いつもの公園で
自分語りが滑稽なのは承知の上で、私が高校生の時の頃の事を少し。
現在、週の内の何日か、錦糸町という所でアルバイトをしている。私の暮らす小岩から電車で4駅、西に向かった所にある。今から10年以上前、私はこの錦糸町駅からほど近い、両国高校に通っていた。
幸いにして入学から3年で卒業出来たものの、私は高校にはさして良い思い出がない。端的に言えば、当時の私は漫然とし、そして鬱屈としていた。それは無論、停滞期である現在と比較してもそうである。三年間、と取り敢えず決められた高校生活は何やら永遠のもののように思われ、私はそこから逃げ出す事ばかりを考えていた。
今となれば、取るに足らない些細な問題なのだが、そこには幾つかの原因が考えられる。一番大きかったのは、私は高校に入った途端に、所謂「落ちこぼれ」となったという事だ。
中学生の当時は、さしたる努力をした記憶もないが、勉強は人並みよりも出来た。矮小な自尊心は、その事でいくらかは満たされていた。それが高校に入学した途端に一変した。
授業中に教師が黒板に書く数学の数式や英語の英文が、まるで遠い星の言語のように思えた。周囲の高校生達が難なくそれを理解していく様子を見て、私はひどく惨めな気分になったのを覚えている。次第に、高校へは行くものの、授業中にはひたすらに小説を読み耽るか惰眠を貪るかして過ごすようになり、それにも飽きれば、近くの公園で日向ぼっこをして一日を過ごすようになっていた。
都立高校の中でも有数の進学校なだけに、私の高校入学を周囲の人間達は祝福したが、実態は決して祝福されるべき状態ではなかったのだ。その見当違いな祝福を受ける度に、私は僅かな自尊心と大きな罪悪感の中で揺れた。
憂鬱な気分を紛らわす為によく行った公園に、アルバイトの休憩時間を使って約10年ぶりに行ってみた。首都高が頭上を走る。それを雨除け代わりにしていたのだ。
潤んだ目で週刊漫画雑誌を眺めるホームレスの隣のベンチに腰を下ろした。ホームレスは私を一瞥したきり二度と私の方を見ようとはしない。私はコンビニエンスストアで買ったパンを頬張る。
何やら感傷的になっている自分が鬱陶しくなり、苦笑が漏れた。
雨が、ずっと、降り続けていた。
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