも知れないけれど。

大学の時の思い出話を少し。

何人か、とても好きな教授がいた。大学教授という人達は、或る意味ではとても画一的に「変わり者」が多く、この人達大学教授になれなかったらどうなっちゃってたんだろうな、と親しみを込めた苦笑を禁じ得ない事もしばしばあった。

世間で言う所の、所謂英文科に私は在籍した。九年間も在籍したにも関わらず、私の英米文学に関する知識はゼロに近いし、英語力も壊滅的だ。先日、当ブログにも記したピアニスト・ランディウェストンとの邂逅の折にも、「あ、あ、あ、あ、アイはユーをリスペクトしてます。ベリーベリーマッチ。おーけー?」などとのたまう有り様である。英語力の無さは折り紙付きだ。

だが、大学で行われた授業の多くは、とても刺激的で非常に興味深かった。兎にも角にも自らの頭で考える事を強要され、当面でその場しのぎの「答え」は易々とは教えてもらえなかった。

特に記憶に残る教師が4人いる。

ジェイン・オースティンなどイギリスの女流作家の研究に秀でたN先生。

ジェイムズ・ジョイスの難解な世界に挑み続けるA先生。

英語学や言語学の大家であったY先生。

そして、ウィリアム・フォークナーの描き出した世界と向かい合うK先生。

彼らから教えられた事は、それこそ山のようにある。私は恐らく文学を愛してはいないが(私にとって重要な学問には違いないが)、彼らが私に語りかけた事は、未だに私の中で息吹いている。文学ではなく音楽を生業にしても猶、その息吹きは止まない。

彼らに語ってもらった言葉の中で、とても印象的な言葉がある。

「座学」、である。

文字通り、「座って学ぶ」という事だ。

私はここ最近、折に触れてこの座学の重要性を反芻する。

座学と対極にあるものは、演習だ。実地による経験。確かにそれは素晴らしい経験となりうるだろうし、じっと我慢する座学よりも面白味もあるだろう。

しかし、座学を出来なかった人間に本当に演習の面白さがわかるのだろうか。私は最近それを強く思う。

私自身は、恥ずかしながら座学を疎かにしてきた人間だ。書を捨てよ、街に出よう。そんな言葉の表層だけを切り取って、自身に安易なエクスキューズを与えていたに過ぎない。

座学とは、現在を見るものではない。過去を見るものである。そしてその過去と現在を照らし合わせる作業、ここまでが座学ではないだろうか、と私は思う。

過去は、莫大な情報量を持つ。勿論それらの情報は日々流転し、瞬く間に虚が実になり、実が虚になる。盲信的に過去に頼るのは危険極まりないが、過去について纏められたものを学び、虚実入り混ぜて自らの内に取り込む事は極めて重要な事だと考えている。

宮澤賢治の書いた言葉の中で、私の好きなものにブルカニロ博士の言葉がある。『銀河鉄道の夜』の第三次稿の中の言葉である。

「けれどももしおまへがほんたうに勉強して、実験でちゃんとほんたうの考えとうその考えをわけてしまへばその実験の方法さへ決まれば、もう信仰も科学も同じやうになる」

ここで言う「ほんたうに勉強して」というのは、正しく座学の事を指しているのではないだろうか。分けるべき虚実を、まずは体内に取り込む事、それが全てに先んじるのではないだろうかと思うのだ。

私は、体系的に過去を見る事をしなさ過ぎた、と専ら後悔している。形の上だけでの現在を見る、そんな自分に酔っていたのではないだろうか。

後悔チンコ立たず。

しかし後悔から憐憫に移ってはいけない。

今まさに座学の時。

じっとこらえて、学ばなくてはならない。

我慢比べである。

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2008年11月27日 (木)

29歳の誓い

今月の8日に、私は29歳になった。

歳を取るとは馬鹿げた事だと、いつも思う。私は29歳になる為に、何がしかの努力をしたのであろうか。無論、していない。誕生日というしかるべき時がやってきたその瞬間に、極めて無機的に、そしてオートマティックに私は29歳になっただけだ。好むと好まざるとに関わらず、半ば強制的に私は29歳になった。馬鹿げている。滑稽である。

仮に数字にある程度の絶対性を担保させるならば、年齢というものは途轍もなく絶対的な基準になる。絶対的な時間軸を基準にして、何日何秒をこれまでに生きてきたか、という指標となりうるからだ。

しかし我々はみんな知っている。それが如何に脆弱な基準であるかをも。

時間が本当に絶対的なものであるならば、年齢によりある一定の共通項は見える筈だが、実際はそうではない。

例えば中学校に入学した時。皆が皆一様に12歳で統一されている。この情報が示す具体性は「皆、この世に生を受けてから12〜13年の月日を過ごしてきた」という一点である。もしもそこに誕生日が同一の日の人間がいたならば、経過した時間の親和性は更に増す。生まれてから、ほぼ同じだけの時間を過ごしている、という意味での。

しかし当然ながらそこには厳然たる差異が存在する。

例えば私は中学校入学当時、145cmしかなかったが、友人などは160cmをゆうに超えていた。お陰で私の性格は、か細い針金よりも簡単にねじ曲がった。

身体的な特徴は、経過した時間の長さのみならず、遺伝的な要素にも大きく左右されるのかも知れない。つまり一概には言い切れない部分もあるが、同じ12歳でも体格が異なる、それは時間(年齢)が絶対的な基準にはなりえない事の一つの重大な論拠だと言っていいだろう。

性格的な部分、言い換えれば精神的な成熟度、そこに焦点を当ててみたい。

身体的な差異よりも、精神的な成熟度に関する差異にこそ、大きな違いが生じる。私はそう考える。

私は青臭い10代を過ごし、痛々しい20代前半を経て、嘘臭い20代後半へと突入して現在に至っている。次第に悪びれる事も減ってきた。酒の席で泥のように酔い、他人様に(恐らくは甚大なる)迷惑をかけたとしても、「ま、そんな事はどうでもいいけどな!」と独りごちて記憶は忘却の彼方へと葬り去る。屑人間としては随分と高いレベルにまで上り詰めつつある、そう自尊する私は早く死ねば良い。

しかし、同じ29歳でも、私のように「終わってしまって」いる人間など、殆ど見かけない。皆、ある程度成熟していて、ある程度未熟である。それなりに悲しみを知り、溜飲を下げ、焦燥の中で諦めを味わう。泣きそうなほどに情けない日々や惨めな日常の中で、それでも明るく振る舞いながら、人間は成熟の過程を歩む。それはとても「正しい事」のように私には思われる。そうして成熟した人間の何と美しい事か。

翻って、私の抱える精神的な圧倒的未成熟は、そうやって真摯に人生と向き合って来なかった、一種のツケだと考える。戯言を弄し、不誠実にへらへらと嗤いながら暮らしてきたツケであろう、と。

気が付けば、間もなく30歳である。このままで良いのだろうか。良かろう筈がない。何か、些細な一撃でも良い、私は手を打たなくてはならない。私は私の人生の総監督なのだ。野球に喩えれば、最早4回表で25点差のついたゲームである。にも関わらず、人生にコールドゲームは、ない。リセットボタンも、残念ながらない。諦める事は既に死をも意味する。

出来る事は何か。投手のスタミナが既に切れているならば、投手交代の一手を打たなくてはならない。今後の失点を防ぐのだ。攻撃の際には、一発逆転などありえないのだから、短く持ってコツコツ当てて、塁上に走者を貯めなくてはならない。そのためにするべき事は何なのか、それを考えねばならない。

私は、まだゲームセットではないのだ。

さて、具体的に考えた現状打破への一手であるが、これまでに幾度となく試み、そして失敗してきた「節酒」を掲げてみたい。

一年が365日あるならば、私は大体370日ほどを酩酊して過ごしている。この生活が約10年近く続いている訳だが、そのダメージが最近脳周辺に出て来た。内臓は、恐らく下品なほどに強いのだろう、今の所ノーダメージでいられている。しかし、脳である。記憶力と状況判断力の低下は右下がりの一途を辿っている。また最近では知人のF島Tけし氏の提唱する「よいこの為のお友だちの失くし方」を私自身が実践してしまっている嫌いがある。

因みに上述のF島氏の言う「失くし方」とは、第一条の「まずたくさんのアルコールを摂取しましょう」から第十二条の「そして極左論や宗教批判、野球の話にエロトークといった、おさけの席でタブーとされている話題を怒鳴り散らすかのごとくわめきちらしましょう」までわかりやすく明快に論述されている。

ダメだダメだ。

これではダメだ。

という事で、29歳の目標。

おさけをひかえてにんげんっぽくなる。

これに決定!

誕生日から20日近くが過ぎているが、今の所実践出来た日は1日たりとも無い。

具体的な目標としては、そうだなあ、一週間に1日乃至2日の禁酒日を設定したい。

早く人間になりたい。

普通の29歳になりたいのです。

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2008年11月18日 (火)

釣りに行く前に

深夜三時過ぎ。

宵っ張りの私にしてみれば、この時間まで起きているというのはそう珍しい方でもない。

但し、珍しい事に本日は素面で起きている。仕事帰りにコンビニで買って歩きながらビールを一本呑んだ以外は、今日はアルコールを口にしていない。たまには良いのだ。

そして、ここから寝る事もままならない。

本日は釣りの日だ。比喩的な意味での釣りなどではなく、実際的で現実的な魚釣りだ。カワハギを釣りに行く。カレイも釣ってやるし、イカだって釣るつもりだ。

出発は午前4時30分。今寝てしまえば、その時間に起きる事はまず間違いなく不可能となる。ゆえに起きている。寝不足は船酔いの元だ。そんな事は知っている。しかし、寝てしまっては釣行自体がかなりの高確率で水泡に帰す。ならば寝ない。船酔いをしても釣り続ければいいだけの話ではないか。

ここ一週間ほどは、「今度釣りに行くのだから」という思いで禁欲的かつ建設的に生活を全うした。早起きをして、朝から活動。仕事と練習。夜はなるべく早めの就寝。

それほどまでに愉しみにしていた釣行である。友人と私と二人で行くだけの些細な釣行であるが、それが私の日常生活に潤いを与えていたのだ。釣りは、やはり素晴らしい。

さて、釣りが終わればまた日常に戻る。

私は静寂を愉しみに釣りに行く。それもまた一つだ。釣りから帰れば、また音楽が鳴り始める。素敵な事ではないか。

という事で、無理やりな流れではあったのだけれど、ライブ告知します。

近々、関西でライブします。

西の人も東の人も、どうぞ宜しく。

11月23日(日)京都岡崎ZAC BARAN tel 075-751-9748
http://www.secondhouse.co.jp/zacnew.html
sax:黒田雅之 b:鶴賀信高 pf:福島剛
久しぶりのザックで。ベースの鶴賀とも久しぶりに。やりたい音楽が、どんどん溢れ出して来てるんだ。
19:30~start  music charge:1200円

11月24日(月)大阪萱島oto屋
tel 090-6752-8290
sax:黒田雅之 b:椿原栄弘 ds:副島正一郎 pf:福島剛
萱島oto屋。この店には、まだ若かった頃の自分の未熟さが原因でしたが、ちょっと苦い思い出があります。でも、こんなに素晴らしいメンバーと、もう一度このお店でやらせていただけます。
19:00~start  music charge:1500円?

という事でした。

さて、釣り行ってきます。

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2008年11月11日 (火)

平和に生きる権利

『平和に生きる権利』という曲を練習している。

チリの作曲家、ビクトル・ハラ氏の作品である。

良い曲だな、とずっと思っていて、弾いてみたいな、と思っていた。私の好きなサキソフォン奏者の登敬三氏が演奏しているのも、二度ほど目にした事がある。素晴らしい演奏だった。

ベトナム戦争に向けて歌われた歌だ。

静かに、平和に生きる権利が誰にでもある、と訴えられる。

当たり前の事だ。

当たり前の事を言い続けた人が亡くなった。

平和の尊さを口にし続けたニュースキャスター、筑紫哲也氏。私は彼が好きだった。

穏やかな物言いながら、確固たる信念に基づいた、ある意味では「頑固な」事を言い続けていた。

二度と戦争を起こしてはならない。暴力は何も生まない。沖縄の基地を撤廃させよ。朝鮮人を差別するな。

無論、そう言った彼に対して批判が多かった事も知っている。しかしテレビという巨大なマスメディアを通して、その正当性は別にして、一貫して「当たり前の平和」を訴え続けた彼の姿勢に、私は憧憬の念すら覚える。

以前にも書いた事があるが、匿名でしかものを語る事の出来ない人間、つまり「リスクを負う覚悟のない人間」を、私は殆ど信用しない。

本当に言いたい事を言う。その行為には、リスクがつきまとって当然だ。時には命すら狙われるやも知れないのだ。筑紫哲也氏のように。

それでも、暴言や中傷、脅迫に屈さずに最後まで一貫して平和を訴え続けた筑紫哲也氏。まずは彼のその「覚悟」に心より賛辞を送りたい。

人前で、リスクを背負いつつ、脅えながら、それでも自分の意見を口にしたい。私も強くそう思う。

彼の「多事争論」を最早見ることが叶わないのは、残念で仕方がない。

合掌。

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2008年11月 6日 (木)

『はじめの一歩』に見る現代的な「物語」

私が小学生であったり中学生であったりした頃、今からそう、20年から15年近く昔の事、今の小中学生と大差のないものに私たちは夢中になっていた気がする。

女の子たちは次第に子供から少しずつ大人になり始めていた気もするのだが、私たちクソガキはそんな事はお構い無しにプロレスの話題をしたり漫画の話をしたり野球の話をしたり。大学生になった辺りで、やっと少し背伸びをして大人の真似事を始めていたような気がする。

少し、そうやって少年時代を振り返ってみる。

先ほども挙げた漫画について。

私たちが少年の頃、少年漫画はある意味では隆盛の極みにあったのではなかったろうか、と思う。

少年ジャンプ、少年サンデー、そして少年マガジン。

発売日になると、小遣いを握り締めて漫画雑誌を買いに行った。そしてそれを貪るように読んだ。

私は上記三誌の中では、少年マガジンがとりわけ好きであった。当時は、今となってはほぼ壊滅してしまった「ヤンキー漫画」が盛んであった。『特攻(ぶっこみ)の拓』、『カメレオン』、『湘南純愛組』といった、暴走族が漫画の主人公に据えられる漫画が、当たり前に跋扈していた。暴走族を擁護する訳ではないが、そういった時流というのは、ある意味では健全であったのではないだろうか、とすら思う。単なる懐古主義であろうか。

「テメエ、‘バラ肉’にしちまうよぉ?」

などというセリフが普通に登場していたものなあ。

さて、私が少年マガジンを愛でていたのは、ヤンキー漫画にのみならない。『スーパードクターK』という、訳のわからぬ劇画タッチの医療漫画があった。闇の名医Kが、人々の為にメスを振るう、という、何処からどう見ても手塚治虫の『ブラックジャック』をパクった設定の漫画であったが、これが面白かった。私の心を捉えた。

そして、私は未だに毎週水曜日になるとコンビニに寄り、少年マガジンを立ち読みしてしまう。理由はその当時からずっと連載の続くボクシング漫画『はじめの一歩』を読む為だ。

昔から大好きなこの漫画であるが、先日漫画喫茶に立ち寄った際に数巻、立て続けに読んでみたが、やはり途轍もなく面白い。この『はじめの一歩』について少し書いてみたい。

いじめられっ子であった主人公の幕之内一歩がボクシングと出会い成長していく青春群像劇、と書くとあまりにもありきたりな設定に見えてくる。現在世界チャンピオンである内藤大介が、この漫画に影響を受けたのは有名な話である。

しかし、そのありきたりな設定を我々読者に飽きさせることなく読ませていく。作者の技量は流石のものであると唸らせられる。

現代的な「物語」の特徴の一つの類型を、私は「一歩」にも見る。

それは「ガンダム」から「エヴァンゲリオン」、そして「もののけ姫」などにも見られる構図である。

勧善懲悪の意図的な排除。現代的な「物語」においては、最早これがスタンダードになりつつある、と私は感じている。

つまり、「わかりやすい悪役」というものが存在しなくなっている。主人公である正義の味方が、悪役を倒して目出度し。そういう物語は、現在ほぼ見られないと言っても過言ではないのではないだろうか。

「一歩」においてもそうである。主人公幕之内一歩と対戦するボクサー達には、それぞれの「事情」があり、そういった細部を綿密に描く事により、一歩が勝利する事、その事を「正義の勝利」と位置付けるのではなく、純然たる「スポーツとしての勝利」へと昇華する事に成功している。

それぞれの人々にそれぞれの事情がある。そこを排除してしまう事は、最早物語としてのリアリティを損なう、という事なのだろうか。

過日、アメリカ合衆国の大統領選挙においてオバマ氏の大統領就任が確実となった、との報道を見た。

前大統領は、「わかりやすい悪役」を作り出す事の随分と好きな人であった。そして自らが「正義の味方」を演じる事をも。今回のオバマ氏はどうだろうか。

これまでのような「勧善懲悪」の茶番劇は、やめていただきたい。

最後にちょっと社会派を気取ってしまったので、恥ずかしいからもう今日は書くのをやめる。

一歩、マジ面白いよ。

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2008年11月 4日 (火)

中年の恋と野球ゲーム

年甲斐もなく恋に落ちてしまった中年、という設定の映画やドラマは、存外に嫌いではない。「良い年をして何やってるんだ」という自嘲、けれど止める事の出来ない想い。ちぐはぐな精神を観るのは、悪くない。

最近観た中では、『いつか読書する日』という映画が白眉であった。田中裕子と岸部一徳の、心の奥底に秘められた恋の物語。秘められていただけに、異常な程にその恋は淫靡となり、むせかえるような色気を伴って私達視聴者の心を衝く。詳細を記すのは避けるが、とても良い映画だ、とオススメしておこう。既にDVD化はしている。

さて、私も今週末には29歳である。30歳も間近に見えてきて、大人かどうかはわからぬが、少なくとも子供ではない。あまり幼稚な行動は慎みたいものである。

それはわかっている。

それはわかっているのだが…

私はここの所幼稚になってしまって仕方がない…

中年の恋とはこんな感じなのだろうか、私は良い年をして何やってるんだ、と自戒を重ねる日々だ。

最近、プロ野球カード集めにご執心の私である。

そして、ゲームセンターにある野球ゲームに夢中なのである。

集めたカードは、ゲーム内で使える。私こと「たけし監督」率いるのは、勿論広島東洋カープである。カープには、他球団から有能な選手などやって来ない。それが現実だ。

しかし、ゲーム内ならば、やってきてくれる。大人の煩わしい事情など考慮せずに、二つ返事でやってきてくれる。

清原が。まーくんが。むねりんが。

(余談だが、清原には赤いユニフォームが異常なほど似合う)

私は夢のようなメンバーのカープの監督となって采配を振るう。ちなみに成績の方は、今年の横浜ベイスターズ、或いはシアトルマリナーズと瓜二つだ。つまり、未曽有の連敗街道だ。

しかし、メンバーは素晴らしい。我がカープのメンバーは、現時点では以下のようになっている。(ヒント:書きたいだけ)

1中:天谷or赤松
2遊:井端(中)or川崎(ソ)
3右:金本(阪)
4左:前田智(神)
5一:栗原
6二:東出or田中(日)
7三:川島(ヤ)orシーボル
8補:石原or倉
9投:ルイス

といった塩梅だ。

何故勝てぬ。何故だ。

どうでも良いか。

ほどほどにしておかなくてはならぬな。

さあ。ピアノの練習をしよう。ゲーム如きで本業に支障をきたしてはならぬ。

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