前田智徳的世界観
昨日、ほんの少しなのだが、私の生活が前に進みそうな兆候が見えだした。詳細はまだ書けない。全てが決まった訳ではないから。
2ヶ月ほど前に東京にやってきた時、自分ではある程度覚悟を決めたつもりだった。それは「音楽で食う」という覚悟だ。当然そこには、望まざる事もしなければならないという覚悟は含まれて然るべきだが、イマイチ私はその覚悟が甘かったのかも知れない。望まざる事がいくつか続いた事に、自ら失望したりもしたし、不貞腐れてピアノの練習をサボってプレステ2で「実況パワフルプロ野球」なぞに興じてしまった日もあった。それは更に私を落ち込ませ、生活の泥濘へと私を引きずり込んだ。何者かになりたくて、けれど何者になれば良いのかすらわからなかった惨めな十代を思い出した。今なら私は何者にもなる必要はない、と思えるのだが。
プレステで広島カープの前田智徳を操作しながら、私は自分がひどく惨めなような気がしていた。ゲーム内の前田が必要以上にシュアなバッティングをするのが、余計に私の惨めさを際立たせていた。私はゲーム内の前田智徳ではなく、現実世界の前田智徳のように、自らのバッティングをひたすらに追求するサムライになりたかった筈なのに。
東出、嶋、新井、栗原、梵、黒田、佐々岡、大竹、永川、そしてサムライ前田。彼らは「野球で食う」為に様々な事を我慢してきたに違いない。ここ1ヶ月ほど、広島カープが好調なのは、個々人のそういった地道な研鑽の上に成り立った結果だ。黒田、野村謙二郎、サムライ前田らといった特殊な例を除いて、優秀な選手はすぐに他球団に移籍する(主犯格は巨人と阪神だ)。代わりに誰かが補充される訳でもない。少し前では江藤、川口、ロペス。最近では金本、シーツ、木村拓也。みな赤ヘル軍団だったではないか。小笠原と谷と小坂と木村拓也が今現在同じチームというのは、どう考えたっておかしい。そのメンバーで負ける方が難しい。
けれど彼らは腐らずに野球を続けたのだ。努力を続けたのだ。今年広島カープはシーズン3位(もしくは2位)からプレーオフを勝ち抜き日本シリーズ出場、更に日本シリーズでは天才前田、男黒田が持ち前の短期決戦での勝負強さを発揮して日本一に輝く予定なのだが、日本シリーズ出場が決定した時点で、恋人を無理やり広島に連れて行って、共に赤いメガホンバットを振ろうと思っている。彼女は阪神を応援しているらしいのだが、そういった意向は全て無視する。
いやいや、野球話に偏ってしまった。そうだ、私はまた彼らのように、何があっても腐らずにピアノを弾き続けなければならない。
今日の敗者は明日の勝者だ。とにかく時代は変わっている。(ボブディラン)
夜行バスに乗る暇つぶしに、携帯からブログに駄文を更新していたが、そろそろバスは京都に着く。さようなら。時代は変わっている。
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