« 9.11に寄す | トップページ | 充実と欠乏 »

2006年9月13日 (水)

閉塞的散歩

雨が降っていたので、傘をさして散歩に出た。

雨の匂いを鼻腔に感じながら歩く。少し肌寒い季節になってきたなと思っていたが、十分も歩けば額に汗が滲む。時間が経っているのか澱んでいるのかわからなくなる時はこういう時だ。

歩きながら、定期的にクシャミをする。目が痒いので目頭を掻く。どうやら私は秋の花粉症になったらしい。何の花粉が原因だかは知らない。春にはスギだか何だかの花粉が原因で、同様の症状に悩まされるのが毎年の事であるが、そうか、秋にもそうなるようになったか。私の体はつくづく貧弱である。

花粉症、猫アレルギー、喘息。

頭も相当に悪いのは承知の上であるが、体も悪い。現代人、都会人特有の貧弱さである。自然の中で健康的な生活を営んでいる人たちには、縁遠い悩みであろう。この私の都会人的貧弱さについて、私は時折強烈な羞恥心を覚える事がある。今日もクシャミをしながら、その羞恥心の事を考えた。

三島由紀夫のあの強靭な体躯は、結局は虚弱体質であった幼少期の自分に対する羞恥心やコンプレックスの裏返しなのだな。ミシマという男は、そういう意味では自意識の強い人間であったのだな、と苦笑する。

ふと、都会人らしくジャンクな物でも食おうか、という気になる。

所謂ジャンクフード、日々食べるとなるとうんざりするが、時折何かのタイミングで食べたくなることがある。目の前にマクドナルドが見える。私はその原色の建物の中に入る。

いらっしゃいませこんにちは

画一的な店員の対応を受けて、閉塞した空間の事を思う。閉塞し、停滞した空間。ここには変化は求められていない。閉塞した空間は決して悪だとは限らない。場合によれば、それは美徳にもなりうるのか。私は眼前の若い綺麗な女性クルーを見て、ぼんやりとそんな事を思う。

割愛するが、注文の際にも画一的なやり取りを交わす。私も彼女の画一性に釣られるように、画一的な注文をする。チーズバーガーとアイスコーヒー。おかしな点は何一つ無い。だがそれが逆に何だか可笑しく感じる。

席について、アイスコーヒーにミルクとシロップを垂らす。垂らしながら周囲を窺う。

私の左隣には女三人男二人の五人組、以下「五人組」と呼ぶ。向かいには屈強な体をした若い男たち五人組、以下「アメフト部」と呼ぶ。右隣には疲れた中年男性、以下「リストラ」と呼ぶ。

「五人組」の内、一人の女は、自分の恋人の束縛について周囲に不満げに語っている。どうやら彼女の口癖は「ありえへん」だ。さっきからずっと「ありえへん」を連発している。

―もうな、他の男と喋ったらあかんとか言うねん。ありえへんわあ。

ありえない事も無いぞ、と私は心中相槌を打つ。世の中には大抵の事はありえるのだ。朝起きたら虫に変身している様な、そんなカフカ的な状況でさえ、ありえるかありえないかで言えばありえるのだ。アリエル・オルテガ。アルゼンチンのフォワード。下らん。

昼間から酒も飲まずにそんな話をしている君たちは、本当に賞賛に値する。それが若さだ。

向かいの「アメフト部」達は、どうやら次の試合のポジション決めをしているらしい。大声でウィングがどうだ、クウォーターバックがどうだ、と言っている。知った事ではないが。どうせ試合が終わったら打ち上げで「和民」あたりの居酒屋に行って、二次会はカラオケに行くんだろ。勝とうが負けようが、所詮私の知った所ではないのだが、次の試合は頑張りたまえ。と、心中で適当なエールを送る。

右の「リストラ」は、私と同様に独りだ。中年男性が昼間に独りでマクドナルド。寂しいとは思うが、私は決してあなたを嘲笑わない。あなたは或いは未来の私だからだ。

やはり私同様に、不味いアイスコーヒーにミルクとシロップを入れて飲んでいる。飲みながら本を読んでいる。本のタイトルは見えなかったが、きっと「50歳からの再就職」とかそんな本に違いない。彼はこの空間を良しとは思っていないだろう。若干の居心地の悪さを感じているはずだ。私も感じている。

彼はやがて居心地の悪さにいたたまれなくなって、逃げるようにマクドナルドを後にする。でも、結局は同じ事なのだ。マクドナルドから外に足を踏み出した所で、居心地の悪さは変わらない。監獄は、私達が考えている以上に広いんだぜ。

そんな事を考えていたら、彼はやはり居心地の悪そうな表情を浮かべて店を出た。

私もチーズバーガーをほおばり、早々に店を出た。

雨はまだ弱くならない。状況は何一つ変わらない。

鼻の辺りがむず痒くなり、私はもう一つクシャミをした。

|

« 9.11に寄す | トップページ | 充実と欠乏 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

監獄は広いっす。
禁酒してるとは驚きですね。
ほどほどにがんばってくださいよ。
ストレスは早死にしますよ。
勝手ですがリンク貼らせてもらいました。

投稿: ヒロセ | 2006年9月14日 (木) 01時49分

ストレスを感じるようなら、飲む事にしている。あくまでまだまだ「節酒」のレベル。でも、最近は一週間に3日か4日ぐらい飲まない日が出来て、自分でもびっくりしてる。これまでは一年に3日か4日ぐらいだったのに。

リンク、ありがとう。こっちも勝手に貼らせてもらってたからな。書き始めたんだったら紹介文も変えなきゃいけない。変えてみる。

投稿: ふくしまたけし | 2006年9月14日 (木) 16時16分

↑変えることが出来た。日々のだらしなさは変えることが出来ないのに。
俺よりパソコンの方が優秀だ、とは。そんなわかりきった事、わざわざ再認識させる必要ねえじゃん。

投稿: ふくしまたけし | 2006年9月14日 (木) 17時46分

福島君、禁酒(節酒)してるの!?驚き!何でまた?
それに、色んなアレルギー持ちとは、意外や意外、繊細な体質なのね。やはり、小岩育ちのあなたも都会人ね。
それにしても、マクドナルドにいたおっちゃんに「リストラ」と名付けたのには笑いました。
今度、この「リストラ」さん主役のショートストーリーを書いてみてよ。

投稿: モトクロス | 2006年9月14日 (木) 18時01分

節酒はね、いくつか原因がありまして。
・酒のせいで金がない
・酒のせいで体調が悪い
・酒のせいで他人に迷惑をかける
・二日酔いの自己嫌悪
他にもいくつかあるんですが、取り敢えずはこんな所が主な理由でしょうか。
ショートストーリーは、放っていてもちょこまか書きますが、その題材はどうかなあ。うまく書ける自身がイマイチ無いので、保留です。まあ、いずれ書きますよ。お楽しみに。

投稿: ふくしまたけし | 2006年9月15日 (金) 17時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 9.11に寄す | トップページ | 充実と欠乏 »