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2006年8月28日 (月)

帯広〜旭川。極悪の男。

さて、北海道バカ紀行、帯広〜旭川編。勿論、これまで同様、曖昧な記憶を思い起こしながらの記述である。全てが事実な訳がない。そもそも、しつこいようだが私にとっては「事実」には何の意味もないのだ。その辺りは御了承頂きたい。

愉しくも後悔にまみれた釧路の夜を過ごした私とTは、二日酔いの気持ち悪さと戦いながら、朝の十時前に釧路の地を後にした。次の目的地は帯広。釧路からの進路は西に向いた。

帯広での目的は豚丼(ぶたどん)なるものであった。名物だという。吉野家の豚丼とはまるで似て非なるものである。要するに、昼飯にその名物を食する為だけに帯広に寄ろう、というもの。食べ物の話は簡単に書く事に決めているが、豚肉がジューシーで柔らかく、とても美味かった。以上。帯広は、京都の街並みのように碁盤の目のように区画されていた。地名の呼び名も、東西南北と数字を組み合わせた無機質なもの(ex:南10西3など)。Tに教えてもらったが、北海道に移住してきた屯田兵達は、見知らぬその地を支配する為に、まずは上記のように機械的に街を区画したのだと言う。札幌に南三条などの地名があるのもその名残だと言う。なるほどね、移民の土地だものね。

少々話がズレるが、北海道では、思想が右寄りか左寄りかを見分けるのに、単純で簡単な方法があるという。それは、右寄りの人間は北方領土の話題を盛んに出すし、左寄りの人間はアイヌの話題を盛んにする、という事。勿論、あくまで目安に過ぎないが、Tから教えてもらったこの見分け方には、納得する部分も多いにあった。アメリカなどではなく、「ロシア」と「内地」が北海道民にとっては大きな存在なのだな、そう感じた。

そんな事を話している内に、車は富良野へ差し掛かった。

富良野。

私にとっては富良野とは、イコールTVドラマ『北の国から』である。

私は昔から『北の国から』が好きであった。そして昔、『北の国から』が好きな女の子の事が好きだった。よく一緒に『北の国から』を見た。最終回の「遺書」は、リアルタイムで一緒に見たな。楽しかったな、と思い出す。彼女の事は、いつまでたっても忘れられないのだが、折に触れて思い出してしまう。いつになったら風化するのか。最早別個の人生を歩いているというのに。

過去ばかり見ていてはならない。

富良野では、有名なラベンダー畑へ。時期を外してしまっていた事もあり、一面満開とはいかなかったが、それなりに綺麗であった。ついつい携帯電話で写真を撮って友人に送ってしまう。私も少しぐらいは北海道に浮かれたいのだ。いいだろう。

富良野を過ぎ、美瑛の丘の景色を眺めながら、私たちは進路を北へ、旭川へと向かった。Tにはなかなか言えなかったが、旭川が私たちの別離の地となる事がわかっていたので、私は旭川が近付くにつれて、一抹の寂しさを覚えていた。この楽しい旅も確実に終焉に近付いている。ずっとこのまま馬鹿な旅を続けられれば良いのに、とすら思ったが、なかなかそうもいかない。無限のものなどない。全ては限りあるからこそ、馬鹿馬鹿しくも輝かしいのだ。

さて、旭川である。実はこの旭川、Tの生まれ故郷である。私の印象は、都会、である。札幌に殆ど寄っていないので何とも言えないが、今回私が訪れた主要都市、函館、小樽、北見、釧路、帯広、富良野、これらの街と比べても、旭川は「都会」であった。勿論私は表面しか見ていない。実情には、なかなか旭川の人口は増えず、そして高齢化にも拍車がかかり、都会だ都会だと言うのはナンセンスかも知れぬが、所詮は余所者の戯れ言だ。こんなものなのだ、余所者というのは。

旭川では、まずはジンギスカンを食おうという事になった。Tがおもむろに誰かに電話をかけ始めた。昔の同級生に電話をかけて、美味いジンギスカンを食わせる店を尋ねていたらしい。

Tが電話をかけたのは、彼の高校の同級生にあたる「まーくん」という男。まーくんは的確にジンギスカンの美味い店を教えてくれた。実際、その後にTと訪れたジンギスカン屋は美味かった。ラム肉独特の臭みはまるでなく、芳醇なコクだけが口の中に広がるような、上質のジンギスカンであった。しかし、そんな事はどうでも良いのだ。大した事ではない。

問題はこの「まーくん」という男。今回の話の核になりうる男である。

Tがまーくんに電話をかけた時、電話を切る間際のやり取りは以下のようなものであったという。

ーわかったー、ありがとう。行ってみるね。まーくんは今何してんの?

ーえーとね、仕事で待機中。

ーえっ、仕事って何してんの?

ーああ、デリヘル。最近始めたんだ。

との事である。まーくんは、どうやら無店舗型派遣風俗店、デリバリーヘルス、略してデリヘルのオーナーに最近なったのだという。

もうこの時点で私とTは、「まーくんっちゅうのは悪い男だねー。女の子は自分の好みで選んでるのかねー。どうなんだろうねー。」と興味津々であった。

その後、まーくんと合流して一緒に酒を飲もうという事になった。私たちは路上の簡易ビアガーデンでまーくんを待つ。

現れたまーくんは、私の想像とはかなりかけ離れた、涼しげなインテリ風の男であった。眼鏡の似合うクールガイ、そんな風貌であった。

簡単な挨拶を済ませ、Tがまーくんに「どこかまーくんが普段行くような飲み屋に連れて行ってくれ」と言った所、まーくんは「じゃあ行こうか」と私たちをビアガーデンの向かいの雑居ビルの中へといざなった。

着いた所は所謂キャバクラ。旭川でキャバクラに来てるぜ、何してんだ俺たちは、などと思いながら私たちは席についた。私たちの横には二人の女性が酒のお供に付いた。源氏名は共に失念したのだが、オレンジ色の服を着た女と黒色の服を着た女が付いたので便宜上橙女と黒女と呼ぶ事にする。黒女は、それなりに器量も良く、聞き上手といった感じ。決して面白くはないし、あまり金を払う価値は見いだせなかったが、こんなもんだろうと思う。困ったのは橙女である。自分の事をよく喋るのだが、何一つ面白くない。こちらの下らないジョークは全て無視される。広げろよ、プロならさ!なんて思うのだけれど、お構いなし。いささか一貫性を欠く自分の話に終始する。何だか私もTもウンザリし始めた頃に、まーくんは一旦席を外し、キャバクラのオーナーと何やらごにょごにょ話している。二人とも目つきが悪い。

時間が来て、当然延長などする訳もなく店を後にする。あーあ、何だか面白くなかったねー。旭川の路上で私たちはそんな事を話していたが、まーくんがポロッと言う。

ーあの橙女さー、AV上がりなんだよ。

ーええー!マジでー!

私とTはついつい興奮してしまう。まーくんは続ける。

ーそんでさ、分かったと思うけど、あの女、喋るの全然ダメじゃん?あの店のオーナーから、ウチのデリヘルで雇ってやってくれないか、って言われててさ。喋れないんだったらカラダで稼いでもらわないとね。

なるほど、まーくんはキャバクラに遊びに行ってた訳ではなくて、人身売買をしに行ってたのね。こいつはトコトン悪いな。あまりに悪すぎて私も楽しくなってしまう。まーくんは更に言う。

ーでも、あの女、ちょっと精神を病んでるっぽいよね。まあ、隔離病棟に入らない程度に頑張ってもらおうかなー。

もうバッチリです。基本的人権は無視して、あの女を買ってしまって下さい。人権屋さんの言うことは、一通り無視しましょう。さっきキャバクラの店員と極悪な顔つきで喋っていたのは、そんな内容だったのですね。でも適材適所っていう言葉もあるもの。あの橙女の居場所は、多分キャバクラじゃないよ。まーくんは、そんなに間違ってない気がするよ。それは一種の優しさだよ。

そんな事を思ったり言ったりしながら、次に向かったのは何故か安居酒屋「笑々」。最も安いワインを注文し、三人で七本だか八本だか空ける。当然、この辺りからの記憶はない。

気がつけば、私は旭川から小樽に向かう始発列車に乗っていた。再び独りになって。

随分と長くなってしまいましたが、北海道旅行の様子は、次回、少しだけエピローグを書いて終わりにします。全部読んでくれている方、ありがとうございます。

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コメント

いまさらですが、
生まれてはじめてこういうのに(ブログっていうの?)に書き込みます。

いやー馬鹿旅行楽しかったねー。
現実に慣れるのに1週間ほどかかりました。
教育者でありデリヘルのオーナーっていうバランスののとれた「まーくん」でした。
11月には京都に行きます。
またね。

投稿: たなかつねき | 2006年8月28日 (月) 21時43分

福島くんの北海道紀行は、一般的な旅行日記よりずっと面白いよ。中々見られない北海道の裏の顔を見た気がしました。
それにしても、まーくん、悪いねぇ。
間接的に話を聞くのはいいけど、一応でも女の私は、深く関わると売られそうで怖い感じがしました。
毎夜毎夜記憶を飛ばしていた福島君もツワモノね。

投稿: モトクロス | 2006年8月29日 (火) 12時13分

つねきくんへ

書き込みありがとう。ぼくもね、こういう所に書き込んだりするの、ずっと苦手だったから、躊躇してしまう気持ちはよくわかる。慣れちゃえば何て事はないんだけど。
馬鹿旅行、楽しかったね。結局ぼくたちは無理なんだね、自然を楽しんで、美味しいもの食べて、綺麗な布団の中でゆっくり寝て、みたいないわゆる「旅行」が。プラスアルファ、というか、メインになる要素に馬鹿な事がないと。今度はどこか、北海道以外の場所でも一緒に馬鹿旅行したいよね。
沖縄とか。

投稿: ふくしまたけし | 2006年8月29日 (火) 18時42分

くろさわさんへ

裏までは見ていません。そう簡単に見えないからこその裏側ですから。そもそも、たかだか何日かいただけで、その土地土地の事が「わかる」というのは、思い上がりのような気もしますもん。
ただ、裏側の「入り口」ぐらいは垣間見てるのかな、とも思います。本当にさわりだけですが。
「まーくん」は面白おかしく極悪人として書きましたが、実際はとても頭の良い、そして多分優しい良い男でしたよ。
くろさわさんは今は妊婦ですから、売り飛ばす時には「妊婦プレイ」とか、まーくんは考えてくれると思います。

投稿: ふくしまたけし | 2006年8月29日 (火) 18時47分

福島君、あなた、怖いことを言うわねぇ。妊婦プレイ!?出来れば一生してみたくないです。私はマイノリティのプレイを好むような方の嗜好はどうも理解できないのよね。そういう意味では、私はとても凡人です。

投稿: モトクロス | 2006年8月31日 (木) 17時17分

僕も、マニアックなプレイは未経験ですが(というか童貞なので)、SMというのは、肉体的というよりは寧ろ、精神的な遊びなんだ、という話を聞いたことがあって、ああ、それはひょっとすると楽しい遊びなのかも知れない、と思ったことはあります。
でも、僕はSでもあり、Mでもあるような気もするので、プレイする際には難儀しそうですから、やめておこうと思います。

投稿: 福島たけぽん | 2006年9月 1日 (金) 20時47分

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