本日は柔道(と少しだけジャズ)の話題。興味のない人は飛ばし読みで宜しく。
昼間、テレビにて柔道の学生団体体重別選手権の決勝戦を観戦する。国士舘大と東海大による決勝戦。試合自体は体重別ということもあり、軽量級から重量級までバラエティ豊かな試合展開があり、それなりに楽しめるものであった。結果は国士舘大が4-1で勝利。しかし、そんな結果云々を書くために今日は書いている訳ではないのだ。結果を知らせたいだけならば、スポーツニュースサイトのURLでも貼ってお茶を濁しておけばいいのである。
本日書きたいのは、優勝した国士舘大のエース、石井慧という選手について。
ご存知の方はご存知かもしれないが、この石井選手、今年の全日本選手権(無差別級で「柔道日本一」を争うトーナメント戦)において、19歳の若さで初出場初優勝、一躍「時の人」となった柔道選手である。つまり現時点での日本チャンピオンである訳だ。私も名前だけは噂に聞いていたが、不幸にも彼の試合をこれまでに観戦した経験が無く、今日、初めて彼の試合を見る事となった。
見ていて驚いた。石井選手、彼には突出した柔道センスというものは、無い。彼の名誉もあるだろうが、私は今から彼に最大限の賛辞を送るつもりである。もう一度言う、彼には天才的な柔道センスは、無い。
これまでの無差別級のチャンピオン達は皆、類稀な柔道センスを持っていた。いや、無差別級に限らない事かも知れない。後世に名前を残す柔道家達は、非凡な柔道センスを持っていた。
古賀稔彦の背負い投げは、芸術の域にあった。全盛期の谷亮子の種々の技も素晴らしいキレがある。井上康生が調子の良い時には、彼が釣り手と引き手を持つだけで内股が一閃される。そして、現在日本柔道界を牽引する存在である鈴木桂治、彼こそはまさしく柔道センスの塊である。
いささか分かりづらい言葉で一方的に柔道センスなるものを定義してしまった感がある。ここで、私が言う柔道センスとは、
・人間の重心がどこにあるのかを、瞬時に、そして感覚的に感じ取り
・それに対してどの方向からどういった力をかければ相手の重心は不安定になるか、という力学的判断力
・また、それらの目的に向かって瞬発的に力を爆発させる、いわば体の「キレ」
・その力の爆発、つまり筋肉の緊張を最大限に効果的にする為の弛緩能力
細かい事を言い出せば他にもいくらでも柔道センスの要素となるものはあるのだが、大雑把にこの4点。そして、この4点は当然、立ち技寝技どちらにも当てはまる要素である。
驚くべきは石井慧、彼の試合を見るに、これらの能力において何か突出したものがあるとはとても思えなかったのだ。これは、彼がまだ若いから、とかそういった理由ではない。若くて荒削りな柔道をしている段階では、むしろこれらのセンスは余計に見ている側には伝わるのだ。
しかし、何よりも大事な一点。彼は「強かった」。それも圧倒的に。
本日私が見た試合では、綺麗な一本勝ち、という訳ではなかったが、終始試合のペースは石井にあった。先にも述べた様に、それはお世辞にも巧いと言える試合運びではなかった。組み手争いも、さほどこだわらない。無理のある姿勢からの技もいくつか目立った。
しかし、「強い」。圧倒的に。
私はなぜ彼がかくも強いのか、戸惑った。強いと思える要素がこれといって見当たらないにも関わらず、圧倒的に強いのだ。それは何かの手品のようであった。
しかしすぐに謎は解けた。解説者が言った一言である。「彼は今、間違いなく日本で一番稽古を積んでいる選手である」と。
なるほど、全て合点がいった。そうか、彼の強さを支える秘訣は、その異常なまでの稽古量か、と。
しかし、かくも凡庸なセンスを持った人間が、これほどまでに「強く」なるためには、果たしてどれほどの稽古を要するのか、と。興味を持った私は、インターネットで彼の名前で検索をしてみた。それによってわかった彼の稽古量。
「国士舘大の稽古のほか、午前中は警視庁、夜は明治大に単身出稽古、その後はウエイトと平均睡眠時間4時間半という稽古漬けの日常を送っているという。」
これはとても常人では考え難い稽古量である。オーバーワークと揶揄する人間が出てきてもおかしくないほどの量である。なるほど、そこまで稽古を積むか。素晴らしい。それだけの稽古量に裏打ちされた彼の「強さ」は、困難によって築き上げられたものであるがゆえに、揺ぎ無い。陳腐な言葉で形容してしまえば、抜群の安定感である。
私はふと、ジャズサックス奏者、ジョン・コルトレーンの事を思った。石井慧とジョン・コルトレーンは、過剰なまでの努力により成し上がった人間として、共通点が見出せる。
ジョン・コルトレーンは、その膨大な練習量により、どんなミュージシャン達も到達し得ない頂へと飛翔した。卓越した音楽センスを持った訳ではなかった彼が、他のどのミュージシャンよりも高い天空へと翔んだのである。石井慧、彼もまたコルトレーンのように飛翔するのだろうか。
いやはや、しかしとんでもない逸材が現れた。センスの有無という問題を、全て努力によって解決する石井の姿は、間違いなく井上康生、鈴木桂治という日本の両エースを脅かす存在になる(或いはもうなっている)。
井上、鈴木、何十年に一人の天才と言われてきた君たちの出番はまだまだ終わっちゃいないのだ。石井慧という素晴らしい手本のような柔道選手が現れた。
早く、戦列に戻れ。
最近のコメント