Randy Weston & Alex Blake African Rhythms Duo
東京に帰ってきて数日が経つが、まだ体の中に違和感が残る。我が身でないかのような感覚に疲れすらする。疲れてしまい、その分よく寝てしまう。ここ数日間の睡眠時間は、異常なほどに長い。一日に、6時間も寝ればよく寝た方だったのだが、ここの所、8時間、10時間と眠ってしまう。本当に、体に違和感がある。
違和感の源泉は分かっている。
Randy Weston、彼が私の中に残していった「何か」の為だ。可笑しな言い方になるが、私はRandy Westonの演奏を上賀茂神社で目の当たりにしてから、体調を崩している。
それは、つまり体調が悪化しているという訳ではない。Randy Weston、彼の演奏が私の体内を通過していった何かの証のように、或いは爪痕のように、私の身体の中の何かが組み換えられたのだ。
大袈裟な言い方をすれば、私は一週間前の私と随分違う。恐らく、いくら望んでもそこには二度と返る事は出来ない。Randy Westonの演奏によって、私は変わってしまった。
10月4日、10月5日とピアニストRandy Weston、ベーシストAlex Blakeによる「African Rhythms Duo」を見てきた。前述したように、京都は上賀茂神社での演奏である。
演奏の素晴らしさについて言葉を尽くす事はしたくない。それらは全て言葉が足りないような気すらしてしまう。何を言っても陳腐に堕してしまうような気がする。ただただ、素晴らしかった。様々な発見があった。私は、本当に奇跡を目の当たりにした。
その爪痕が私の中に確かに残っている。そう感じたのは、翌日、10月6日の事だった。
前回エントリーさせた記事の最後に、京都深草ざぶざぶにて私もライブをしている、と書いた。書いたが、後から見直してみれば日程が無茶苦茶であった。正確には10月6日(月)、つまりもう終わっている。確か12月27日とか何とか書いてあったと思うが、思いきり嘘だ。もう訂正はしない。
Randy Westonの演奏を聴いた翌日、私は私で演奏をしていた。「あんなエグいの聴いた後にどんな演奏しろってんだよな、まったく」と私は半ば苦笑いしながらざぶざぶに向かっていたが、結果としては極めて不思議な事になってしまった。
疲れもあったのかも知れない。その日私は朝から上賀茂神社の片付け作業をしていた。前日は後輩と朝の5時まで酒を呑んでいたにも関わらず、だ。片付け作業それ自体は大した作業ではなかったのだが、あまりの睡眠不足と疲労とが相互作用して、私は昼過ぎには随分とふらふらしていた。そのまま眠れば良かったのだが、結局昼からは母校京都府立大学のジャズ研へ赴いてしまい、セッションなどに興じて遊び呆けてしまった。夕方6時過ぎ、ざぶざぶへ向かう頃には息も絶え絶えといった具合に疲れ果てていた、という訳だ。この辺りの体調管理のいい加減さは、全くもってプロフェッショナルではない。反省しなくてはならない。
実際の演奏の前には、半ば意識も朦朧としていた。そうしたぼんやりした意識の中で、一つだけ演奏に際して自分なりに気を付けていた事がある。「今日は意識的にRandy Westonの真似はしない」という事である。つまり、前日まであまりにも圧倒的な彼の演奏を目の当たりにしているのである。影響されないのがおかしい。しかし、彼の真似をする事は決して良い事ではない。自然と湧き出てくるようなフレーズではなくなってしまう。それを私は気にして、Randy Westonっぽく弾かない事だけを心に決めてその日の演奏に臨んだ。
ピアノを弾いている時には殆どいつも、「二人の私」が現れる。演奏を作ろうとする私とそれを遠くから眺めている私である。片方が片方を監視し、制限する。それによって、より自由になれるのだ。いささか矛盾した言い方だが、実際にそうなのだから仕方がない。私は私を監視し、制限する。それによって、私は自由になる。これが事実だ。逆に言えば、何の制限もなければ、私はひどく不自由だ。可笑しな話なのだけれど。
その日、音楽を作ろうとする私は、「Randy Westonっぽく弾かない事」を何より気にしていた。つまり、「いつも通りに弾く」という事だけを考えて。それを遠くから別の私が眺めていた。
二人の私が、違和感に狼狽したのを覚えている。
確かに私はRandy Westonのモノマネを意図的に避けていた。普段通りに弾く事を意識して、その目論見はある意味では成功していたのだが、それでも大きな違和感が残った。
サックス、ベース、ドラム共に昔から馴染みのメンバーと演奏させていただいた。疲労はしていたが、その中でリラックスしながら演奏をさせていただいていた。その中で、私は何とも言えない違和感を感じていた。
自分の出すピアノの音に意識を集中させて聴けば聴くほど、それは不思議な音がしていたのだ。まるで私が出した音ではないかのように。
私は、それは誰の仕業か、直ぐにわかった。はっきりとわかった。
間違いなく、Randy Westonの仕業である。彼がその前日、前々日と私の中に残していった爪痕は、私の中の歯車を狂わせた。それは途轍もなく心地の良い違和感であった。
私はその日以降、日々、自分の出すサウンドに驚いている。戸惑ってすらいる。Randy Westonによって、私は組み換えられた。当然、影響も受けているが、影響を受けるというのとはまた別の話で、何か身体の仕組みを作り替えられたような、そんな不思議な感覚である。
Randy Westonと数回、話をさせていただく機会にも恵まれた。その中で、私は彼にこう言った。
「あなたは私の神様みたいな人です。私はあなたをずっと模倣してきたし、これからも模倣し続けると思います。けれど、私はあなたの模倣者になりたい訳ではなくて、あなたのような存在になりたい。改めてそれを強く思いました。」と。
それに対してRandy Westonは
「ありがとう。いつか君の演奏を聴かせてくれ。君にそうやって言ってもらえると、私の音楽人生が価値のあるものに思えてくるよ」と言った。そうして、2メートルを超える巨人は、私を傍らに抱き寄せてくれた。
大した事のないやりとりなのかもしれない。けれど、私は嬉しくて嬉しくて。何だか恥ずかしいのだけれど、涙がこみ上げてきた。ずっと憧れてきた神のような存在のRandy Westonにそうやって関われた事は、私にとっては奇跡的に嬉しい事だった。
後から振り返った時に、「あれは記念碑的な出来事だった」と思うような事が人生にはきっといくつかあるのだろう。そして、今回のRandy Westonとの邂逅は、或いはそういった「記念碑的な出来事」になるのかも知れない、と私はそう思った。
何かが、変わった。変わってしまった。
それは、私にとってはとても嬉しい事だ。
最後に、今回こうして奇跡的な体験をさせていただいた事に対して、主催者であるラッシュライフの茶木夫妻、そしてコンサートスタッフの皆様に心より感謝いたします。
勿論、Randy Weston、Alex Blakeの両氏にも。
また今日から一所懸命に精進いたします。
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コメント
タケちゃん、RANDYのライブに行って、何か沢山の事を体験した様ですね。
確かに、模倣する事は、プロフェッショナルとしてはあるべき姿だとは思いません。
僕も、我が師である故JIMMY SLYDEのパフォーマンスを見た後はJIMMYの模倣にならない様に意識して踊ってしまいますね。ただ、僕はこうも思うんです。人前での演奏やパフォーマンスをする時は別にして、徹底的に染まる時間も必要で、その時間が結果的に血となり、身体となる様に思います。
JIMMY亡き今は、直接、彼の息吹を感じる事は出来ないけど時々、彼の映像を見て、刺激を受けてます。
たまには、染まるのも、良いんじゃないですかね。
あまり、ストイックになりすぎると、逆に不自然だと思いますよ。
投稿: 川村隆英 | 2008年10月12日 (日) 16時59分
TAKA TONE Live に行かせていただきました。
福島さんのピアノの素晴らしさは言うまでもありませんでしたが、川村さんのタップに魅了されてしまいました。
舞台狭しとタップを踏む 隆英さんの姿を見て、こんな素晴らしい世界があったのかと思いました。
生きている意味というのはこういう感激を味わうところにあるのだなぁ、としみじみと幸せを感じた1日でした。
次回のライブには記念に買った茶色のTシャツを着て行こうと思っています。
投稿: 桜 | 2008年10月16日 (木) 16時06分
タカさんへ
わ、コメントありがとうございます。このブログはかなりの割合でしょーもない事ばかり書いているので、あまりミュージシャンの方々には見られたくないんですが(笑)
ランディとアレックスを身近に感じた数日間は、ぼくにとってはとても貴重な時間となりました。実際、物凄く影響を受けてしまいましたし、最近練習ではランディのコピーをしょっちゅうやってます。偉大な音楽家です、本当に。
ジミースライドの映像、ぼくもたまに見てますけど、やっぱりとてつもなく素晴らしいですね。
投稿: ふくしまたけし | 2008年10月17日 (金) 11時39分
桜さんへ
ライブ来て下さってたんですか。ありがとうございます。声をかけて下されば良かったのに。
タカさんは、そりゃあ素晴らしいですよ。ぼくも一緒に演奏していて見とれそうになる事があるぐらいですから(笑)
次回はまだ細かくは決まってないのですが、またあると思います。決まり次第こちらでも告知しますね。それまではいつものようにこのアホブログをお楽しみ下さい。
投稿: ふくしまたけし | 2008年10月17日 (金) 11時45分